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時をかけるファラオ

「何じゃあれは!?」

「わかりません!!」


 口をあんぐりと開けている間に、ヘリコプターは二人の目の前にそびえる岩壁の向こうに消えていく。


「先輩はここで待ってて! 今度こそ絶対に動かないでくださいよ!」

 ツタンカーメンはヘリコプターに近づいて正体を確かめようと、体をふわりと浮き上がらせた。



「!?」

 二〇メートルほど昇ったところで、巨大な顔が現れた。

 時刻は黄昏たそがれ

 暗いせいで今まで気づいていなかったけれど、岩壁には巨大な像が四体も彫られていた。


(あの冠はエジプトの神々! それじゃあここはやっぱりエジプトなのか? だけど……)


 下方には巨大な湖が広がっている。


(こんなのがあるなんて、聞いたことさえない……)


 ファラオですらも。



 ヘリコプターは夕闇の中、衝突防止の赤や緑の灯かりを点滅させながら遠ざかる。

 追いかけようという気持ちはすぐに失せた。

 他にもいくつもの光が、町よりも高く、星空よりも低いところを飛び交っていたから。


(いや、待て! あれは本当に町の明かりなのか!?)


 かまどやランプの炎とは比べ物にならない。

 もしや知らないうちに上下を間違えてしまっていて、あれは町の灯ではなく星ではないかと思って体を反転させてみても、そこにはやっぱり星空がある。


 上も星空。下も光の海。


(おれ、宇宙に出てしまったのかな? でも空気はあるよな?)


 けれどその空気すらも、先ほどまでのメンフィスとも、ツタンカーメンが良く知るテーベとも、においが異なる。


(異世界? まさかな……)


 未来だとはまだ気づかない。


(光の扉を使ったら、もとの場所に戻れるかな? だけどここがどこかもわからない状態で使ったら、また暴走してしまうかもしれないしな……)




 飛行機の音にギョッとして振り返る。

 月だけが優しい光を投げかけている。


(やっぱ困った時はトート神だよなっ)

 知恵の神にして月の神。

 しかも時の神でもあるという、ツタンカーメンが思っている以上の最適任者だ。



 ツタンカーメンは月を目指して高度を上げていった。

 バーだけの体には、重力も大気圏突破の衝撃とやらも影響しない。

 地球は青かった。

 宇宙船ソユーズとすれ違った。

 窓から覗くと人間が入っていたけれど、神様は見当たらなかった。



 月面に、ピラミッドのような形の影があった。

 近づいたらば消えてしまった。

 光の加減でそう見えただけだったのだ。

 月にも神様は居なかった。



(そういえば、ここに来るまでに、大気の神シュウにも天の女神ヌウトにも逢わなかったな……)


 ツタンカーメンがしょんぼりしていると、足もとから声が聞こえてきた。


「古のファラオよ、私とセネトをしにきたのだな」

「月がしゃべった!?」

 月の神ではなく、月そのものが、である。


「セネトをせよ。セネトをせぬ者に用はない」

 ボードゲームの一種である。

 かつて月は、トート神ともセネトで戦っている。


「あの、おれ、トート神に……」

「状況は把握している。助けてほしければ私にセネトで勝ってみろ」


 月が宙からゲーム盤を呼び出した。

 ツタンカーメンの目つきがスッと鋭くなった。


「わかったぜ。ならば、いざ……」

 ツタンカーメンの手もとに駒が現れる。

 歴代のファラオの多くもこのゲームが大好きだ。


「「決闘ッ!!」」

 古代のサイコロに当たる四本の棒が舞い、駒が盤上を駆け抜けた。




 結果は僅差でツタンカーメンの勝ちだった。

 暦を司る存在である月は、ツタンカーメンが未来に来てしまったのだと教えてくれた。


「トート神には私から連絡しておく。迎えが来るまで観光でもしているといい」

 月にそう言われ、ツタンカーメンはクフ王を置いてきた場所に戻った。


 また居なくなっていたらどうしようかと思ったけれど、クフ王は観光客に囲まれてカメラのフラッシュを浴びていた。

 観光客は誰もこれが本物のミイラだとも本物のファラオだとも思っていなかった。

 その決め手は、この時代における常識もさることながら、ピンクの花柄の腰布にこそあった。





 夜のアブシンベル神殿では、四体の巨大な像が、鮮やかにライトアップされていた。

「プタハ神にアメン神にラー・ホルアクティ神はわかるが、あとの一人は誰じゃ?」

「わかりません」

 大王ラムセス二世。

 ツタンカーメンの時代にはまだ世に生を受けてもいないファラオである。



「この湖はどういうことじゃ?」

「わかりません」

 人口の湖。

 アスワン・ハイ・ダムのダム湖である。


「やれやれじゃのう。近頃の若いモンのくせに近頃のことをまるで知らんとは」

 クフ王の言い方に、ツタンカーメンは少しムカッときた。




 観光客を乗せた自動車が走り出した。

「あれは何じゃ?」

「フンコロガシの子孫です」

 若きファラオはデタラメを言った


「フンを転がしておらんぞ」

「足もとでクルクル回ってるものが四つあったでしょ? あれがフンです。一つ一つが小さいから、一度に四つも運ぶんです」



「そこで売られとるトゲの生えた緑のものは何じゃ?」

 サボテンの一種のウチワサボテンである。

 サボテンはアメリカ大陸原産なので古代のエジプトにはまだない。


「アポピスのうろこです」

「なんと! あの邪悪な大蛇の! そんなものをいったい何に使うんじゃ!?」

「武器にするに決まってるでしょう? 悪い奴に投げつけるんですよ」

 ウチワサボテンは実が食用になる他、家畜を守るための柵として植えられることもある。



「ところでこちらにられるのは……」

「湖の主です。巨大な湖に住む、巨大な魚の化身です」

「コラコラ! 何を言うか! このかたはマアト女神であらせられるぞ!!」

「へ?」



 マアト。

 その名は正義・真実を意味する。

 由緒あるエジプトの女神である。


「嘘はアァーーー、罪イィーーー!!」


 外見は、頭にダチョウの羽の飾りをつけた、美しい人間の女性。

 だがその顔は、ツタンカーメンのせいで怒りの形相になっていた。


「罪はアァーーー、許しまーーーせーーーんーーーッ!!」

「ひええええっ!?」


 震え上がるツタンカーメンに、クフ王がヤレヤレと肩をすくめた。


「なっとらんのう。ワシが若い頃はウソなぞかんかったぞい」

「それもオォーーーッ!! 嘘オォーーーッ!!」


 マアト女神が頭を一振り。

 二人のファラオは羽飾りになぎ倒された。


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