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第5章

次の日、昨日採った山菜を街まで売りにいくというので、あたしはクルトとソニアと一緒に街まで行くとこになった。


「街へ行けば嬢ちゃんの髪は目立つからの、これを着ていきなされ」


渡されたのはフード付きのマントだ。


「クルト、ソニア。頼んだぞ」


「はい、老師様。私がいるから大丈夫だよ」


しっかり者のソニアは昨日の仕事の一件があってか、すっかりあたしの保護者きどりだ。


あたしはフード付きマントを羽織り、街へと歩き出した。


街まではここから10キロほど歩いた所にあるらしい。


「なんで、鈴は髪と目の色が黒いの?」


左手で手を繋いでいたソニア言った。


なんでって、言われてもなぁ。


日本じゃそれが当たり前だったし、考えたこともなかった。


「そんなに黒い色は珍しい?」


「うん。街でも一度も見た事無いよ」


「鈴はこの国の人じゃないの?」


少し前を歩いていたクルトが質問した。


「この国の人間じゃないことは確かみたいだね」


「じゃ、何処から来たの?」


どこからと言われても、説明のしようがないんだけど。


「老師様が持っている地図で見たらわかる?」


クルトが言っているのは、最初に来た時に見せてもらった地図のことだろうか。


「わからないと思う。あたしが住んでいた所はここからとっても遠い所からだよ。……たぶん」


「えー、そうなの。なぁーんだ」


ソニアが残念そうに言った。


その時ふと不思議に思った。


クルトとソニアはまだ学校に行っていなきゃいけない年齢じゃ……。


「ね、クルトとソニアは学校に行かなくていいの?」


「学校ってなに?」


ふたりの思っていなかった反応にビックリした。


もしかして、この国には学校がないの。


「文字の読み書きや、数の数え方を教えてくれる所だよ」


あたしは出来るだけわかりやすく聞いてみた。


「それなら、あたし達は老師様に教えてもらってるよ」


「他の子達はどうしているの?」


「裕福な子達は、教えてくれる人を雇っているみたいだけど、そうじゃなければそのままだよ」


「そのままって、文字も読めないままってこと?」


「そうだよ。僕達はたまたま老師様の所でお世話になっているから、いろんなことを教えてもらっているけど、普通に街で暮らしていたら、たぶん何も知らなかったと思う」


学校がなく、読み書きを教えてもらう事がないというのがあたしには信じられなかった。


だって、日本じゃ本人の意思に関係なく、6歳になれば学校に行くのがあたりまえだったから。


よくテレビでは学校に行きたくても行けない外国の子供達を見たことがあるけど、実際自分が直接こんな話を聞くとは思っていなかった。


勉強って面倒くさくって楽しいなんて思った事はないけど、それでも学ぶ事ってとっても大切だとあたしは思う。


読み書きや数が数えられなかったら、騙されたりしてもわからないじゃない。


そのためにはちゃんとした知識を知っているって、とても大切なことなのに、それがちゃんと出来てない国ってあまり感心しない。


まったく、なんて国なんだろう。


教育の重要性をわかってない。


「あれがお城だよ」


ソニアに声を掛けられて、指差す方を見ると、小高い丘にお城が建っていた。


なんだか中世のヨーロッパに来たかのような、立派なお城だ。


「お城が見えてきたら、街はもうすぐだよ」


周りをよく見ると、すっかり森を抜け、道の両脇には作物が立派に実っていた。


それだけを見ればとても豊かな国に見えたけど、街に入る為の門をくぐると、あたしの予想とはまったく違った。


街にはあきらかに浮浪者のような人が、沢山道に座り込んでいたりしている。


閉まっているお店も多く、開いていても、店頭に並んでいる商品は非常に少ない。


「お店に並んでいる商品って、少ないんだね」


あたしが素朴な疑問を口にすると、クルトが答えた。


「ずっとこんな感じだよ」


「ずっと?」


「うん。今の王様に変わってからどんどん税金が高くなって、税金を払えない人は土地とか作物とかを没収されちゃうんだ」


「じゃ、ここに来るまでの間にあった作物は?」


「あれは税金で土地をとられた人達の土地で、全部お城に献上する分だよ。土地をとられた人達は収入が無くなっちゃうから、しかたなく低い賃金でお城に雇われてるって、老師様が教えてくれた」


税金といい教育といい、いったいこの国の王様はなにやってんのよ!


国民の首を絞めるようなことばかりして、独裁政権もいいとこだわ。


クルトとソニアは慣れたように店のおばさんと交渉し、持ってきた山菜を現金に換えた。


そして現金手にすると、そのお金で必要な物を買った。


「これで全部だよ。帰ろ」


あたし達は来た道を帰ろうと歩きかけたとき、前の方から大きな声が聞こえてきた。


「泥棒!」


よく見てみると少年が走っていて、その後ろを二人の男が追いかけているが、泥棒と呼ばれた少年の足が速いのか、追いつけないどころか、どんどん離されているように見える。


それを見たあたしは、店のそばに置いてあった棒らしき物を手に取ると男の前へと進み出た。


少年は後ろを振り向き、追っての様子を確認している為か、あたしが真正面に立っている事に気づかない。


体の正面でしっかりと棒を握りしめ、タイミングを見計らう。


少年が近づいて来た時、足を一歩前に踏み出し、胴におもいっきり打ち込んだ。


不意をつかれた少年は、体をくの字に曲げ、咳き込みながらその場にうずくまる。


あたしはその時少年が落とした、袋を手に取った。


「なにしやがる!」


うずくまっていた少年は、あたしの方を睨んだ。


その顔を良く見ると、かなり若い。


15歳ぐらいかな。


こんな子供が窃盗をしなきゃいけないぐらい、この国は貧しいんだろうか。


「あんたね、人の物を盗むのはいけない事だって教わらなかったの?」


「くそガキ、待ちやがれ!」


後ろから追いかけてくる男達の言葉に、あたしを睨んでいた少年は立ち上がりながらあたしに体当たりし、そのまま走り去っていった。


数十秒後、男を追いかけていた2人組があたしの前でゼィゼィと息を切らして立ち止まった。


「てめぇ、あいつの仲間か!」


おいおい、なんでそうなるのよ。


あたしは盗られた物を取り返してやったんじゃない。


そう思い、あたしは手に持っていた袋をふたりの男に見せてやろうしたが、手にしていた袋がいつの間にか無くなっている。


あーあっ!


ぶつかって立ち去っていった時に、盗られたんだ!


あのガキ!


「盗った物を返しな」


男はそう言ってあたしに凄んだ。


「あたしは仲間なんかじゃない」


「嘘をつくな! おれは見たんだ。お前が袋をあいつから取っていたのを」


それを見てたなら、なぜあたしが胴に打ち込んだ所をみてないのよ!


あんた達の目は節穴か!


「それに、なんだお前のその髪」


すると、横に隠れるようにしていたソニアがあたしの袖を引っ張った。


「鈴、フードが取れてる」


手を頭にやると、被っていたフードがすっかり取れていた。


ヤバイ!


「どこのモンだぁ」


もしかして、これってかなりマズイ状況なんじゃ……。


男達はジリジリとあたし達に近寄ってきた。


よく見ると、周りには野次馬が集まり始めてる。


どうしよう。


迷った末、逃げるしかないと考えたが、クルトとソニアを連れていては、普通に逃げても逃げ切れるかどうかわからない。


しかたなく、あたしは持っていた棒を両手で握りしめ、男の喉元めがけて突いた後、すぐに棒を引き、もうひとりの男に胴を打ち込む。


男達は咳き込みながらその場に座り込み、あたしは即座に棒を捨て、後ろに隠れていたクルトとソニアの手を引き、全速力で逃げた。


城門を抜け、しばらく走った所で後ろを振り返り、追っ手がいない事を確認した後止まったが、久しぶりに全速力で走った為か、なかなか息が整わない。


「大丈夫?」


息が落ち着いてきた頃、クルトとソニアに話しかけた。


「鈴って強いんだね」


なぜかクルトがとてもキラキラした目でこちらを見ている。


「鈴、僕に剣の使い方を教えてよ」


剣って……。


あれはそんなモンじゃないんだけどな。


「クルトにはまだ早いってお父さんが言ってたじゃない」


興奮気味に話すクルトになんて話そうか考えていると、ソニアが言った。


「ぼくはもう10歳なんだ。剣の練習をしたっておかしくない年なんだからな」


「クルトには無理よ」


「無理じゃないよ!」


気がつけばいつのまにか兄妹喧嘩が始まっている。


こんな所で喧嘩している場合じゃないんだけど……。


あたしは仕方なくふたりをなだめ、ようやく老師様の家に着いたのだった。



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