第10章
「あら、あそこに居るのはアシル様とルカ様だわ」
お城にいてもなにもする事のないあたしは、夕方はカリナと城内を散歩するのが日課になっていた。
中庭へと出ようとした所で立ち止まったカリナの目線の先に目をやると、そこにはアシルとルカが剣を持って向き合っていた。
2人は向き合ったまま、どちらからも動こうとはしない。
いや、しないんじゃなく、出来ないんだ。
2人の間に流れる空気はピリッと張り詰めていて、ほんの少しの油断も命取りになりかねない雰囲気が漂っている。
その均衡を最初に破ったのはアシルだ。
ルカに一方的な攻撃を繰り出している。
一方、ルカは防戦するのに精一杯の様子だ。
何度か剣が交わり、アシルの最後の一撃でルカの剣が宙を舞、あたし達から5メートル程離れた所に突き刺さり、カリナの小さな悲鳴と共に決着が付いた。
剣を失ったルカはアシルひざまずき、頭を下げた。
「参りました」
ルカの言葉にアシルは10代の少年らしい笑顔で満足そうに笑った。
あら、あんなかわいい笑顔で笑えるんじゃない。
そう思っているとアシルと目が合った。
「そこで何をしている」
決着がついた事で、アシルはようやくあたし達が居る事に気付いたようだ。
「お前に、剣の見学を許した覚えはないぞ」
また、始まった。
まったく、顔を合わせりゃ嫌味しか言えないのかねぇ。
笑顔がかわいいなんて、前言撤回!
「誰があんたなんか。あたしが見てたのは、ルカであってあんたじゃないわ。自惚れてんじないわよ」
売り言葉に買い言葉とはまさしくこのことだ。
言わないでおこうと思っていても、アシルの憎まれ口を聞くとつい言い返してしまう。
するとアシルは一気に不機嫌な顔にった。
「そういえば、鈴様は剣が使えるとか」
睨み合っていたあたしとアシルの間にルカが割り込んだ。
話題を変えてその場と取り繕うとしたようだが、それが最悪の方向へと話が動く。
「女の分際で剣を扱うとは、とことん常識外れだな」
アシルは小馬鹿にしとように鼻でフンと笑った。
「女だからって、馬鹿にしないでよ! それって男女差別もいいとこだわ! 言っとくけど、あんた程度の腕だったら、確実に勝つ自信があるわよ。バカにしないで!」
あたしは一番触れて欲しくない言葉を聞いた事で、挑戦的な言葉で言い返すと、アシルはカッと怒りで頬を赤くした。
「俺に勝てるだと!? ならば、そこにある剣を取れ!」
アシルは持っている剣で、地面に突き刺さったルカの剣を指した。
あたしだって、好きで剣道をやってきたわけじゃない!
それを、女だからってなんだっていうのよ!
いいわ、少しは痛い目にあえばいいのよ。
あんたのその性格の悪さを叩きのめしてやる!
あたしは前に進み出て、剣の柄に手をかけた。
カリナは突然の状況に言葉が出ず、両手で口元を覆い、顔が蒼白になっている。
「鈴様、おやめください!」
ルカが慌てて止めに入ったが、あたしは構わず剣を地面から抜いた。
剣の柄を両手で握り、体の正面で構える。
「なんだ、その剣の持ち方は。そんな持ち方で俺に本気で勝てると思っているのか」
「あんたの知っている世界だけがすべてだと思ったら大間違いよ!」
アシルは剣を片手で構えている。
きっと、この国ではあたしのように両手で剣を構える人はいないのかもしれない。
世界はね、あんたが思っているより広いのよ!
あたし達はジッと睨み合い、重苦しい空気が辺りに流れた。
それにしても、重い……。
初めて剣を手にしたけど、こんなに重いなんて知らなかった。
剣道で使っていた竹刀の倍ぐらいあるかもしれない。
そして、この剣の重さがあたしの気持ちを冷静にさせていった。
これは竹刀なんかじゃなく、その気になれば人を殺す事のできる物なのだと。
しばらく睨み合った後、ゆっくりと剣を下ろし、ルカに返した。
「どうした、怖じ気づいたのか」
「勝つのが目に見えてる勝負をするのが、バカらしくなっただけよ」
「バカらしいとはなんだ!」
本気で怒りだしたアシルを無視して、あたしはある場所へと歩き出した。