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第3章

電話を借りて、早く家に帰ろう。


「あの、電話をお借りしたいんですが」


「そんなものはここには無いのぉ」


「へっ? 電話ないんですか?」


「無い」


無いって……。


よく見ると、テーブルの上にあるローソクが明りを灯している。


天井に目をやると電気が無い。


もしかして、ここには電気が来ていないの?


老後に昔ながらの生活を楽む、そうゆう趣向の人なんだろうか。


「それじゃ、ここから街までの道を教えていただけませんか」


電話が無い以上、自力で帰るしかない。


もっとも、ここに民家があるのだから、街まで自力で行く事はそれほど難しくないだろうと考えていたが、それは甘い考えだと思い知らされた。


「嬢ちゃんは何処から来なすった?」


老人はあたしの問いには答えずに、玄関先であたしにした質問をもう一度繰り返し、一切の誤摩化しがきかないかのように、こちらをジッと見て目線を外そうとしない。


まるで、全てを見透かされているようだった。


言ってもどうせ信じてもらえない、そう思ったが話を逸らして先に進むことが出来なさそうな雰囲気に、仕方なく笑われるのを覚悟で、あたしは自分の現状を老人に話した。


しかし、意外な事に老人は笑う事無く、最後まであたしの話を聞いていた。


「それで、嬢ちゃんはその大学とやから、この森へ突然やってきたというわけじゃな」


ふむ、と言ったまま老人は何かを考えるように黙り込んでしまった。


「嬢ちゃんがいた場所へ帰るには、ちと難しいかもしれんな」


「難しいって、どうゆうことですか」


まさか、そんなことを言われるとは思っていなかった。


民家が見つかれば、街にさえでれば、すぐに戻れると思っていたのに。


「嬢ちゃんは呼ばれたんじゃよ」


「呼ばれたって、どこに?」


「この国に」


「この国って……」


なんだか話の意図がよくわからない。


「ここは日本じゃないんですか?」


「日本という国は知らんが、少なくとも違う事は確かじゃ」


日本を知らないって……、ますます意味が分からない。


「それに、嬢ちゃんのその黒い瞳と髪を持つ者は、この国にはほとんどおらんからのぉ」


「ほとんどいないって、どうゆうことですか? ここは何処なんですか?」


「ここはレガン国のプエヌ村じゃ」


レガン国? プエヌ村?


あたしは必死で世界地図を頭に思い浮かべたが、聞いた事のない名前だった。


もっとも、知っているのは主要国ぐらいで、世界中の国名を知っている訳ではない。


「それは……、世界地図でいうとどの辺りなんでしょうか?」


老人は近くにあった棚から、巻かれた紙を取り出し、広げた。


「ここじゃよ」


そして指差した所は、あたしのまったく知らない場所だった。


いや、それどころかその紙に書かれている地図は、いままであたしが見た事もない形をしている。


「あのっ、これが世界地図……、ですか?」


「そうじゃ」


どうゆうこと?


世界地図って、いつこんな形に変わったの?


見た事もない地図の上を指で指されたって、まったく自分のいる場所が確認できない。


混乱しているあたしに、老人は追い打ちをかけるような一言を言った。


「わしが思うに、嬢ちゃんはこの世界とはまったく関係のない所から、ここへ来たようじゃな」


そうか、いま居るこの世界とはまったく関係のない所から来たから、地図が見た事ないんだ。


なぁーんだ……って、そんなのんきな事を言っている場合じゃない!


「じゃ、あたしはどうやって帰ればいいんですか!」


あくまでものんきに話す老人に、あたしは食ってかかった。


「だから、言ったじゃろ。帰るのは難しいかもしれんと」


そんなぁー。


あたしはその場に座り込んだ。


元の世界に帰れないのなら、あたしはこれからどうしたらいいのよぉ。


半分泣きそうになりながら、ガックリとうなだれた。


「まぁ、そう悲観するでない。嬢ちゃんをこの国に呼び出した張本人が見つかれば、帰る事は可能じゃろう」


「あたしをこの国に呼んだ張本人って、誰ですか!」


「それは、そのうちわかるじゃろうて。嬢ちゃんを呼んだのはいいが、行方がわからないのなら、今頃必死になって探しておるわ」


一体誰よ!


あたしに許可もなく勝手にこんな所に呼んだのは!


絶対文句言ってやる!


「まぁ、それまで、むさ苦しいところじゃが、ここにおればよい」


老人に言われてようやく気づいた。


そうだ、あたしこの国で寝床がないんだった。


「いいんですか?」


申し訳なさそうにあたしが言うと、老人はふぉふぉと笑った。


「これも何かの縁じゃ、迎えが来るまでゆっくりするがよい」


あたしは、老人のありがたい申し出を快く受けた。


だって、こんな知らない所で放り出されたら、きっとあたしを呼び出した張本人を見付けるより先に、野たれ死んでしまうわ。


自分の置かれた状況と、これからの事が決まったことで、ホッとしたのか急にお腹がぐぅーと鳴った。


老人はあたしのお腹の音を聞くと、またふぉふぉと笑い部屋の扉へと目を向けた。


あたしもつられて目を向けると、開いた扉の隅から子供がふたり、顔だけ出して覗いていた。


そのうちのひとりはさっきあたしを見て、慌てて家に駆け込んだ子だった。


「入って良いぞ」


老人の言葉に、10歳くらいの子がふたり、恐る恐る部屋の中へと入ってきた。


「この子達は、事情があってわしが預かっておる双子の兄妹じゃ」


兄をクルト、妹をソニアと言った。


ふたりとも金髪に瞳は緑と、あきらかに日本人ではない顔立ちをしている。


「今日からしばらく一緒に生活する事になった……、そういえばまだ名前を聞いておらんかったの」


「鈴、広池鈴です」


「鈴の分の夕飯も用意してあげておくれ」


老人は鈴の名前を聞くと、クルトとソニアに向かって言った。


「はい、老師様」


ふたりはハキハキとした返事をして、部屋を出て行った。


「では嬢ちゃん、夕食としようかの」


老師が部屋を出て行く後を、あたしはありがたい思いでついて行った。



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