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霊に依って霊のごとく

 戻ってきたクフ王が、台所から持ってきたタマネギやニンニクで八柱神をサポートする。

 これらの野菜には聖なる力が宿っているので、悪い霊を追い払う効果がある。

 はず。

 なのだが八柱神はこれらを単なるつけあわせとして、生霊と一緒においしくいただいた。


 あっという間に室内の生霊は食べ尽くされて、これでとりあえずは安心。

 アイは先ほども今も何事もなかったかのように、書類を読んだり書き込んだりを続けている。


「それにしても、何でこんなことに……」

「生霊の言い分、聞いてみるけろ~ん?」

 八柱神の提案に、ツタンカーメンは一瞬だけたじろぎ、それから力強くうなづいた。




 八柱神がパカッと口を開ける。

 喉の奥から、神々のものではない、おどろおどろしい声が漏れてきた。


『恨めしい恨めしい恨めしいッ!』


 ツタンカーメンはビクリと体を震わせた。


『おのれアイめッ!』


 本当を言うと聴きたくない。

 だけど聴かなければ。

 アイに王位を託したのは、他ならぬ自分なのだから。


『俺様がせっかく用意した賄賂をつき返し、挙句に牢屋にぶち込みやがってッ!!』


 ………………。


「ほへ?」

「あー、こりゃ、完全に逆恨みじゃのう」


 八柱神は、こういうタイプの霊ほどおいしいよねー、と、グルメ談義に花を咲かせた。




「でもでも、真剣に陳情に来た人達も居るみたいだけろ~ん」

 もう一度、口をパカッとする。


『うちの町は人が多い分、困っている人の数も多いのだから優先的に支援するべき』


『うちの村は人が少ないからこそたくさんの支援が必要』


『うちが最優先じゃないなんて許せない』


『他を削ってうちへ回すべき』



 若いツタンカーメンはポカーン。

 でも経験豊富なクフ王は予想できていたようだ。


「やれやれ。時代が変わってもこういうところだけは一向に変わらんのう」

「少なくとも本人達は真摯な陳情のつもりらしいにょろ~ん」

 八柱神は、もともとの構造的に大きな口を、さらに大きく開けてケラケラ笑った。




「ざっと聴いた限りでは、アイとやらは実にバランスの良い王じゃな」


 クフ王の言葉に、ツタンカーメンの顔がパッと輝く。

 けれどクフ王は難しい顔をしていた。


「バランスが良すぎる。半分を助けるために残りの半分を犠牲にすれば、見捨てた半分からは恨まれても、助けた半分は味方になってくれるもんじゃ。しかしアイは全員を平等に扱おうとしておるせいで、全員から平等に恨まれておる」


 クフ王はやれやれと首を振った。


「アイの名は、歴史には残らんかもしれん。残ったとしても悪者としてじゃろう。次のファラオはアイを見とるぶん、強引な政を敷くかもしれんの」

「そんな……」


 アイは内政でも外交でも苦労しているようだった。

 人は、自分がほんの少し損をするかもという話には、まるで太陽が失われるみたいに大騒ぎする。

 それでいて他の人が人生が狂うレベルで苦しんでいるという話をすれば、砂まじりの風に吹かれたみたいに顔を背ける。



 ツタンカーメンの父、アクエンアテンは、そんな世界を変えようとして、大きな改革を行って、失敗した。


 アクエンアテンはツタンカーメンが幼い頃に死に、アイはツタンカーメンを支えながらアクエンアテンが残してしまった混乱の処理に追われ……

 ツタンカーメンが若くして先立ってからも、それは続いている。



「何、そう不安がることもあるまい。ワシらは未来でラムセス二世の神殿を見てきたじゃろう? これからのエジプトは、今よりもっと栄えるぞい」

 クフ王はツタンカーメンの肩を優しくたたいた。



「ごちそうさまだけろ~ん」

「とってもおいしかったにょろ~ん」

「何じゃ、もうお帰りかの?」


「もうお腹いっぱいだけろ~ん」

「後はお前らで何とかするにょろ~ん」

「……そういうことになりそうじゃのう」

 八柱神はぴょこぴょこにょろにょろ去っていった。



 窓から風が吹き込んだ。

 日除け布が舞い上がって、もとに戻って、だけど不自然に薄暗くなる。

 アイは少しだけ顔を上げて、書類に目を戻した。


 あしのペンがパピルスの上を滑る音だけが響く。

 異様な、静けさ。

 クフ王は、今までに見せたことのないいかめしい顔で窓を睨んだ。


「先輩……?」

「身構えよ、ツタンカーメン。悪霊の親玉のお出ましじゃ」


 風に運ばれた砂粒が、渦を巻き、人の形を作っていく。

 否、体は人だが、頭はツチブタに似た幻獣。


「邪神セト……」

 つぶやくツタンカーメンの声に緊張が滲む。



「させぬ!」

 クフ王が両腕を振り上げた。

「オシリス神よ、我に力を! オシリスの星々よ、輝きたまえ! 闇を払いたまえ!」

 

 先ほどの生霊との戦いの中でそれとなく床に配置されていたタマネギやニンニクが光を放つ。

「クフ先輩!? これってオシリス座!?」

「やっと気づきおったか」


 中央に三つのベルト。

 そこから手足を伸ばしたような位置にも並ぶ星々。

 地中海を越えたギリシャではオリオン座と呼ばれる光が邪神を包む。


 ザザザザザザザザ……ッ!!


 邪神になりかけていた砂は、悔しげな表情だけをさらして、ただの砂に返って床に落ちた。




「……クフ先輩……あの話、本当なんですか? ……三つのピラミッドが星座になぞらえて建てられてるってやつ……」

「若僧よ、古の叡智えいちにたやすく触れられると思うでないぞ」

「オシリス神がおれをクフ先輩に引き合わせたのも、こうなるってわかってて?」

 問われてもクフ王はニヤリと笑っただけだった。


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