第16章
アシルが鈴の部屋の前まで来ると、ちょうど医者が鈴の部屋から出て来たところだった。
「どうだ?」
「運良く急所は外れておりますが、出血が思った以上にありまして、熱が下がらなければ今夜が山かと」
「何のためにお前を呼んだと思っているんだ」
軽い口調の医者にイラつきを感じ、医者を睨むと、アシルの冷たい視線に医者はすくみ上がった。
「も、もちろん万全を尽くすつもりでおります」
「当たり前だ!」
「それでは、わたくしは薬を取ってまいりますので」
アシルのただならぬ態度に、医者は慌てたようにその場を後にした。
鈴の部屋に入ると、カリナが鈴の看病をしていて、アシルに気付き頭を下げた。
「様子は?」
「熱が高く、かなりお苦しそうです。熱を下げるための薬を煎じたのですが、鈴様の状態では飲ませることも出来ないままで」
見ると鈴は少し口を開き、苦しそうに肩で息をしている。
「わたくしは、一度水を換えてまいります」
カリナはそう言って桶を持つと、部屋を出て行った。
アシルはベッドの縁に座り、そっと鈴の頬に手を当てた。
鈴の頬は火がついたように熱い。
一体何を考えているんだ、この女は。
普通女というものはニコニコしながら置物のように大人しく、男の横にただいるものじゃないのか。
それをこの女は……。
剣は手にしたり、ことごとく俺につっかかってくる。
その上、俺を庇って矢に撃たれる始末。
なんて規格外の女なんだ。
自分の常識がまったく当てはまらない鈴の行動に、アシルは戸惑いを感じていた。
伝説の女だと城に連れて来られた時には、俺に政略結婚をさせる為に長老達が伝説の女性に仕立て上げた偽物だと思っていた。
冷たくあしらえば泣いて故郷に帰ると思っていたが、何をしてもまったく動じる様子が無い。
しかもこの女の話では納得の上で自ら城に来たのではないという。
それなら、何処から来たというのだ。
しかも、驚くべきは俺と同じ黒い髪に瞳を持っていたことだ。
この国だけではなく、近隣諸国を捜したとしても、黒い髪と瞳を持つものは俺以外に存在しないというのに。
この女は本当に伝説の女なのか……。
アシルの中でさまざまな疑問が浮かんで来る。
アシルは頬に当てていた手で、そっと髪を優しく何度も撫でた。
まったく、不思議な女だ……。
アシルは煎じ薬の器を手に取ると一気に自分の口の中へ含み、そっと唇を重ねた。
アシルはゆっくりと煎じ薬を鈴へと流し込む。
最後まで煎じ薬を流し込むと、アシルはもう一度鈴の髪を優しく撫でた。
扉をノックする音がし、ルカが部屋に入ってきた。
「襲った男達は、どうやら最近あの辺りを縄張りし始めていた山賊のようです。アジトをつきとめましたが、どうなさいますか」
「全員残らず、殺せ」
アシルは迷わず、冷たく言い放った。