クフコのファッションチェック
「有名な先輩にお会いできて光栄です!」
クフとツタンカーメン。
どちらも古代エジプトの王様だけれど、二人が生きた時代には千年もの開きがあって、間に何度も王朝が変わっているので直接の血縁者ではない。
「何じゃお前! 魂だけか!? 肉体はどうした!?」
包帯の隙間から粉を散らしてクフ王がわめいた。
幽霊であるツタンカーメンは、ちょっと得意げに浮き上がってみせた。
「魂だけだと便利ですよ。こんなこともできちゃいますからね。我はツバメなり!」
祝詞を唱えて変身して、クルリと宙返りしてパッと元の姿に戻る。
「かーっ! 近頃の若いモンはフワフワしよってけしからんわい!」
クフ王は、自慢されたと思ったようで、ますます不機嫌になってしまった。
「おれのミイラなら、王家の谷のお墓に置いてありますよ。今時、外に出るのにいちいちミイラを持ち歩いたりなんかしませんから」
「何を馬鹿な!? ミイラがなければ霊力が尽きてしまうぞ!? 霊力が尽きれば魂も動けなくなってしまうぞ!!」
「尽きる前にお墓に戻って、ミイラの中に入って霊力をチャージします。今の人にとってのミイラは、霊魂が休むためのベッドというか充電器ですね」
「何じゃソレは!? わけのわからん言葉ばかり使いおって!!」
「だからー」
「ええい、くだらん!! そもそもミイラというものは……」
「……もう。さっさとピラミッドに戻りましょう」
さすがにちょっとウザくなってきたのか、ツタンカーメンの声のトーンが落ちる。
「待て待てツタンカーメンよ、お前さん、冥界に来たのは最近じゃな? 今のファラオは誰が務めておるのじゃ?」
「アイっていう、おれの養父だったおじいちゃんです」
「ふむ、何やら複雑じゃのう。よし! 今からそのアイとやらに会いに行くぞ!」
「えー? 首都まで遠いですよー?」
「首都はギザじゃぞ?」
「今はテーベが首都ですよ。ここよりずっと南にナイル川を上った先です」
「何と!? いったいいつの間に!?」
「テーベに“戻した”のはおれですけど、その前にもメンフィスだったり他の町だったり、結構ころころ変わってますよ。おれの父上なんてアケトアテンって町を一から作ったりしていましたし」
「何じゃい何じゃい、せっかくわしが良い町を作ったというのに。ええい、まあ良い、テーベとやらへ案内せい」
「今の時間じゃ船が出ていないから無理です。さ、ピラミッドへ帰りますよ」
「むー」
二人連れ立って歩き出す。
が、ツタンカーメンは地面すれすれを浮遊しているので、実は歩いていない。
一方のクフ王のひざは、一歩ごとにミシミシきしむ。
「気に入らんわい」
「何がですか?」
「何もかもじゃわい」
クフ王はツタンカーメンの脚部をジロジロと見た。
最高級の“王家の亜麻”をふんだんに使った腰布は足首まで届き、その先から護符のアンクレットと黄金のサンダルが覗いている。
このサンダルは昼間であればちょっと目立ちすぎていたかもしれない。
「ピラミッドは……こっちですね」
ツタンカーメンが角を曲がると、たっぷりと取られたひだが、ふわりと優雅に広がった。
「お前さんの腰布、すそが長すぎんか? 腰布言うたら普通はこれぐらいの丈じゃろうに」
クフ王は自分の太ももの辺りの包帯を摘んで見せた。
「それじゃマイクロミニじゃないですかっ? そんなの恥ずかしいですよぉっ!」
「何を言うか!? 男は脚線美じゃ!!」
クフ王に何故か怒られて、ツタンカーメンは思い切り嫌そうに顔をしかめた。
通りを進みつつ出店を眺める。
この時代は物々交換。
路上に敷かれた葦のござの上のパンや魚が、お客が持ってきた野菜やフルーツと取り替えっこされていく。
クフ王があれが欲しいこれが欲しいと騒ぎ出したが、あいにくツタンカーメンには、商品の対価になる物の用意がなかった。
「ケチ!!」
「何でおれが!?」
人ごみを掻き分けてスフィンクスを遠目に見つつ、無数の神殿や、ファラオ以外の王族の墓の間を通り抜けて、ピラミッドへの参道へ。
特に騒ぎは起きていないので、ミイラが自ら抜け出しているとは誰も気づいていないらしい。
それでちょっとツタンカーメンが油断していると……
「こりゃ! そこを退かんか! ワシを誰じゃと思うておるか!?」
前を横切ろうとした貴族とお連れの一行に向けてクフ王が怒鳴りつけて、その騒ぎで警備兵が飛んできた。
当然ながら警備兵は、いかにも不審な格好をしたクフ王のほうをしょっ引こうとした。
「大気の神シュウよ! 我に加護を!」
ツタンカーメンが唱えると、突風が吹いて兵士の腰布がまくれ上がった。
「きゃーっ!」
兵士達がとっさにすそを押さえている隙に、ツタンカーメンがクフ王の手を取って逃げ出す。
二人の姿が曲がり角の向こうに消える。
追ってきた兵士達が路地に飛び込むと、そこでは大きなカバが、どーんと横たわって道をふさいでいた。
確かにナイル川は近いけれども、それにしたっていきなりこんなところに現れるのはおかしい。
カバの向こうでは走り去るミイラ男が夜の闇へと消えていく。
兵士の一人がおそるおそるカバに槍を向けるのを、別の兵士が引き止めた。
「カバはタウレト女神の聖獣だぞ」
「オスのカバなら邪神のセトだぞ」
「セトをやっつければ大手柄だが、タウレト様を攻撃するわけにはいかないぞ」
言っているそばからカバの胸が膨らみ始めた。
実際のカバは後ろ足の近くに乳首があるのだが、タウレト様は女神なので、人間の女性のような位置に、垂れぎみな乳房がついている。
寝転んだまま体をくねらせ、セクシー・ポーズでメスだとアピール。
タウレト女神は多産を司る女神で、いわば肝っ玉かあちゃんのセクシー・ポーズである。
兵士達は多大な精神的ダメージを受けて、回れ右して去っていった。
「やれやれ」
変身を解き、カバはツタンカーメンの姿に戻った。
「クフせんぱーい! もう出てきていいですよー!」
返事がない。
「クフせんぱーい?」
居ない。
どこへ行ってしまったのだろう?
「……ちょっと待ってよォ。まさか最初からやり直しィ!?」
軟弱な若者の泣き言を、夜風が路地に閉じ込めた。