第28章
あたしは小さく溜め息を吐いた。
なぜ、そんな事になる前に対策をたてなかったのだろう。
「じゃ、それ以外に政権を取り戻す方法は?」
「俺が結婚する事。結婚することで19歳を待たなくても成人と認められる。だけど、あの伯父のことだ、自分の息のかかった女を俺にあてがうつもりだったと思うぜ」
「ね、ひとつ聞いていい?」
あたしはアシルが座っている長椅子のすぐ横に座った。
「あんたはこの国を本気で変えたいと思っている?」
「当然だろ」
「じゃ……、なんであたしがこの国に来た時、結婚を拒んだの? この国の政権を取りたいなら例え政略結婚でもするべきだと思わなかったの」
アシルは長椅子の背もたれに背を預けた。
「お前は俺と結婚する事がどうゆうことか、わかって言っているのか。政権を取られそうになった伯父は何をするかわからない」
「……命の危険があるってこと……?」
「……そうゆうことだ」
「じゃ、あんたがあたしとの結婚をしたがらなかったのは、あたしの事を心配しての事だったの……」
アシルは黙ったまま答えようとしない。
あたしはクスッと笑った。
「何がおかしいんだ」
「あんたって素直じゃないね。それなら回りくどい事しないで、最初からそう言えばいいのに」
アシルは長椅子の肘掛けに頬杖をついた。
「お前をこの国に連れてきたのは長老達が寄り集まって考えた悪知恵だ。俺が何を言っても聞くものか。それよりお前が嫌だと言って故郷に帰ると言い出す事が一番手っ取り早いと思ったんだよ。それを、ことごとくはね除けやがって」
そう言っているアシルは、なんだかいたずらがうまくいかなかった子供のように見えておかしかった。
これが本来のアシルなのかもしれない。
「たまに話に出て来るけど、長老って?」
「前王の側近達だ。政権が変われば側近達も代わる。今は権力は無いが一筋縄ではいかない連中だ」
それにしても、まさかアシルが政治に関わっていないとは思わなかった。
あたしは長椅子の背もたれに背を預け天井を仰いだ。
この状態じゃますます元の世界に帰る日が遠のいた気がする。
あたしは小さく溜め息を吐いた。
今のあたしに出来る事ってなんだろう。
「せめて学校だけでも作る事ができたらな」
「学校……?」
ボソッと呟いた言葉をアシルが聞き返した。
「そう、学校。歳の近い子供達を集めて読み書きや数の数え方を教える場所。この前、農作業を終えて帰る途中男の子がお店の人に騙されていたでしょ。それって、ちゃんと教育が行き届いてさえいればあんな風に騙される事も無くなるんじゃないかなって思ってたんだ」
アシルはあたしをジッと見たまま何も言おうとしない。
「な、何……」
「お前ってホント、不思議な女だな」
そう言って笑ったアシルの笑顔にあたしはドキッとした。
今までアシルの笑顔は何度か見たけど、ロウソクの明かりだけで見るととても魅力的に見え、あたしは意識的に目線を外した。
この前からそうだ、アシルといると時々心臓の鼓動が早くなる。
「お前は諦めるという事をしないんだな。正直、今回は伯父にかなり詰め寄ったんだが、うまくいかなくて、へこんでたんだ」
アシルは悔しそうに話した。
今まで王としての責務を果たしていないと思っていたけど、アシルはアシルなりに頑張っていたんだね。
それを知らずにあたしはただアシルを責めていただけのような気がした。
「あたし、あんたが政権を取り戻せるように協力する。だから、あたしに出来る事があったらなんでも言って」
あたしはアシルの手を握りそう言うと、アシルは少し驚いた表情をしていたが、やがてニヤリと笑いあたしの手を握り返してきた。
「なら、さっさと婚儀を挙げるか? そうすれば話は即解決だ」
そう言ってあたしに近寄ってきたアシルに対し、あたしは反射的に少し退いた。
「べ、別に結婚するのはあたしじゃなくてもいいんでしょ。あんたには他に沢山いるじゃない」
あまり近寄らないで欲しい。
心臓の鼓動が少しずつ早くなっていくのを感じる。
「俺に寄って来る女は王という地位に興味があるだけだ。俺自身に興味があるわけじゃない」
アシルは少しずつ近寄って来る。
あたしは長椅子の端まで来てしまい、これ以上退くことができない。
「だからって、結婚っていうのは時期早々だと思うけど……、だって、ほら、あたしはそのうち元の世界に戻っちゃうし……」
その言葉にアシルはあたしに近づくのを止めた。
「それなら……、このままここに留まるという選択肢はないのか」
元の世界に戻らず、この世界留まる……。
考えてもいなかった事を言われ、そんな選択肢もあったのかと思った。
だけど……。
アシルはさっきとは違い真剣な眼差しであたしをジッと見つめている。
「……無理だよ。あたしは、この世界の人間じゃない」
そう、あたしの生活の基盤の全ては、元の世界にはある。
「そう……、か……」
そう言って笑ったアシルの笑顔に一瞬寂しげな表情に見えたのは気のせいだろうか。
アシルはあたしに顔を近付けるとそっと頬にキスをし、お休みを言って部屋を出て行った。
そしてあたしの心にアシルの寂しげな表情がチクリと刺さった。