第2章
痛ったぁ。
落ちる時に受け身をとったつもりだったけど、思いっきり右腕を打ったようで、起き上がろうと右腕を動かしたら、かなりの痛みが腕に走った。
それでもどうにか起き上がると、周りに広がる景色を見て絶句した。
ここ、何処よ!
あたしが居たのは大学の校舎内だったはず……。
なのに、何処を見ても木しか見えず、明らかに森の中に放り出されたようだった。
なっ、なんで森の中……?
混乱する頭の中で、必死に冷静な部分を取り戻そうとした。
落ち着け、鈴。
そう、まずは落ち着こう。
あたしは大学の校舎で階段を上っていた。
だけど地震がきて、あたしは階段から落ちたんだ。
そして……、……あぁ!
落ちる時に見たあのブラックホール!
もしかして、そのせいでこんな森の中に飛ばされたとか。
まさか……ね……。
そんなファンタジー小説じゃあるまいし、そんな事が現実にある訳……。
そう思いながらも、自分のいる場所を改めて確認すると、やはり大学の校舎ではなく森の中だった。
と、とにかく、携帯で誰かに連絡しよう。
鞄の中から携帯を取り出したが、森の中で携帯が通じる訳もなく、無情にも通話可能な三本線は消え、園外が表示されている。
なんで電波が届いてないのよっ!
まったく、信じらんない。
なんの為に毎月携帯代払ってると思ってんの!
こんな緊急時に通じなかったら、意味ないじゃん。
どうしよう、誰にも連絡出来ないってことは、あたしこのまま遭難なんてことになっちゃうんじゃ。
まだ明るいけど、このまま日が暮れてしまったら……。
見つかった時には遺体だったなんてことになるんだろうか……。
あたしはブルブルと、顔を横に振った。
そんなのイヤ!
せっかく大学に入って、キャンパスライフを謳歌するはずったのに、こんな所で死んでたまるか。
とにかく、日が落ちる前に街まで行かなきゃ。
いろいろと頭は混乱してるけど、こうと決めたらすぐ行動するタイプのあたしは、さっそく森の中を歩き始めた。
どこをどう歩けばいいのかわからないけど、とにかく自分の感を頼りにひたすら歩いたが、自然はそんなに甘くはなかった。
どんなに歩いても景色は変わらず、日が落ちていくばかり。
感だけを頼りに歩いているせいか、何処をどう歩いているのかもさっぱりわからない。
もうダメ、歩けない。
あたしはその場に座り込み、近くの木によりかかった。
まったく、なんであたしがこんな目にあわなきゃいけないのよ。
歩きっぱなしで疲れてきた体に、夕日が目に染みる。
あたし、このまま誰にも気づかれる事なく、死んじゃうんだろうか。
あぁ、こんなことならもっとおいしい物沢山食べて、コンパももっと行っておけば良かったな。
茜色に染まっていく空を見上げると、お腹が鳴った。
そういや、昼食も食べてなかったんだった。
お腹空いたぁー。
そう思った時、何処からともなくいい匂いがしてきた。
気のせいかとも思ったが、もしかして近くに民家があるのかもしれない。
そう思ったら体の疲れも吹っ飛び、匂いを頼りに歩き出した。
そして辿り着いた所は、少しひらけた所に建っている一軒家だった。
煙突から煙が出ているってことは、人がいるってことだ。
ようやく民家を見付けた喜びと、ホッとした気持ちがこみ上げ、あたしはその場に座り込んだ。
良かったぁ。
これで遭難しなくてすむ。
その時、家の中から男の子が出てきて、家の脇に置いてある薪をいくつか手に取り、家の中へと戻ろうとしていた。
「あ、あのっ」
男の子に声をかけると、その場に立ち止まりこちらを振り返った。
しかし、男の子は驚いたように立ちつくしたと思ったら、薪をその場に落とし家の中へと走って戻っていった。
しかも、しっかり扉を閉めて。
そんなに驚かなくても……。
あたしは仕方なく、立ち上がり民家の扉へと向かった。
民家の扉の前で立ち止まり、扉をノックしようとしたその時、突然扉が開いた。
そして、開いた扉の内側に立っていたのは、さっきの男の子ではなく老人だった。
真っ白な長い髪とヒゲ、手には身長より少し低い杖を持っている。
その印象はまるで仙人のようだった。
「突然で申し訳ないのですが、電話をお借り出来ないでしょうか? どうも森の中で迷ってしまったようで」
変な人に思われないよう、おもいっきり笑顔で老人に話しかけたが、老人はあたしの顔をジッと見たまま、答えようとしない。
森の中を歩き回ってたから、きっと顔に何かついているのかもしれない。
「あのっ、あたしの顔になにか付いてますか?」
「嬢ちゃん、何処から来なすった?」
何処からと言われても……。
大学の校舎からいきなりこの森に来たんです、なんて言っても信用してもらえないだろうな。
あたし自身今の状況がよくわかってないんだから。
「まぁ、よい。中に入りなされ」
説明する手間が省けホッとしながら、老人の後に続いて家の中へと入った。