そーの舟ーを直していけー
「せ、ん、ぱ、いーっ! 何で勝手に居なくなるんですかーっ!?」
ナイル川へと漕ぎ出す船着場で、やっとクフ王を見つけて、ツタンカーメンが詰め寄るが……
「ワシが困っておるのにどこをほっつき歩いておったのじゃ」
何故か逆に怒られた。
「テーベに行きたいのに、どの船主もワシの外見が怪しいのなんのと抜かしおって、船に乗せてくれんのじゃ」
ミイラでは当然である。
「クフ先輩も魂だけになれば、おれみたいにどこにでも飛んで行けるのに」
「そんな怪しげなもんはゴメンじゃい」
「怪しくないですゥ! ところで何でテーベへ?」
「言ったじゃろ。現在のファラオに会いにじゃ」
「アイじーちゃんならちゃんと仕事してますよ。だからもうピラミッドに帰りましょう? 賭けはおれが勝ったんだから」
「いや、ワシのフンコロガシは負けてはおらぬぞ」
「おれのフンコロガシに玉を取られてたでしょ?」
「それによって最初の玉よりも色、艶、香りともに優れたモノを手に入れたのじゃ。むしろあいつのほうが勝ちじゃわい」
さすがに二人とも玉の味の話はしなかった。
「ワシが勝ったんじゃ。ワシを連れ帰るのはあきらめい」
「そんなぁ!」
「ならばワシのもう一つの願いを聞け」
「……何をさせたいんです?」
「ワシをくぅーちゃんと呼べ」
「何で!?」
「嫌か?」
「嫌です!」
「だからじゃ。ワシをくぅーちゃんと呼ぶのが嫌なら、さっさと一人で帰るが良い」
「ンもう! そんなこと言ったってテーベには行けませんよ!」
そもそも船に乗れない理由は外見の怪しさだけでなく、祭りの影響でどの船も満員なのである。
貴族のものらしき立派な木造船を横目に眺めつつ、乗せてもらえそうな船を探すうち、葦の茎を束ねて作った小船が並ぶ、漁民のエリアに来てしまった。
「ふむむ。このまま歩いてテーベまで……」
「遠いですよ?」
「年寄りに歩かせるとはひどいやつじゃ」
「だーかーらー!」
捕れ立ての魚を猟師達が祭りの市へと運んでいく。
壊れた葦舟の前で、若い漁師が途方にくれていた。
「ちょいと事故って舟底に穴が開いちまっただー。
あんちゃん達、直すのを手伝ってくれるってんなら……さすがにテーベまでとはいかねーけんど、隣町ぐらいならただで乗せていってやるべよ。
隣町の従兄に頼めばメンフィスまで運んでもらえるだで、メンフィスなら、祭りのさなかのギザよりは、次の船を見つけやすいべ」
「船の修理なぞお安い御用じゃ。ワシも船なら持っておるで詳しいぞい」
「おおっ、すんごい自信だべな。ンなら安心して任せられっべ。そんじゃあオラは捕ってきた魚が腐る前に町で売ってくるだべよ」
そうして漁師は去っていった。
「で、木材はどこじゃ?」
「これ、葦舟ですよ?」
ファラオ二人でしばらく見つめあった後、ツタンカーメンは頭を抱えた。
広大なるエジプトの大地。
その大半は砂漠なので木は生えない。
ナイル川の周辺には豊かな土壌があるが、定期的に洪水になるので、こちらでも木材は育たない。
「ワシのピラミッドの秘密の部屋には、輸入物のレバノン杉をふんだんに使って造った大きな船が隠してあってな。しかしあれを持ち出せば大変な騒ぎになってしまうじゃろうのう」
「そんな高価なものの自慢を今されたって、葦舟の修理の役には立たないですよ」
「修理、修理……まずは材料を集めるところからじゃなあ。ワシの時代には葦なんぞそこら辺の河原にいくらでも生えておったんじゃが……」
「それは今でも変わってないですよ。たぶん未来でも変わらないです」
「よし、ツタンカーメンよ! 葦を刈ってまいれ!」
「おれが!?」
「他に誰がおる?」
自分でやる気はまったくなさそうだ。
「しょうがないなぁ……」
ほっぺたを膨らませながら、ツタンカーメンは何もない空中に両手をかざした。
「開け、冥界の扉! 繋がれ、我が墓所に!」
空中に、光の扉が現れる。
「来たれ、我のシャブティよ!」
呼び声に答え、光の中から、ツタンカーメンに似せて作られたたくさんの人形が飛び出してきた。
白い石の像、青いガラスの像、それに黄金の像も。
その数、ざっと三〇〇体のシャブティ達が「ふぁらっ! ふぁらっ!」と奇声を上げながら走り回る。
ツタンカーメンはピィッと指笛を吹いた。
「せいれーつ!」
「ふぁらーおー!」
「葦を取って来ーい!」
「ふぁらおーおー!」
シャブティ達が葦舟に群がる。
「それじゃなーい! 河原に生えてるやつを取って来ーい!」
「ふぁら、ふぁら、おーっ!」
死者に供えられしシャブティは、冥界にて農業をはじめとするさまざまな仕事をこなす。
だから草を刈り取るのも得意で、あっという間に必要な量の葦が集まった。
が、その葦をどう使えばいいのかまではわからなかった。
「おれも木造船しか知らないイィ……」
「ふぁらあぁぁ……」
「ツメが甘いのう」
何故かニヤニヤしているクフ王の隣には、もう一体、見知らぬミイラが立っていた。
「ミイラが増えた!?」
「ツタンカーメンよ、ジュセル王は知っておるな」
「たしか、エジプトで一番古いピラミッドを作った……」
「ワシの先輩じゃ。こやつはそのジュセル王に仕えてピラミッドを設計したイムホテプじゃ。ワシらの手伝いに来てくれたぞ」
「ピラミッドの設計者が葦舟の修理を?」
「この男、建築だけでなく、医学に政治に芸術にと何でもこなせるでな」
後の世においては人の身でありながら神様として崇められるようになるお方である。
「何でもったってこれはジャンルが違うでしょ」
「できます」
「マジで?」
「ファラオのご命令とあらば」
イムホテプはシャブティが持ってきた葦を手際良く纏めると、舟の壊れていない部分と見比べながら、舟底の穴を丁寧に埋めていった。
「ふぁら~!」
あまりの巧みさにシャブティ達が歓声を上げる。
「ふぁら~」
「ふぁらお~」
ファラオ二人も釣られてしまった。