ファラオは秘密を着飾ってミイラになる
「アイのじーちゃんにも会ったし、もう満足でしょう? ピラミッドに帰りましょう」
ツタンカーメンは手をかかげ、光の扉を呼び出そうとした。
「それ、ワシもやってみたいのう」
と、クフ王。
「どれ? これ? 光の扉? 先輩もやってみたいの?」
「うむ」
イシス女神が「しょーがないわねー」とレクチャーしてくれる。
その間にホルス神とアヌビス神は帰ってしまい、ツタンカーメンは適当な場所にしゃがんで一人で星を眺めて時間をつぶした。
(あれ? クフ王が自力で帰れるんなら、おれはもう必要ないんじゃないのか?
だったら、おれだけ先に王家の谷に帰っちゃおっかなー)
ならば立ち去る前に一言あいさつを、と思って視線を向けると、クフ王はとても真剣な顔で練習をしていた。
(あー、これ、声をかけづらいなー。邪魔しちゃうのはなー。
黙って帰るか? それも冷たいかな? 別にいいよな。
でも帰ってもやることないしなー。
まさか今からセティをたたき起こしてボードゲームの続きってわけにもいかないしなー)
そんなことを考えているうちに、ツタンカーメンはだんだんウトウトしてきた。
「できたぞい!」
いきなりクフ王が叫んで、ツタンカーメンはハッと目を覚ました。
イシス女神が拍手をしていた。
「意外と簡単なもんじゃな。若僧めが、この程度のことでいばりおってからにー」
「いばってないですーっ!」
口を尖らせつつ、光の扉の中を覗き込む。
「あれ?」
何だか様子がおかしい。
ピラミッドの内部にしては妙に明るいし、かび臭さもない。
むしろいい匂いがする。
「これ、本当にギザの大ピラミッドの玄室ですか?」
「んにゃ、王宮の女子寮じゃ」
「……は?」
「さっきは入り口しか見られんかったからのう。今度はぜひとも奥の奥まで行ってみたいと思うてのう」
ツタンカーメンは怒ってクフ王に飛び膝蹴りをかました。
「ぐわわーっ!」
もんどりうって、二人まとめて光の扉の中に転がり込んでしまった。
「女子寮ウウウ!!」
「行かせないイイイ!!」
光の扉は二人を飲み込んで暴走した。
「あらあらー?」
イシス女神が光の扉を覗き込むと、そこには青い空とナイル川があった。
(……少なくとも王宮の中じゃあないわね……)
青空。つまり向こうは昼間。
(時間がズレてるのね。前につーたんもおんなじ失敗してたわね)
エジプトは広いけれども、国内でこんな時差が出るほどではない。
ピラミッドが見える。
(あらら? 何か変ね)
だけど、どこがどうおかしいのか、イシス女神が確認する前に、光の扉は消えてしまった。
遠くに建設中のピラミッドが見える。
ツタンカーメンが放り出された場所は、石切り場だった。
けれど辺りには、人っ子一人、居なかった。
(……何で……?)
四角く切り出された石灰岩が、ぽんと放り出されている。
けれどそれを運ぶ人も、監督する人も、他の誰も居ない。
一緒に飛ばされたはずのクフ王も居ない。
(もしかしてクフ王、ピラミッド作りの重労働の苦痛をファラオ自ら味わえー、みたいなことになって、奴隷みたいに鞭で打たれてたりしないよね……?)
ツタンカーメンは試しに石を押してみたけれどビクともしなかった。
(これを運ぶのって、すっごい人手が必要だよなー。いや、大勢でやればどうにかなるっていうようなもんでもないような……)
遠い未来の人々には、巨人が石を運んだとか、宇宙人が造ったとか、さまざまな説が語られている。
(石から足が生えて歩き出すとか、足から羽が生えて飛んでいくとか)
ツタンカーメンはあれこれ想像しながらクフ王を探して歩き回った。
クフ王は、石切り場の出口の近くで、一般的な身なりの男性の集団に混じってビールを飲んでいた。
まだ日の高い時間なのに……ではなく、日差しが強いからこそ日中は無闇に働かないのだ。
「おお、若僧! やっと来おったか。お前さんも飲め飲め!」
古代のビールはどろっとしたおかゆのようなもので、栄養価が高く、アルコール度数は低い。
享年十八歳のツタンカーメンは、古代の基準ではとっくに成人しているし、そもそも死んでいるので飲酒事態は問題ないけれど、今回は丁重に辞退した。
「酔って光の扉を使ったりしたら事故りますよ。ところで先輩、こちらのかたがたは?」
「農閑期限定のバイトでピラミッド建設を手伝ってくれとる、近所の農民のみなさんじゃ」
「農民? 奴隷に鞭打って無理やり働かせたんじゃなかったの?」
「何でじゃ? そんなやり方でマトモな仕事ができるわけあるまい」
「やっぱりそうなんですね」
ちなみにビールは給料の一部である。
この時代には貨幣はない。
飲みはしないけれどツタンカーメンも一団の間に腰を下ろす。
「クフ先輩、あの石、どうやって運んでるんです?」
「どうやってだと思う?」
「やっぱ丸太を並べて上を転がして?」
「そんなやり方で砂漠の上を運べると思うか?」
「えー?」
「何じゃ何じゃ、まさか運べんとでも思っとるのか?」
「えええー?」
結局クフ王ははぐらかすばかりで最後まで答えてくれなかった。
「むぅ」
「悩め悩め。そうやって未来人は何千年も悩み続けるんじゃ」
クフ王は自慢げにげらげらと笑った。