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第12章

その夜、寝付けないあたしはバルコニーの階段を下り、夜空を見上げながら歩いた。


あたしは何をしているんだろう。


『おぬしはここへ来てから何をした?』


お婆の言葉が胸に残る。


じゃ、あたしは何をすればいいの?


あたしに何か出来る事なんてあるんだろうか……。


本当に必要とされてあたしはここに来たのだろうか……。


あたしは城に来てからの事を思い返した。


しかし、思い返せばかえすほどアシルとの喧嘩しか思い出さない。


だめだこりゃ……。


アシルとの喧嘩しか思い出さないなんて、ますます何の為に来たのかわからなくなる。


あたしがここに来たのって、やっぱり何かの間違えだよ。


それに、夕方のあの喧嘩は思い出すだけで嫌になる。


アシルの言葉に煽られて剣を握った。


もう剣道はしないって決めていたのに……。


しかも剣なんて人を殺すためのものじゃない。


いくら言葉に煽られたからって、手にしていいもんじゃない。


それに、アシルのあの言葉……。


『女のくせに』


そう、あたしが剣道をやらなくなった最大の理由だ。


祖父が剣道道場を開校していたため、物心つく頃にはもう竹刀を握っていた。


大会に出られる年齢になると、あたしは運動神経の良さから数々の大会で優勝した。


小学校高学年になる頃には歳の近い子では男も女も相手にならず、必ず年上が練習相手だった。


『あいつ、絶対女じゃねえよな』


『ホント、女のくせに男に勝つなんて、普通じゃないぜ』


同級生の男の子達の口から出た言葉は、多感期のあたしの胸に突き刺さった。


たまたま祖父が道場をやっていた、それだけの理由で始めた剣道は、あたしから女の子らしさを見えなくしてしまったのだ。


剣道は自分からやりたくてやっていたんじゃない。


それだけに、アシルに言われた『女のくせに』という言葉がカチンときた。


「また会ったね」


急に声をかけられ、声の方向を見るとそこには以前会ったあの彼が居た。


いつのまにか、以前彼に出会ったあの池まで歩いてきていたらしい。


「どうしたの? 浮かない顔をして」


「うん、ちょっとね。なんだか寝付けなくて」


「そう」


そう言うと彼は何も聞かず、あたし達は一緒にしばらく空を見上げていた。


「そういえば、名前聞いてなかったよね」


「ミケル、ミケル・リッツ」


ミケルは名前を言うと、また黙って空を見上げている。


「ね、ミケルは女性に剣で負けた事ってある?」


あたしの突然の質問に驚く事もなく、少し間をおいてから答えた。


「この国では女性が剣を持つ事自体ないから、負けた事がないことになるのかな」


「じゃ、もし剣を持つ女性がいて、負けたりしたらやっぱりショックだよね?」


ミケルはまた考えるように黙った後、口を開いた。


「それは、人によると思うよ」


今まで夜空を見上げていたミケルがあたしの方を見た。


「僕は今までいろんな国を旅して来たんだ。だから、この国の常識だけがすべてじゃないと思うし、実際そうだった。ただ……」


ただ?


「もし、男に勝てる女剣士がいるとしたら、会ってみたいな」


「会ってどうするの?」


「だって、女が男に勝つなんてよほど努力した証拠だろ。負けるってことは自分の鍛錬不足が原因なんだから、負けた事をショックに思う前に、俺だったらその女性を尊敬するよ」


衝撃的だった。


尊敬するなんて言葉が出てくるなんて、思ってもみなかったから。


なんだか長い間胸に刺さっていた刺がスッと抜けたような気がし、思わずあたしはミケルの顔をマジマジ見てしまった。


「どうしたの? ずいぶん驚いた顔して」


「え、あ、いや……。なんだか、意外な答えだったから」


ミケルはクスッと笑った。


「そういえば、今日は笛を持ってないんだね」


「ああ、今日は花を見に来たんだ」


「花?」


ミケルの視線の先をよく見ると、白くて小さな花がいくつも咲いている。


「かわいい花」


「この花はルクの花といって、本来この国の花じゃないんだけど、他の国で咲いているのを見つけて、ここへ種を蒔いたんだ」


「ミケルが育てたの?」


「この花は生命力が強いから、種さえ蒔けば自生するんだよ」


ミケルは花の前でしゃがみ、やさしく花を撫でた。


「普通、花は太陽の光を浴びて咲くだろ。だけど、この花は月の光で咲く花なんだ。人の目に留まる事無くひっそりと咲いて、人目を避けるように朝には花を閉じてしまう」


その時のミケルはとても寂しげで、今にも消えてしまうんじゃないかって思えた。


「太陽の下で生き生きと咲く花と同じようには必要とされていない事を知っているから、この花は夜に咲く事しかできないのさ」


なんだかミケルの言葉は、花の事を話しながらまるで自分の事を投影して話しているように感じられる。


「あたしは、この花が太陽の下で必要とされていないから、夜に咲くことしかできないなんて思えない」


ミケルは花を撫でていた手を止めた。


「この花は、自分の一番美しい姿を知っているんだよ。太陽の下で咲くよりも、もっと奇麗に咲けるのが月の光の下だっただけで、決して人目を忍んで咲いているわけじゃないと思う。だって、そうでしょ、ちゃんと咲いている事を少なくともミケルは知っていて、こうして花を見に来ているじゃない」


ミケルは立ち上がりあたしの顔をジッと見つめている。


「そりゃ、この花がこんなに奇麗に咲く事を知っている人は少ないかもしれないけど、それでも、こうやって咲いている自分の姿を見に来てくれる人の為に、一生懸命咲いているんだよ。だから、必要とされていないなんて、言わないで」


最後まで言い切ると同時に、ミケルを急にあたしを抱きしめた。


え、なに!?


一瞬目の前が真っ暗になり、何が起こったのかすぐには理解できない。


あ、あたし、もしかして抱きしめられてる?


そう気づくと急に心臓が、跳ね上がった。


きゃー、彼氏いない歴20年のあたしには刺激が強すぎる。


「ミ、ミケル?」


混乱する頭の中で、あたしはやっとの事で声を出してみた。


「僕は、君と出会えた事を神に感謝するよ」


ミケルはあたしを解放すると、近くにあったルクの花を摘み、あたしの前に差し出した。


「この花は安眠効果があるから、ベッドの近くに置いておくといいよ」


「あ、ありがとう」


ミケルの顔は、ルクの花の話をしていた時とは違い、なんだかやさしげな表情をしていた。



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