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第30章

目が覚めるとそこは、自室のベッドの上だった。


日はすっかり落ち、部屋には明かりが灯されている。


あれは……、夢……?


あやふやな記憶のなか、体を起こそうとするととても重く感じられ、まるで、長時間激しい運動をした後のようだ。


しかし、それがあの出来事が夢でなかった事を認識させられ、背筋がゾッとした。


あれは夢なんかじゃない現実だ。


あたしは重い体を無理矢理起こした。


体は重いけど、どこか怪我をしているわけじゃない。


一体あれはなんだったんだろ。


目が霞むと思ったら、急な目眩。


体調はけして悪くはなかったはずなのに……。


その時、バルコニーの窓を叩く音がした。


バルコニーの窓を叩く人はひとり、きっとミケルだ。


あたしは重い体を引きずるようにして、バルコニーに出た。


「やあ」


「どうしたの?」


ロウソクの明かりだけではわからなかったけど、ミケルの顔がぼやけて見える。


「しばらく会えなくなるから、会いにきた」


「どこか行くの?」


「うん、欲しいものを手に入れに」


「そう……、手に入れられるといいね」


なんだか立っているのが辛い……。


「鈴?」


あたしの異変に気付いたミケルが顔を覗き込んだ。


「ねぇ鈴、僕の顔がちゃんと見えてる?」


「大丈……」


しかし立っていられなくなったあたしは、言葉が言い終わらないうちにミケルに寄りかかってしまった。


ミケルはあたしを受け止めるとそのまま抱き上げ、部屋へと入ると、そっとベッドへと寝かせてくれた。


「指、何本に見える?」


「3ぼ……、4本かな」


ミケルはあたしの目の前に指を出し、あたしが答えると小さく溜め息を吐いた。


「鈴、今日何か変わった香りを吸ったりしなかった? たとえば……、体がフワフワするような感じのするものとか」


そういえば、エルマーと会った部屋にお香があったっけ。


「……お香のこと? それなら今日エンバーと会った部屋に置いてあったよ」


「やっぱり……、もう二度とその香りは吸ってはいけないよ」


「なんで? いい香りのお香だったよ」


「君の体調不良の原因はその香りだ」


思ってもみない言葉にあたしは心底驚いた。


あのお香が……?


「君が吸った香りはラギィの実と言って、術師がよく使う物だ。初めてそれを沢山吸うと最初は心地よくなるが、だんだん目がかすむようになり目眩がし体が思うように動かなくなる」


あたしがあの部屋で感じた体の異変そのものだ。


「周りから見れば単なる体調不良に見えるけど、最大の特徴は瞳孔が開くから目を見ればラギィを吸ったんだということがわかる」


どうしてそんな物を使う必要があったんだろうか。


「ラギィの実のはね、煙を吸った人を術師が暗示をかけ思い道理に動かす事ができるんだ。だから、ほとんどの国が禁止されている。もちろんこの国でも」


思い通りに……。


卑怯だ!


自分の思い通りにいかない人間は、そんな物を使ってまで思い通りに動かそうとするなんて。


恐怖より先に怒りが込み上げてきて、初めて人を許せないという感情があたしの心を支配した。


「エンバーはああ見えても術師の心得があるから気をつけた方がいい。もし、もう一度ラギィの実を吸うような事があったら決して相手の目を見てはいけないよ。見てしまう事で暗示にかかってしまうから」


「もし、暗示にかかってしまったら?」


ミケルは目を伏せしばらくしてからゆっくり目を開いた。


「逃れることは……、ほぼ無理だろうね」


逃れる事が出来ないのなら、あたしはこれからどうすればいいの?


エンバーと会う事を避けながら過ごしていかなければいけないのだろうか。


「もし……、君の精神力が強ければ……、相手の暗示に対して決してかからないという強い意思があれば逃れる事は可能かもしれない。だけど、それは自分自身とのとても辛く苦しい戦いになる」


精神力……。


『帰らなかったことを後悔するんだな』


そう言っていたエンバー。


その言葉が、きっとこのままでは済まないだろう事を物語っている。


もしエンバーと会った時、あたしはエンバーにそして自分自身に勝つ事ができるのだろうか。


大きな不安が押し寄せてくる。


「少し待ってて」


ミケルはそう言うと部屋を出て行き、1時間程して戻ってきた。


「後遺症は無いけど、初めてラギィを吸った人は2、3日は体が思うように動かないだろうから、この解毒薬を飲めば少しは楽になるよ」


ミケルはあたしに3錠の丸薬を差し出した。


「ありがとう」


丸薬を受け取るとミケルはあたしの体を起こしてくれ、水が注がれたコップを持ってきてくれた。


あたしは丸薬を口の中に放り込み水を全部飲み干し、再び横になった。


「ゆっくり休むと良い。鈴が眠るまでここにいてあげるから」


ミケルをそう言ってあたしの手を握ってくれた。


それは、不思議と気持ちが安らぎあたしは眠りに落ちた。


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