第23章
朝起きるとすでにアシルは部屋にはいなかった。
あたしはというと、昨日の夜はあまりよく眠れなかった。
まったく、誰のせいだよ。
それにしてもアシルは何処へ行ったんだろう。
外から聞こえて来る音にあたしはベッドを降り、窓の外を覗くとアシルが薪割りをしている。
昨日もそうだったけど、最近のアシルは何を考えているのかよくわからない。
もっと気性の荒いわがままなタイプだと思っていたのに、あたしが怪我をしてから怖いぐらいに素直だ。
黙々と薪割りをしているアシルは、国が疲弊していかなければいかない程の悪い王には見えない。
アシルの真意はどこにあるんだろうか。
朝食を終えるとあたしとアシルは老師様の紹介で、農家の手伝いをした。
「あんた達、昼食を持って来たから休憩しな」
この土地所有者である、女主人エルバ・オーリクが体格の良い体を揺らしながら近づいて来た。
「ありがとうございます」
あたしはお礼を言ってアシルと昼食を頂く事にした。
「あんた達が来てくれてホント助かったよ。今年はいつもの年より人手不足でね、どうしようかと思っていたところなんだよ」
「ご家族はいないんですか?」
「うちの亭主は体の弱い人でね、あたしと子供達を置いてさっさと逝っちまったのさ。ふたりの娘も嫁に行っちまって、ここしばらくは近所の人に協力してもらっていたんだけど、去年の不作で税金が払えなくて大勢の人が土地を城に取られちまったんだよ」
エルバは両手を腰において、仕方ないといった様子で答えた。
「土地を取られた者は、土地の所有者からただの雇われ人さ。少ない給金だけでは生活なんてとてもやっていけないからね。みんな出稼ぎに行っちまって、おかげで今年は人手不足さ」
そういえば、以前クルトとソニアがそんなことを言っていたっけ。
「まったく、今の王は何を考えているのかね」
話はアシルの事へと変わっていき、あたしはドキッとした。
「前王の時代は不作の年は税を払わなくて良かったんだけどね。それに比べて、今の王は私腹を肥やす事しか頭にないらしい」
ここに来てから一言もしゃべろうとはしないアシルの様子を横目で伺ったが、その表情は変わる事無く感情を読み取る事が出来ない。
「しかも質のいい作物は他の国に売りさばいたりしているらしくてね、あたし達が手に出来る物は質の悪い物ばかり。そのうえ高値でしか買えないときている」
まさか本人が目の前にいるとは知らず、エルバのおしゃべりは続く。
「このままじゃ、あたし達国民に死ねって言っているようなもんだよ。あんた達も何処から来たか知らないけど、この国で新居を構えるなら考え直した方がいいかもね」
最後の言葉が気になってあたしは聞き返した。
「新居?」
「隠さなくったっていいよ。あんた達のような髪の色は初めて見たからね。どこか他の国から来たんだろ。ま、若いうちはいろいろあるさ」
そう言うとエバルはウインクをし農作業へと戻って行った。
街中を歩く時には目立つ髪をフードで隠していたけど、農作業には邪魔なだけなのでフードを被っていなかった為か、エルバは何か勘違いをしてしまったようだが、訂正する事も出来ないまま農作業を初めてしまった。
しかし、そんなことよりあたしはアシルの事が気になった。
いくら本人だということを知らなくても、だれだけ自分の事を言われれば誰だってショックだよ。
だけど、直接その事を聞く事もできず、あたしは前から聞いてみたかった事を聞いた。
「ね、アシルは何であたしの提案を聞こうと思ったの?」
そう、今回の社会見学は絶対断られると思っていたから、意外にも承諾したのをずっと不思議に思っていたのだ。
アシルはジッと遠くを見つめている。
「俺は……」
「鈴!」
アシルが何か言いかけた時、あたしは名前を呼ばれ振り向くと、クルトがこちらに向かって走って来る。
その後ろにはソニアとカイ、そしてミケルがいた。
「僕達も手伝いに来たよ」
クルトはあたし達の所まで来ると嬉しそうに言った。
「ね、鈴。一緒にやろうよ」
あたしの腕を持ち引っ張るクルトにあたしは仕方がなく立ち上がると、アシルも立ち上がり後から追いついたミケル達と目を会わす事無く作業へと戻って行く。
さっきアシルは何か言いかけていた。
よく考えてみると、アシルから何か話そうとしたのってさっきが初めてだよね。
何を言いかけていたんだろうか……。
気にはなったが、アシルはすでに作業に戻ってしまった。
しかたがない、また後で聞いてみよう。
そしてあたしはクルトに手を引かれるまま農作業へと戻った。