早く帰り太陽
日が暮れて飲み会もお開きになって、農民のみなさんは家に帰って、石切り場にファラオが二人きり。
どうすればもとの時代に戻れるのかと話し合う。
「やっぱりトート神に助けを求めるしかないでしょうね」
と、ツタンカーメン。
「面倒くさいのう」
言ってるそばからクフ王は、すでに光の扉を開いてしまっていた。
「ちょ! 大丈夫なんですか? ナンか光が変な色になっちゃってますよ!?」
「ふむ? まあ、入ってみればわかるじゃろ」
「ヤですよーっ! こんな怪しいのーっ!」
「何、死にやせん」
そもそもミイラと幽霊だし。
クフ王はツタンカーメンの肩をドンッとたたいて、光の扉の中へと突き飛ばした。
倒れると同時に水しぶきが上がる。
「プハッ!」
ツタンカーメンが浮き上がると、辺りには一面の水しかなかった。
「ここどこ? クフ先輩?」
また居なくなっている。
曇りでもなくただ暗い空と、果てしない水。
ただただ果てしない水に、ツタンカーメンは見惚れると同時に不安になった。
エジプトは、国土自体は広くても、人が暮らしているのはナイル川の近くだけ。
北の端、ナイル川の河口まで行けば地中海に出る漁師も居るものの、大半のエジプト人にとっては、海はあまりなじみがない。
ツタンカーメンが暮らしてきたテーベからだと、直線距離では東の紅海のほうがずっと近いけれど、間には砂漠が横たわる。
ギリシャ神話の海の神のポセイドンは、オリンポス十二柱に数えられる有名な神。
だけどエジプト神話では、川の神は山ほど居るのに、海の神となるとパッとは出てこない。
しいて言うなら。
「……原初の混沌の水、ヌン……」
それも海水と明言されているわけではない。
「呼んだけろ~ん?」
水面からぴょこんと誰かが顔を出した。
ヌンと同じ名前を持つ、カエルの頭の神。
ヘルモポリスの町で崇拝される、八名一組の八柱神の中の一名だ。
「どこかで逢ったけろ~ん?」
「おれですよ。ツタンカーメンです」
「TUTANKHAMEN?」
「はい」
「TUT ANKH AMEN?」
「そうです」
「姿 命 不可視の神?」
「はい。アメン神の生き写し」
「似てないけろ~ん」
「そちらの仲間のアメン神とは、名前は同じでも別のアメン神です」
「けろろ~ん? 知ってるような知らないようなだけろ~ん」
「あの……ところで、クフ王を見かけませんでしたか?」
「ここには我々しか居ないけろ~ん」
「水の中に落ちてしまったんじゃないかと……」
「これは混沌の水だけろ~ん。もしこの中に誰か居るなら、混沌の水の神であるおいらにわからないわけがないけろ~ん」
「なるほどです」
「ところでおまえは何者だけろ~ん?」
「えー……っと……」
「こんな変な顔の生き物、見たことないけろ~ん」
「あ、じゃあやっぱりここって、人類誕生前の世界なんですか?」
「人類が何かは知らないけれど、太陽神ラーがこれから生まれるところだけろ~ん。だからおいらは忙しいけろ~ん」
ヌン神は仲間のもとへと泳ぎ去った。
原初の水の真ん中に、小さな島が突き出して、その頂に大きな卵が乗っている。
四匹の雄のカエルと、四匹の雌のヘビの八柱神は、小島を囲んでグルグル泳ぐ。
混沌の水、もしくは深淵のヌン神とネネト女神。
闇のケク神とケケト女神。
永遠のヘフ神とヘヘト女神。
不可視のアメン神とアメネト女神。
グルグルグルグル、回り続ける。
ツタンカーメンも神話で伝え聞いている。
太陽誕生の儀式だ。
ヘフ神とヘヘト女神が近くに居るせいで、やることもなく見守っているだけのツタンカーメンの時間の感覚も狂っていく。
ツタンカーメンは、島に卵が乗っている形が、ピラミッドの形に似ていると気がついた。
ピラミッドも、未来では失われているが、頂に輝く石が座していた。
何年、何百年、何万年。
あるいはほんの一瞬か。
死者の書では『長い時間』という意味で『百万年』という言葉が頻繁に出てくるから、もしかしたらそれくらい経っているのかもしれない。
ピシリ。
卵の殻にひびの入る音が響いた。
儀式のラスト。
卵が割れていく。
殻の中から光とともに現れたのは……ラー神ではなく、クフ王だった。
ツタンカーメンは盛大にずっこけた。
光の扉が卵の中に繋がったということなのだろうか。
「ああ、光り輝くこのワシ! 何て偉大なるこのワシ!!」
クフ王が高笑いする。
八柱神は激怒した。
「何だおまえはゲロロロローン!?」
「太陽神をどこへやったニョロロロローン!?」
「グワッ!! グワッ!!」
「シャーーーッ!!」
八柱神が一斉にクフ王に襲いかかる。
クフ王は、太陽神パワーで何故か飛べるようになっていて、ヒラリとかわす。
八柱神は勢いあまって頭をごっつんこ。
霊的な力が爆発して、クフ王は時空の狭間へ吹き飛ばされた。
「クフせんぱああい!!」
「それより本物の太陽神はどこだグワッ!?」
「あそこだシャーッ!!」
羽の生えた金色の卵が、空をパタパタと飛んでいく。
太陽の船の神話においてラー神は、太陽を食べようとする邪悪な大蛇のアポピスと、果てのない戦いをくり広げる。
まだ生まれてもいないラー神は、早くもアポピスに追い回されていた。




