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お前はア、舵をオ、とるなア~!

 魚を売り終えて戻ってきた漁師は、イムホテプが直した船を見て大喜びした。

 イムホテプはツタンカーメンの時代から見ても千年以上も前の人だけど、葦舟の作りはシンプルなので、千年ぐらいではデザインは変わらない。


 すでに日暮れ間近になっていたので、出発は翌朝にして、いったん解散。

 クフ王は昨日のミイラ工房へ行き、昨日とは別の棺に入り込んで眠った。

 寝心地自体は良かったものの、ふたに描かれている持ち主が女の人だったのに起きたあとで気づき、ちょっとムズムズした気持ちになった。



 朝焼けの中、漁師はクフ王とツタンカーメンを葦舟に乗せて港を出る。

 川上に向かって漁師がかいを漕ぐ。

 身分を隠した二人のファラオは、最初は手伝おうとしたけれど、すぐに邪魔がられて櫂を取り上げられてしまった。



「お前さん、昨夜はどうしておったんじゃ?」

 暇になったクフ王がツタンカーメンにささやいた。


「王家の谷に帰ってました」

 遠いけれどツタンカーメンはバーだけの体で出てきているので移動は楽チンで、一っ飛びして黄金の棺の中の新品のミイラに戻ってグースカピー。


「クフ先輩は?」

「あー。おとといと同じじゃー」

「また他人の棺で勝手に寝てたんですかー?」

「ファラオに宿を貸せたんじゃ。棺の主も誇りに思ぅとるわい」

「とか言って先輩、そろそろ自分の石棺が恋しくなってるんじゃありませんか?」

「そんなことないわい」

「本当はもうピラミッドに帰りたいって思ってるんじゃ?」

「ないない」



 アオサギが魚をくわえて川面を飛び立つ。

 ガゼルの群れが葦を掻き分けて水を飲みにきている。

 ワニはもちろん、カバも軽々しく近づくのは危険。

 葦舟は昼前に隣町に着いた。



 川岸で網を引き上げる。

 ボラにナマズにティラピアと上出来。

 淡水フグは食べずに川へと投げ返す。


 ここで漁師と別れて漁師の従兄の船に乗り換える。

 どうも最初の漁師もメンフィスがどのくらい遠いかわかっていなかったみたいで、そこからさらに親戚の舟、友達の舟、他人の舟と乗り継いで、いくつもの小さな町や村を通り過ぎたところで、ようやく大都市メンフィスへ向かう大きな船と出会えた。




 船賃が必要になり、ツタンカーメンの墓所から持ち出した副葬品の香油を渡す。

 大きな船での優雅な船旅。

 帆を張って風を受けてナイルの流れを遡る。


 乗客の中に異国の美青年が居て、ご婦人方の注目を集めていた。

 ミイラにはみんななるべく近寄らないようにしていた。


「何じゃ、あやつは」

 クフ王が露骨にやきもちを焼く。


「ギリシャから来たアスクレピオスさんだって。メンフィスの神殿に医学を学びに行くそうですよ」

「ふむ。やはりエジプトは全てにおいて最先端じゃな」

 クフ王の機嫌が良くなった。



 陽光にきらめく川面を眺める。

 上流から流れてきた棺桶が、ファラオ達の目の前を通り過ぎた。


「棺桶?」

「棺桶じゃな」

「何で?」

「さて」

「誰の?」

「はて」


 川を流れる棺桶といえば……

「おいおい、まるでオシリス様の神話じゃねーか」

 他の乗客が笑い声を上げた。





 はるか昔。

 エジプトがまだ一つの国になる前のこと。


 大地の神ゲブと天空の女神ヌトの長男である“豊穣神”オシリスは人々から広く信仰を集め、地上の王としてあまたの神々の上に君臨していた。

(でも太陽神ラーのほうが地位は上)


 しかしオシリスに嫉妬した弟のセトの謀略により、オシリスは殺害されて棺桶ごとナイル川に流されてしまい、そこからたくさんの神様が右往左往する長い長い神話が始まるのである。





「これ、中に本当にオシリス様が入っていたらヤバイよな」

 誰かの声に、また、笑い。

 その時、不意に……

 ガタッと棺のふたが揺れた。



 船上が静まり返った。

 そしてすぐに大騒ぎになった。


「大変だ!」

「オシリス様だ!」

「助けなきゃ!」


 怖い、とかは思わない。

 だってオシリス様はみんなの大事な神様だから。



 棺桶が甲板に引き上げられて、乗客の一人がふたに手をかける。

 ツタンカーメンとクフ王は、慌てて身だしなみを整えた。

 一般人ならばまだしも、二人はファラオで、しかも死者。

 かつての地上の王にして現在の冥界の王であられるオシリス神に失礼があっては一大事である。


「おい若僧、ワシの包帯、乱れてはおらぬか?」

「大丈夫ですよ。きれいに巻けてます。それよりおれの腰布はどうですか?」

「やはり丈が長すぎるわい」


 棺のふたが開くと、中から一匹の猫が元気良く飛び出してきた。

 他には何も入っていない。

 どうやら業者の輸送中の品物に猫がいたずらをしたらしい。


 神様ではなかったけれど、エジプト人は猫が大好きなのでみんな喜んだ。

 ほどなくして荷舟が追いついてきて、棺と猫を引き取っていった。




「それにしても、びっくりしたわー」

「ほぉんと、本物のオシリス様かと思っちゃったー」

 ご婦人方が、きゃっきゃとはしゃぐ。


「フンッ。神だろうと何だろうと、死んだ者が生き返るわけないさ」

 突然のギリシャ人の言葉に、船上が再び静まり返った。



 櫂の先で水が跳ねた。

 ここまで反応されるとは思わなかったのか、アスクレピオスは気まずげに視線を水面みなもへそらした。


「異国の教義は寂しいのう。やはりエジプトが最高じゃ」

 クフ王の一言で、みんな和やかに笑い出した。


「見よ、これがファラオのカリスマじゃ」

 ミイラ王がニヤニヤしながらツタンカーメンを小突く。


「はいはい。えらいえらい」

「わかればヨロシイ」


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