第19章
その日の夜、アシルに髪を撫でられた時の感覚が何だったのか、思い出せないことが気になって寝付けない。
なんだったんだろう、喉まででかかっているんだけど思い出せない……。
その時、何かを叩く音がした。
なに、何の音?
ベッドから体を起こし、周りを見渡すと、バルコニー側の窓に人影が見えた。
誰!?
もしかして強盗……。
「鈴、僕だよ。ミケル」
ミケル?
あたしはベッドから降りると、バルコニーの扉を開けた。
「ミケル、どうしたの?」
いままで偶然会う事はあっても、わざわざ会いに来てくれたのは初めてだ。
「ごめんね、こんな時間に。鈴がけがをしたって聞いたから」
心配してくれたんだ。
「傷はもう大丈夫なの?」
「うん、大丈夫。お医者様も回復が早いって言ってたし」
「そう、良かった」
ミケルはホッとしたように優しい笑顔を見せた。
「良かったら中に入って」
あたしは部屋の中に入るよう勧めた。
「ありがとう。でも、こんな時間に女性の部屋に入るのはルール違反だから、今日はやめておくよ」
あぁ、ミケルってあたしの事を唯一女性扱いしてくれる人だな。
「今日はこれを届にきただけだから」
ミケルが差し出したのはルクの花だった。
「ありがとう」
あたしはルクの花の香りを嗅いだ。
「あたし、この花の香り好きだな。なんだかとっても落ち着く」
ミケルにクスッと笑うと、そっとあたしを抱き締めた。
あたしは突然の事で身動き出来ない。
「ミケル……?」
「元気そうで良かった。鈴が矢で撃たれたって聞いた時は心臓が止まるかと思ったよ」
そんなに心配してくれてたんだ……。
でも、抱き締められているあたしって……。
こうゆう場合どうすればいいんだろうか、だんだん心臓の鼓動が速くなる。
アシルといい、ミケルといい、一体今日はなんなのよ。
こんなことばかりじゃ、心臓が持たないじゃないわ。
そういえば、前にもミケルに抱きしめられたよね。
きっと、ミケルにとってはハグみたいなものなのかもしれない。
あたしは自分にそう言い聞かせ、気持ちを落ち着かせていると、ようやくミケルがあたしを解放してくれた。
「もう、むちゃな事はしちゃいけないよ」
ミケルはそう言うとあたしの頬にそっとキスをし、また来るねと言って帰っていった。
その場に残されたあたしは、ただただ呆然とするばかりだった。
キス、されちゃった……。
そう思った瞬間、顔に火がついたように熱くなったが、すぐさま顔を横に振った。
あ、挨拶だよね。
ここは日本じゃないもの。
海外でよくいうハグ&キスだよ。
そんな言い訳をしながらあたしは部屋へと戻った。