世界の始まりでナンか叫んでる
世界の始まり、果てない宇宙の真ん中で、アトゥム神が右手を差し伸べる。
同じエジプト国内でも、地方ごとに異なるものが語られる、何種類もの創造神話。
八柱神はヘルモポリス、プタハ神はメンフィス。
そしてアトゥム神はヘリオポリス。
これは乾いた空気の神であるシュウと、湿った空気の女神のテフネトが生まれるシーンだ。
(まさかまたクフ先輩が出てくるんじゃないよねっ?)
そうしたらまた神様に怒られる。
ツタンカーメンは不安げに辺りを見回した。
一緒に飛ばされたのに、気がついた時にはクフ王とはまたはぐれていた。
アトゥム神は右手を差し伸べたまま沈黙。
掌からは誰も出てこない。
神々も、クフ王も。
アトゥム神は手をぶんぶんと振り回した。
ポンッ!
アトゥム神の全身が、白い煙に包まれた。
「ええっ!?」
駆け寄って助けたほうがいいのか、さっさと逃げたほうがいいのか。
ツタンカーメンが迷っている間に煙は晴れる。
「おおっと、変身魔法が解けてしまったわい」
そこにはクフ王の姿があった。
次の瞬間、本物のアトゥム神が空から降ってきてクフ王を踏み潰した。
「えええええっ!?」
踏み潰しながら足もとに光の扉を生成するという離れ業で、アトゥム神はクフ王をさらなる別世界へと押し出した。
「せんぱぁい!!」
ツタンカーメンは慌てて追いかけようとして、途中で転んで、光の扉に頭から突っ込んだ。
クヌム神の世界は、これまでのとは打って変わって、こぢんまりした工房だった。
(……本当にあんなツノなんだ)
ちょこんと座ったツタンカーメンの視線の先で、ろくろに向かって黙々と作業に勤しむ、古き神。
その頭部は、ツタンカーメンの時代にはすでに絶滅している種類の羊。
一般に見られる羊のツノは、くるくると巻いた形をしているけれど、クヌム神のツノは横にまっすぐに伸びていた。
ろくろから世界が創られ、神々が生まれ、人間が生まれる。
ろくろがピカッと光を放ち、中からクフ王が飛び出してきた。
「もう驚いてなんてあげないですよ」
ツタンカーメンはプクッとほほを膨らませた。
「これは間違いじゃないぞい。ファラオの肉体はクヌム神のろくろで創られとるんじゃからな」
クヌム神は最初の頃は人間を一人一人手作りしていた。
やがて面倒になって、女性の体にろくろを仕込んで、勝手に増えるようにした。
それでもファラオとなる者の体だけは今でも個別に生産しているのだ。
「それにホレ、心臓を作り直してもろうたぞい。おかげで最高に調子が良いぞい」
クフ王は親指で自分の胸を示したけれど、見ただけではツタンカーメンにはわからなかった。
工房の外に出てみると、創られたばかりの太陽神ラーが上空で輝いていた。
ツタンカーメンは太陽が生まれるシーンを何度も見てきた。
「どれが本当だったんでしょう?」
偉大なるラー様に、ファラオとはいえ冥界に来て一年足らずのしたっぱの身で直接訊くのもはばかられるので、隣のクフ王に訊いてみる。
「全て真実じゃよ。太陽は日ごとに生まれ、夜ごと死に、生まれ変わりをくり返すんじゃ」
「んー? じゃあ、一番最初はどれだったんです?」
「前に訊いたらラー様ご自身も覚えておらぬとおっしゃっとったぞい」
「……訊いていいんだ。ラー様ご自身に」
「ワシほどになればな」
二人が工房の外に出たのは、工房の中で光の扉を開いたら、クヌム神の作業の邪魔になってしまうから。
開けた場所で、ツタンカーメンが両手を構える。
さっき行ったばかりの八柱神の世界に戻ればトート神が居るから、もとの時代に安全に送り届けてもらえるはず。
だけど今度は素で失敗して、また別の世界に出てしまった。
「ここは……?」
「どうやら時空の狭間のようじゃな」
風の中を文字が舞っていた。
紙に書いた文字を刃物で切り取ったように、文字そのものがひらひらと。
群れを成してたゆたって、空気の中に神話をつづる。
それをハピ神が、葦の茎で束ねていく。
ある世界では、アトゥム神のひ孫に当たるセト神と、セト神の甥のホルス神が、どちらがエジプトの王にふさわしいのかラー神の審判を仰いでいて……
同じ時期、地上では人間が、ナイル川の上流と下流で争っている。
ある世界では、八柱神が冬眠している場所の土を、プタハ神が掘り起こして、クヌム神のろくろにぶち込んでいる。
ハピ神は、ナイル川の源流に住まうとされる、二人組みの神。
ナイル川の水を現す青い肌をしていて、二人とも、男性のあごひげと女性の胸の両方がある。
男女コンビではなくて、両性の二人組み。
各地の神話を二人で束ね、ナイル川の上流に住む人と下流に住む人とを束ねて、エジプトはだんだんと一つになっていった。
「なんだ、なかなか戻らないと思ったら、こんなところに居たのか」
宙を舞う文字の一つが話しかけてきた。
旗竿の上に止まったアフリカクロトキの象形文字。
トート神を表す神聖文字だ。
トート神の文字に呼ばれて、他の文字が寄ってきた。
光を表す線と、扉を表す四角。
二つの文字がぐるぐる回ると、光の扉が現れた。