第36章
次の日、起きるとすでに日が高く昇っていた。
あたしはベッドから降りて、痛む左足を庇いながら部屋の扉を開けると、ミケルはすでに起きていたらしく、机の上になにやらよくわからない道具を広げて作業していた。
「おはよう。お腹空いただろ」
そう言うとミケルは椅子から立ち上がり台所へと向かった。
あたしが椅子に座ってしばらくすると、ミケルは野菜を煮込んだスープの入った器をあたしの前に置いた。
スープは作り立てのようで、美味しそうな湯気が立ち上り、あたしは一口口に含んだ。
温かいスープが空っぽの胃を満たすように広がっていく。
「美味しい!」
そういえば昨日は城を出てからまったく食べ物を口にしていなかったけ。
いろいろありすぎてすっかり忘れてた。
「気に入ってもらえたみたいで良かった」
まるで昨日の事なんてまったくなにも無かったかのように、うれしそうに笑いながらミケルは机の上に広げてある道具を手に取り、作業を始めた。
「これミケルが作ったの?」
「そうだよ。近くの農家から野菜を分けてもらったんだ」
昨日ここへ着いた時は日も落ちて真っ暗だったから気がつかなかったけど、近くに農家があるんだ。
「近くと言っても馬で30分程かかるけどね」
それって近いとは言わないけど……。
でもそれって、この家がそれだけ人里離れているってことだよね。
「なにしているの?」
さっきからミケルは石で造られた道具を使って何かをすり潰している。
「薬だよ。城を出てからの2年間、一緒に暮らしていた人に薬学を学んだんた。場所によって手に入る物が違うけど、どこで暮らしても薬学は重宝されるから」
あぁ、それでミケルはラギィの実やその解毒剤について詳しかったのか。
「食べ終わったら傷見せて」
あたしは言われた通り食べ終わった後、ミケルに傷の手当をしてもらった。
傷口は塞がっていた為、消毒は昨日みたいな強烈な痛さは無かったが、今日一日は安静にしているように言われ、あたしは部屋へと戻った。
しかし、テレビがあるわけでも音楽が聴けるわけでもないこの世界では一日部屋にいると本当に退屈だ。
椅子に座り机に頬杖をしながらしばらくは窓の外を眺めていたが、窓から見える景色はのどかさを絵に描いたようで、昨日の出来事が嘘のようだ。
もしミケルが本当に王位を狙っているなら、やっぱり内戦なんてものが起きるんだろうか。
そうなったら、きっと大勢の人が傷ついたり死んだりするのかな。
そんな事を考えても平和日本で暮らしていたあたしには、まるで遠い国の出来事のようで実感がわかない。
あたしは嘆息した。
たとえ実感が湧かなくても、人が死んでいくかもしれないと思うと、これからこの国で起ころうとしている事を黙って見ているしかないのだろうか。
あたしは自分のいる部屋を見渡した。
木造で造られた古びた家。
6畳程の部屋にはベッドと机と椅子意外何も無い。
ミケルは城を追われ、2年間この家で何を考えて暮らしていたんだろう。
人目を避けるようにして生きていく為にきっと必死で薬学を学んだに違いない。
城を追われたのは自分のせいではないのに、そんな不条理な人生を送らなければならなかったミケルを思うと、王位を手に入れたい、そう思う気持ちもわからないでもない気がする。
でも、アシルだってお城で暮らしていたからって幸せだったとは言い切れない。
そりゃ王としてはまだまだかもしれないけど、後見人のエンバーがああなった以上、今度は誰にも邪魔をされずに良い国をつくっていこうって思っているはずだ。
たったふたりきりの兄弟なのに、こんな形で争うなんてなんだかとても悲しい事に思えた。
あたしは何気なく机の引き出しを引くと、B5サイズ程の一枚の紙が入っていた。
その紙を手に取ると、そこには長い髪にゆるいパーマがかかっていて、ほっそりとした面持ちのやさしい印象の女性が描かれていた。
紙がだいぶ黄ばんでいるからずいぶん前に描いたものだと思うけど……。
その時、扉がノックされあたしは慌てて机の引き出しに紙をしまうと、扉の外からミケルの声が聞こえた。
「夕飯出来たよ」
窓の外を見るとすっかり夕暮れだ。
元々起きるのが遅かったせいか、いろいろな事を考えているうちに日が暮れてしまったようだ。
あたしは急いで部屋を出ると、机の上にはすっかり夕食の用意が出来上がっていた。
「さぁ、食べよう」
あたしは椅子に座り夕食を食べ始めた。
「言ってくれたら夕食作るの手伝ったのに」
「今日一日安静にって言ったのは僕だからね。手伝わせるわけにはいかないよ。そんなことより明日は日の出とともに出発するから」
「どこに行くの?」
「明日になればわかるよ」
それ以上喋ろうとしないミケルにあたしも突っ込んで話を聞く事はしなかった。