第34章
するとエンバーはニヤリと笑った。
「バカな娘だ。ラギィの実は煙だけが効果を示すものではない。粉を吸っても十分煙としての役割は果たせる。さぁ、さっきわたしが言った忠誠心を十分に見せてもらおうじゃないか」
はめられた。
もしかしてエンバーの目的は最初からこれだったのかもしれない。
自分の部屋だからと、油断していた。
『アシルヲコロセ』
いや、いやだ!
しかし、声に逆らえば頭痛は頭が割れる様にひどくなり、あたしは両手で頭を抱え込みその場に座り込んだ。
「どうした、大丈夫か」
アシルが心配そうに声をかける。
自分のなかの意識が少しづつ遠のいていくような感覚に襲われる。
まるで自我を暗闇に押し込めていくように。
「あたしに、あたしに近づかないで!」
あたしはアシルを自分から遠ざけようと両手で押しのけた。
アシルは驚いたようにあたしを見ている。
しかしそんな悪あがきも空しく、あたしの意思とは関係なくあたしはアシルに近づき、アシルの腰にある剣を抜き取り立ち上がった。
ダメだ!
このままじゃ本当にあたしはアシルを殺しかねない。
意識が遠のく中ミケルの言葉が浮かんだ。
『相手の暗示に対して決してかからないという強い意思があれば逃れる事は可能かもしれない』
決してかからないという強い意思……。
出来るだろうか、あたしに……。
自分の意識が無くなってしまうまえに。
あたしは刃を下に向け両手で柄をしっかり握ると、アシルの方に剣を振り上げた。
アシルは自分へと向けられた剣を見て、どう対応するか判断しかねているようだ。
そしてあたしは無くなりつつある自分の意識に集中し、剣を勢いよく自分の左の太ももへと突き刺した。
一気に痛みが体中を走り、立っていられなくなり庇う様に右膝を床につけ体を支えた。
周りは一瞬なにが起こったか理解出来ないようだったが、最初にアシルの声が部屋に響いた。
「何やってんだ!」
アシルは慌ててあたしの太ももに刺さった剣を抜き、自分の服を引きちぎりあたしの左ももへと
巻き始めた。
意識が無くなりそうだったあたしは、左ももへ剣を突き刺したことで一気に本来の自分を取り戻し、エンバーを下から睨んだ。
「あたしは……、あんたなんかに負けない!」
あたしの必死の迫力に、エンバーは一瞬たじろいだが、懐から短剣を取り出し、一気に周りに緊張が走った。
「悪足掻きはお止めになったらどうですか?」
急に掛けられた言葉に、部屋にいた全員が扉から入ってきた人物に視線が注がれた。
「おお、ミケル来てくれたか。早くここから逃げられるようにしてくれ」
エンバーは喜んでいるような、そしてすがるようにミケルに訴えた。
なぜ、ミケルが……。
もしかしてミケルがエンバーとグルだったの?
ミケルは全員から注がれる視線をまたく気にすることなく、エンバーに近づきやさしく笑いかけた。
「聞こえなかったのですか? 悪足掻きは止めろと言ったんです」
その言葉にエンバーは一転、険しい表情をした。
「裏切る気か!」
「裏切るだなんてとんでもない。ボクは最初からあなたを仲間だなんて思った事はありませんよ」
「な……に……?」
「不正が明るみになり追われる立場になって、価値のなくなったあなたを庇う気はさらさら無いと言っているんです」
「……」
みるみるエンバーの顔がこわばっていく。
「自分の思い通りにならなくなったアシルを殺して、ボクを王位に即かせようとこの国へ呼び戻したんでしょうが、残念ですね。僕はあなたに利用される気はまったくない。それどころか、僕に利用された事もわからないなんて、哀れだね」
ミケルはからかうように軽く肩をすぼめた。
「……おのれぇ……」
怒りの頂点に達したエンアーは持っていた短剣をミケルに向かって振り下ろすと、ミケルは剣を手に取りエンバーの手首を一太刀で切った。
ミケルの剣が振り切る方向へとエンバーの手首が血飛沫と共に舞った。
エンバーは部屋中に鳴り響くような悲鳴を上げ、次の瞬間ミケルはあたしを片腕で抱き寄せ、あたしの首に剣を当てた。
「動くな!」
いきなりの状況にあたしは何が起こったのか理解する間もなく、傷ついた足の痛みに顔をしかめた。
「なんで……」
混乱する頭の中であたしはミケルに問いかけたが、返事は返ってこない。
「馬を用意しろ!」
急な展開で全員がどう動いたらいいのか迷っているようだ。
「馬を用意しろと言っているのが聞こえないのか!」
「用意してやれ」
「しかし……」
アシルが兵士に指示を出すが、兵士も事態の状況が読み込めず、すぐに動こうとしない。
「いいから用意しろ!」
アシルの叱責で兵士は慌てて部屋を出て行った。
「お前の目的は?」
確かめるようにアシルはミケルに問いかけた。
「目的? そんなの決まっているよ。この国の王位だ」
「なぜ今頃……」
ミケルは冷笑した。
「今が一番いい時期だと思った、それだけだよ。それに僕は王位継承者のひとりだ。いや、違うな。元々この国の王になる為に僕は産まれてきたんだ。君さえ産まれてこなければね」
ミケルの最後の一言に、とても強い憎しみが込められているように感じられた。
馬の用意が出来たと知らせが入ると、ミケルはあたしを抱きかかえたまま部屋の扉へと向かい、あたしは痛む足を引きずるようにして歩いた。
「そいつは関係ないだろ。離してやれ!」
「城を出たとたん、矢で蜂の巣になってなりたくないからね。鈴は連れて行くよ」
ミケルは用意された馬まで行くと、あたしを馬に乗せ勢いよく走り出した。
いままでに経験した事の無い馬上での揺れに、あたしはただただミケルにしがみつくしかなかった。