ミイラのタマネギ踊り
テーベに戻ると、アヌビス神とイシス女神が、クフ王のミイラの組み立ての仕上げを行っているところだった。
路上に横たわるミイラに、イシス女神が上から手をかざして霊力を送っている。
神話の時代、邪神セトに殺害されたオシリス神は、遺体をバラバラにされてエジプト中にばら撒かれた。
オシリス神の妻のイシス女神は、オシリス神の体を一つ一つ探し集めて、繋ぎ合わせて生き返らせた。
夫婦は一夜をともに過ごし、イシス女神はホルス神を身ごもった。
けれど夜が明けるとオシリス神は、冥界の王として冥界に帰っていった。
アヌビス神はもっと工作っぽいことをしていた。
心臓の代用に、同じくらいの大きさの丸いものを詰めて、肋骨と皮膚を戻してふたをする。
最後にクフ王の魂を、ツタンカーメンの足から引き剥がして、ミイラに押し込む。
するとミイラがバッと飛び上がった。
「たまたまたまたま、たーまたま! たまたまたまたま、たーまたま!」
ミイラは歌いながら踊り出した。
「何、これ?」
ツタンカーメンは目を丸くした。
「タマネギの唄だな」
アヌビス神があごをこする。
「心臓の代わりにタマネギを入れたのだ」
タマネギは聖なる野菜で、魔除けの効果がある。
事故死した人のミイラなどで心臓に損傷がある場合に使われる手法である。
「最高級のタマネギを使ったのが、かえってマズかったのだろうか」
「たーまたまたま! たまたまたーま!」
クフ王のミイラは、腰をふりふり、激しく、しかも何やらセクシーに踊り続けている。
きれいに巻いた包帯が、少しずつ解けてきてしまった。
「これはこれで地獄な気がするわね」
イシス女神がクフ王のミイラに脳天チョップを入れる。
「あたたたたっ! ハッ! ワシは今まで何を!?」
クフ王はキョロキョロと辺りを見回した。
「地獄でのことは、少しだけなら覚えておるぞい。どうにもフワフワして落ち着かんかったわい。やはりミイラごと動くに限る。ツタンカーメンよ、お前さんももっと地に足をつけたほうが良いぞい」
「うるせーやい」
「冗談じゃ。感謝しておる」
光の扉をセティの家に繋げる。
家の中は明かりも消えて寝静まって、家族の誰も今夜のことに気づいていないようだった。
「じゃあな、セティ」
ツタンカーメンが手を振った。
セティはツッチーと寄り添って、名残惜しそうにファラオの眼差しを見上げた。
「待て! セティじゃと?」
クフ王が、その名前に覚えがあると言い出した。
「あれじゃ、あそこじゃ、未来のラムセス二世とやらの神殿! あそこへ行った時に王名表で見たんじゃ! 確かラムセス二世の前のファラオの名前がセティ一世じゃったぞい」
「ほんとに!?」
セティがパッとクフ王に駆け寄る。
「うむ。本当じゃ」
「ほんとのほんと!?」
「もちろんじゃぞい」
セティは大喜びで自室のベッドに帰っていった。
ツタンカーメンはそっと光の扉を閉じた。
「しかしのう、王名表にあったのが、本当にあの子なのかはわからんぞい。何せ名前を見ただけで、年齢が合っとるのかもワシゃ知らんからのう」
クフ王のつぶやきにツタンカーメンは、ちょっと本気でぶったたいてやろうかなという気分になった。




