第20章
傷口も良くなり、ようやくベッドから開放されたあたしは中庭を散歩していた。
あたしって、つくづく体育系なんだなぁって思う。
やっぱりベッドの上で大人しくしているより、体を動かしている方がいいな。
剣道をしていた頃は、毎日の練習で必ず体を動かしていたあたしにとって、矢で肩を負傷してから、カリナが許してくれなかった事もあるけど、こんなにも長くなにもしないでベッドでジッとしていたのは初めてのことだった。
体を動かしてないと、人っていろんなことを考えてしまう。
大学の事、剣道の事、みんな元気にしてるかな。
そして、この国へ来てからの事。
そんなことを思いながら木々の間を歩いていると、地面に落ちている枝を見つけ手に取った。
不思議、大学にいた頃は剣道なんてもう嫌だと思ったけど、なんだかとても懐かしく思えた。
あたしは手にした枝を軽く振った。
枝は高い音を出し、軽くしなった。
腕全体にかかる空気抵抗がなんだか心地よい。
「ここで何をしている」
声の方へと振り向くと、そこにはアシルがいた。
「こんな所にいて、体の方はいいのか」
この前からなぜかやさしく話しかけてくるアシルに違和感を感じてしまう。
ほんと、どうしたんだろ。
「うん、もう大丈夫。お医者様も大丈夫だって言ってたし」
「そうか」
アシルはそう言ったまま何も話そうとしない。
沈黙が続くとなんだか気まずく思うのはあたしだけだろうか……。
「本当に、剣が使えるのか?」
「なぜ?」
急な質問にあたしが聞き返すと、アシルはあたしの持っていた枝に目線をやった。
あたしは返答に困ってしまった。
以前クルトに説明したが、あまり理解してもらえなかったからだ。
「剣が使えるかどうかという質問なら、答えはノーよ。それに似た事をやっていたっていうだけ」
「それだけと言う割りには、この間は随分威勢のいい事を言っていたようだが」
この間のアシルに煽られて剣を握った時の事を言っているのだろう。
「あ、あれは……、アシルがあまりにも挑戦的だったから、つい……」
確かに、今考えるとかなり無茶な行動だったと思う。
あたしの様子を見てアシルはクスクスと笑い出した。
あ、また笑った。
アシルがあたしの前で笑うなんて……。
意外な事に驚くとともに、年相応の笑顔がとても眩しくて見とれてしまった。
「どうした?」
見とれているあたしに気付いて、アシルが話しかけてきた。
「え……、あ、うん。な、なんでもない」
まさか、見とれていたなんて言えるわけない。
そんなあたしを今度は不思議そうに見ている。
「そういえば、あたし達を襲った山賊ってどうなったの? 捕まったって聞いたけど」
あたしは怪しまれないうちに話題を変えた。
「……殺した」
えっ、今なんて……。
「殺したの……?」
「ああ」
アシルはなんでも無い事の様に答えた。
「なんで!」
あたしの言葉にアシルは心底驚いた様な顔をした。
「なぜだと? 王の命を狙った。理由はそれだけで十分だ」
あたしは山賊に教われた時の事を思い出した。
アシル達も山賊も、まるで人の命なんて気にする様子も無く剣を抜いていた。
なぜと聞き返した時のアシルの様子を見ていると、きっとこの世界ではそれが当たり前なのだろう。
だけど、あたしは初めて人が殺される所を近くで見たのだ。
あたしの価値観が全てだとは思わないし、元いた世界のルールが必ず正しいとも思わない。
もちろん、私たちを無条件に襲った山賊を弁護する気もない。
それでも、人の命をそんなに簡単に奪ってもいいものなのだろうか。
しかし、アシルにそれを言ってもきっと理解出来ないだろう。
あたしが、この世界の常識が理解出来ないように。
「ね、アシル。あたしにご褒美をくれるっていったよね」
「ああ」
「じゃ、褒美はいいから代わりにあたしの提案を聞いてもらえないかな」
あたしの言葉にアシルには少し怪訝そうな顔をした。
まさか、提案なんて言われるとは思っていなかったのだろう。
しかし、それに構わずあたしはアシルにそれを伝えた。