騒々しい創造神話
神話の中で語られるラー神は、アポピスと勇ましく戦っている。
だけど卵のままの今の状態では、大いなる太陽の力は発揮できない。
「大変だあッ!!」
ツタンカーメンは浮遊してアポピスに近づいたけれど、アポピスのしっぽに吹っ飛ばされて、水面にたたきつけられてしまった。
「くっ……どうすれば……」
「けろ~ん」
八柱神の中の一名が、ツタンカーメンに泳ぎ寄ってきた。
カエル頭のアメン神だ。
「アメン神の生き写しけろ~ん?」
「何ですか?」
「そっちのアメン神のことは良く知らないけど、何だかうまくやれそうな気がするけろ~ん。両手を上げるけろ~ん」
「?」
言われるままにする。
アメン神が自分の両手をツタンカーメンの両手に重ねる。
そのままグッと押し込んで、神であるアメン神の体と、幽霊状態のツタンカーメンの体が、幻のようにすり抜け合った。
「え?」
目をぱちくり。
ツタンカーメンの頭の上には、太陽の冠が乗っていた。
触れてみる。
二つの大きな羽飾り。
これは、テーベで逢ったほうのアメン神の冠だ。
「信仰の力だけろ~ん。
たぶんどこかの未来では、おいらとそっちのアメン神が、人間達にごっちゃにされてしまうけろ~ん。
そのおかげでおいらにも、そっちのアメン神の力が引き出せたけろ~ん」
冠から力があふれ出てくる。
ツタンカーメンはキッとアポピスをねめつけた。
「食らえ! ファラオ・ビーーームッ!!」
冠から光が放たれる。
直撃を受けてアポピスは墜落。
巻き起こる大波がツタンカーメンを襲う。
「ファラオ・バリアーーーッ!!」
冠の羽飾りが羽ばたいて、波動が広がり、波とぶつかる。
「ぐっ!」
力のぶつかり合い。
押し合う。
耐える。
冠が消える。
波はツタンカーメンと八柱神と、背後の小島を避けて流れていった。
アポピスが泳ぎ去るのが見えた。
周囲がシンと静まり返る。
黄金の卵が小島に――原初の丘に舞い降りる。
ラー神の孵化が始まった。
殻にひびが入り、光が漏れ出る。
クフ王のいたずらとは比べ物にならないほど眩しくて、ツタンカーメンは思わず目を覆った。
光が収まり、ツタンカーメンが目を開けると、トート神のくちばしが、ツタンカーメンの鼻に刺さりそうな距離にあった。
すごく怒っていた。
「歴史をいじるなー!!」
「おれのせいじゃないですーーーっ!」
「クフ王を探して来ーーーい!!」
トート神がツタンカーメンを引っ掴んで光の扉に放り込んだ。
その先は、別の創造神話の世界だった。
八柱神の世界には、始めは水しかなかったけれど、今度はそれすらもない世界。
地面があるのかないのかも確認できず、ツタンカーメンはただ浮いていた。
遠くに居る神の姿が、やけにハッキリと見えた。
豊穣を表す緑の肌を持つ、超絶美形の神。
本当は遠くではなくて、この世界にはまだ『遠く』と『近く』が作られていないのかもしれない。
「プタハ神!」
ツタンカーメンが呼びかけたけれど、その神は気づかなかった。
この世界にはまだ『声』が存在しないのだ。
いや、人の声がないだけで、神の声はあるようだ。
プタハ神の唇が動くと、空が開け、山が盛り上がってツタンカーメンを押し上げた。
「わわわわわっ!」
山の形は自然のピラミッド。
見下ろすとナイル川が流れていた。
プタハ神の言の葉の力で世界が創られていく。
太陽が輝き、川岸に緑が広がり、獣達が歩き出す。
ツタンカーメンは、いきなり生える木に串刺しにされないように、いきなり湧き出したライオンに食べられないように、あたふたバタバタ逃げ回る。
言の葉は神々をも作り出し、エジプトが出来上がっていく。
プタハ神が、急に咳き込んだ。
「ゴホッ! ゲホッ! ガホッ!」
激しくむせる。
ただごとではない様子に、ツタンカーメンが慌てて駆け寄る。
プタハ神の喉から、白い紐のようなものが飛び出した。
それは亜麻布の包帯だった。
プタハ神は亜麻布を右手で掴んで思い切り引っぱったけれど、腕をいっぱいに伸ばしても亜麻布の端は出てこなかった。
続きを左手で引っぱっても、さらに続きを右手で引っぱり直してもダメ。
ツタンカーメンも手伝って引っぱる。
まだまだまだまだ包帯は出てくる。
口の中にはとても納まらない量。
未来ではこういう手品があるけれど、これは神秘であって手品ではない。
「あれ?」
包帯が詰まった。
どうやらプタハ神の喉に、大きな塊が引っかかっているようだ。
無理にグイッと引っぱると、クフ王のミイラが丸ごとポンッと飛び出した。
クフ王は、包帯が半分ほど解けて半裸になっていた。
「いやん、えっち」
ミイラはかぴかぴの胸を、枯れ枝のような手で隠した。
プタハ神は、穏やかな性格をしていることで知られる神である。
そのプタハ神が、怒って包帯を引っ掴んで、グルングルン回してクフ王をぶん投げた。
「あ~~~れ~~~!!」
「あらー? あれ? え? うぎゃーーー!!」
解けた包帯がツタンカーメンに絡まって、ツタンカーメンも一緒に飛んでいく。
その先には、いつの間に用意されたのか、別の世界への光の扉が開いていた。




