第8章
ルカは城の中に入る前に見てもらいたい物があると、ある1本の幹が太く背の高い木が植えられている場所に案内された。
一目見ただけで、とても長い時間この場所でいろんな歴史を見守ってきたんだろうと思えるような木だった。
「この木はキノエと言って、この国の守り木です」
「守り木?」
「はい。この木がいつからこの国にあるのか、1000年前とも、2000年前とも言われ、その起源は定かではありません。いつも、黄色い花を咲かせているのですが、ここ最近花が咲かなくなりました」
キノエの木を見上げると、確かに花らしきものはひとつもない。
「この木に花が咲かなくなると、必ず国に良くない事が起こると言われています」
なんだか不思議な木だな。
その時々の国のバロメーターみたい。
「我が国の伝説によると、キノエの花が咲かなくなり、国が疲弊し始めると、どこからか黒い髪と黒い瞳を持つ女性が現れ、この国を救うとあります」
ふぅん、どこの国でも伝説や言い伝えみたいなのがあるんだ。
「面白い伝説だね」
すると、ルカは真剣な眼差しであたしを見た。
「その女性があなたです」
へっ?
あたしはルカの言った言葉が理解できずに、見つめ返した。
「……あたしがその女性って、……それって、ただの伝説でしょ?」
「ただの伝説とは言い切れません。その証拠に、この近隣諸国には黒い髪と瞳を持つ者はいません。ただ我が国の王家を除いては」
「王家を除いてって、どうゆうこと?」
キノエの木から離れて、城に向かって歩き出したルカの後をあたしはついていった。
ルカの話によると、伝説の中ではキノエの花が咲かなくなった時、国の経済は傾き、疫病が流行り、多くの国民が亡くなったという。
そんな時、どこからか黒い髪と瞳を持つ女性が現れ国を救い、その後女性は王家の花嫁に迎えられ、平安の世が長く続いたらしい。
それ以来、キノエの花が咲かなくなると、必ず黒い髪と瞳を持つ女性が現れ、国を救うと言い伝えられている。
ここまでだったら、ただの伝説で終わってしまう話なのだが、その女性が伝説の話で留まっていない理由として、王家には稀に黒い髪と瞳を持つ子供が生まれているそうだ。
「少し前からキノエの花が咲かなくなり、やはり国が徐々に疲弊し始めたのです。そして我々は黒い髪と瞳を持つ女性が現れるのを待っていたのですが、なかなか我々の前には現れてはくれませんでした」
そりゃ、伝説はあくまでも伝説であって、現実じゃないってことなんじゃないの。
「しかし、このまま待っているだけでは国の状況は悪化していく一方です。そこで我々は考えました。現れてくれないのなら、こちらから呼べばいいのではないかと」
なんとなく、話の先が読めたような気がする。
「それで、お婆に頼んで伝説の女性を呼び寄せた所、鈴様が現れたのです」
あたしは溜め息を吐いた。
国の状況が危ないって時に、伝説の女性なんてあやふやなものにどうにかしてもらうだなんて、なんて都合のいい話なんだろう。
自分達の力でどうにかしようとは、考えなかったのだろうか。
そのとばっちりを受けたあたしって……。
ルカは城の奥まで来ると、ある部屋の中へ入っていった。
あたしはルカに続いて入っていくと、そこは大広間のような場所だった。
部屋の上座の中央には王座がある。
しばらくすると、王座の前に長身の男性が姿を現した。
「アシル・ノーディン王でございます」
ルカはあたしにそう言うと、王に向かってうやうやしく頭を下げた。
この人がこの国の王。
王というからもっと歳のとった人を想像していたあたしは、アシル王を見て驚いた。
この国の王家にしか生まれないと言っていた、黒い髪と瞳だったからだ。
そして何より驚いたのは、どうみても10代後半にしか見えない。
「その女か?」
「はい。鈴様でございます」
「俺は、お前らの言う伝説なんて信じていないぞ」
「それは承知しております」
ルカが頭を下げたまま言うと、アシルは冷たい眼差しであたしを見た。
「おい、そこの女。どこから連れてこられたのか知らんが、王の花嫁になるからと言って、いい気になるなよ、俺は認めた訳じゃないからな。だいたい、俺の花嫁にするならもう少し見栄えのいい女はいなかったのか。伝説なんぞに振り回される俺はいい迷惑だ」
あたしはその言葉にカチンときた。
「ちょっとあんた、ふざけんじゃないわよ! 勝手にあたしをこの国に呼んどいて、迷惑してるのはあたしの方よ。それをいい気になるなですって。王様だかなんだか知らないけどね、あたしは一言もあんたの花嫁になるなんて言った覚えはなわ。それどころか、そんな横柄な態度をとるような人、こっちから願い下げよ!」
そして最後に、アッカンベーをアシルに向かってしてやった。
そんなあたしの横で、ルカは青ざめた顔であたしを見ている。
そしてアシルは、今までそんな態度をとられた事がないのだろう。
目を丸くして呆気にとられ、返す言葉も出てこない様子だった。
へん! ざまぁみろ。
しばらくして、ようやくあたしが言った言葉が自分に向けられて言われたのだと気付いたアシルは、唇をワナワナと震えさせ、大声で怒鳴った。
「この女を死刑にしろ!」
げっ!
なによ、自分は言いたい事言っておいて、自分が言われたら死刑なんて、ちょっと酷すぎない。
しかし、言った言葉が取り消せる訳ではない。
どうしよう。
あたし、死刑にされちゃうのかな。
「アシル様! 気をお鎮めください。鈴様は伝説の女性です。死刑などとは……」
ルカはアシルの怒りを慌てて止めに入った。
そうよ、あたしは伝説の女性なのよ。
死刑なんかにしたら、あんたバチが当たるわよ。
「ならば、二度と俺の前にその顔を見せるな!」
アシルはルカの言葉に歯ぎしりをし、あたしを睨んだ後、怒鳴りつけ、部屋を勢いよく出て行った。
どうにかその場が収まったが、ルカは困ったようにあたしを見た。
「なぜあのような事を……」
だって……。
あんなこと言われたら誰だって黙っていられないわよ。
ルカは少し溜め息を吐いた。
「仕方ありません。アシル様の気が静まるまで、少し時間を置きましょう」
ルカの様子見ていると、なんだかとっても申し訳ない気持ちなってしまった。
あたしって、すぐ思った事を口にしてしまうタイプだから、昔からよくトラブっちゃうのよね。
もう少し気をつけよう。
大広間を出て次に案内されたのは、20畳ほどの部屋だった。
天蓋付のベッドに、豪華な装飾が施された家具が所狭しと並んでいる。
はぁー、お城の中も豪華だとは思ったけど、部屋の中も負けないぐらい豪華だな。
部屋の中を見とれていると、ひとりの若い女性が部屋に入ってきて、ルカはあたしの世話係のカリナ・ビッセルだと紹介した。
あたしはすぐ老師様の所に帰るつもりだったので驚いた。
「この国の命運が鈴様にかかっておりますので、すぐにお返しする訳にはいきません」
「でも見たでしょ、王様に完全に嫌われちゃってるし、花嫁なんてあたしには無理だよ。ましてや国を救うなんて……」
だいたい、あんな性格の悪いヤツ、絶対ヤダよ。
「しかし、今日はもう日も暮れ始めておりますし、今から帰るには危のうございます」
窓の外を見ると確かに、日も暮れかかっている。
確かに電気のないこの国で、日が落ちてからの移動は危ないかもしれない。
仕方ない、とりあえず今日はここに泊まろう。
しばらく居ればあたしが伝説の女性ではなく、なにも出来ないただの人だってわかるだろうし。