第21章
重い……。
相変わらず水汲みは重労働だ。
しかも、しばらくベッドの上で過ごす事が多かったあたしにとって、かなり体力が落ちたのを身をもって感じる。
老師様の家まで着くと、水の入った桶を地面に置きその場に座り込んだ。
「相変わらず鈴は水汲みが苦手だね」
そう言って家から出て来たのはクルトだ。
またクルトに言われてしまった……。
「アシル、こっちだよ」
クルトはあたしが置いた桶をひとつ持つと、家の中へとアシルを促した。
あたしと同じ様に水汲みをしていたアシルは、息一つ乱す事無く水の入っている桶2つを持って、クルトの後について家の中に入って行った。
そんな様子をみていると、なんとも置いてかれたような気分になる。
少しは基礎運動だけでもやろうかな。
それにしても、文句を言わずにいるアシルにあたしは驚いていた。
そして、なぜあたし達が老師様の家に居るかというと……。
あたしがアシルにした提案は、一般市民の生活を一緒に体験して欲しいと言ったからだ。
その時のアシルの顔を思い出すと今でも笑えて来る。
最初は驚いた顔をし、次に困惑した表情へと変わっていった。
それはまさに百面相と言ってもいいくらいだ。
もちろん、言ったところで承諾するとは思っていなかったあたしは、本当に言った意味を理解しているのかと何度も確認して、不機嫌にしてしまったぐらいだ。
だって、あのアシルだよ。
すぐには信じられなかったんだもん。
かくしてあたし達はお供を連れず、老師様の所にお世話になることになった。
もちろん、アシルがこの国の王だとは言っていない。
幸いな事にテレビもなければ写真もないこの国では、あまりアシルの顔は知られていないようだ。
それにしても、アシルはここに来てどんな作業をしても何一つ文句を言わずに黙々と働いている。
この間からそうだけど、なんだか人が変わったかのようだ。
「鈴、いつまで座ってんの」
クルトが家の中から顔を出した時、森の中から馬の蹄が聞こえて来た。
その方向へと目線を向けると、2頭の馬がだんだんこちらに近づいてくる。
その姿がハッキリ見え始めると、クルトの顔に笑みが浮かんだ。
「お父さん!」
馬が家の前に着き、体格の良い男性が馬から降りるとクルトは走り出し父親に抱きついた。
その騒がしさに気づいたのか、ソニアも家から出て来てクルトと同じ様に抱きついている。
そしてなにより驚いたのは、もう1頭の馬から降りたのはミケルだった。
ミケルも驚いたようにあたしに近づいてきた。
「鈴、君はここで何をしているの?」
「何って……、ちょっと遊びに……」
まさか、アシルの社会見学とは言えない。
「老師様と知り合いなの?」
「うん、あたしがこの国に来た時、最初に出会ったのが老師様だったの」
「そうだったんだ」
「ミケル、俺は老師様に挨拶をしてくる」
クルトとソニアの父親はミケルにそう告げて、家の中に入って行った。
「クルトとソニアのお父さんと知り合いなの?」
「カイのこと? カイは傭兵をしていてね、旅先で知り合ったんだ」
その時、家の扉が開きアシルが家から出て来た。
アシルは今までに見た事ない程驚き、そして不快感を顔に表した。
それと同時に、ミケルも驚いた様子だ。
「なぜ……、お前がここに居る?」
しばらくの沈黙の後、最初に口を開いたのはアシルだ。
「それはこちらの台詞だね。ここは王家の所有地ではないと記憶しているけど」
アシルとミケルはお互い睨み合ったまま、目線を外そうとしない。
なに、この状況は……。
ふたりは知り合いなの?
しかし明らかに友好的ではないこの空気を破ったのは、カイだった。
「どうした?」
家からクルトとソニアを連れて出て来たカイは、アシルとミケルの不穏な空気を察したように声をかけた。
「なんでもないよ」
ニコリと笑って答えたえるミケルを不審そうにしているカイだが、それ以上の事を聞こうとはしない。
「鈴、お父さんが帰って来たから、あたし達今日は家へ帰る事になったの」
「そう、よかったね」
ソニアの言葉に、あたしが答えるとうれしそうに笑ってカイの元へと戻って行く。
「鈴、またね」
ミケルはあたしに声を掛けると、アシルを一瞥してカイ達のいる馬の元へと行った。
カイはクルトをミケルはソニアを馬に乗せると、クルトのバイバイという声を残して元来た道へと消えて行った。
「なぜ、あいつを知っている?」
アシルはいつもより低い声で、迫る様にあたしに質問した。
「知ってるっていうか……、ちょっとした知り合いってゆうか……」
悪い事をしている訳でもないのに、アシルのただならぬ雰囲気に押されてあたふたながら答えた。
「そうゆうアシルだって、ミケルと知り合いだなんて」
「あんなヤツは知らん!」
アシルは不機嫌そうに一言言って、家の中に入って行った。
その態度にあっけにとられてしまう。
これってどうどうゆうことなんだろう。
アシルとミケルは明らかに顔見知りだよね……。
しかし、アシルの様子ではとてもじゃないけど、これ以上は聞ける雰囲気ではなかった。