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魔人たちの大団円

 ある日のことです。山の中に、年齢も服装もまちまちな男たちが集まっていました。

 実は、彼らはみな名だたるヒーローたちなのです。ある重大な任務のため、世界各地から集められていました。


「おい、魔王の城はここなのか?」


 野太い声で尋ねたのはバラクレスでした。筋肉モリモリのマッチョな肉体に肩までの髪、いかつい顔の持ち主です。これまで数々のモンスターを討ち果たし、最強の呼び声も高いヒーローです。


「この道で間違いない。あと三キロほど歩けば着くはずだ」


 答えたのはクリタロウでした。頭にハチマキ、腰にはサムライブレードをぶら下げたサムライ・ウォーリアーです。イーヌ、サルーン、キジーという名の三人の乙女を、キビダンゴという魔法のお菓子で虜にして奴隷として使役しているちょっと鬼畜な勇者です。


「シローラモめ、ぶっ殺してやるぜ」


 バールムンクを振り回しながら、物騒なセリフを吐いたのはチートフリードです。バールのような魔法の武器・バールムンクで数々の敵を打ち倒してきました。魔竜ハーフネールを倒し、その血を浴びたせいで不死身の体なのです。したがって、苦戦などしたことがありません。

 彼らは皆、悪名高き魔王であるアマクサ・シローラモを退治するため集められた勇者たちでした。その数は、百人を超えています。

 もっとも、それも当然でしょう。魔王シローラモは町を燃やすは、大国同士の結婚披露宴を滅茶苦茶にするわ、教会を叩き潰すわ……恐怖のラスボスとして、周辺の国々に知られていたのです。




 その時、一人の少女がヒーローたちの前に現れました。少女はお姫さまのようなヒラヒラ付きのドレスを着ていて、金髪のショートカットが似合う可愛らしい顔立ちです。ただし、その背中には不釣り合いな大きなリュックを背負っていましたが。

 すると、ローラースケートを履いたチャラい風貌の男が、ヘラヘラ笑いながら進み出て来ました。ロリコンな勇者・ゲンジピカリです。


「お嬢さん、何をしてるんだい? こんな所をうろうろしてたら危ないよ」


 ゲンジピカリが、いやらしく鼻の下を伸ばしながら声をかけました。


「お嬢さん、じゃないよ。あたしの名は、ドリューっていうんだ」


 そう言うと、ドリューは誇らしそうに胸を張りました。もっとも、その胸はぺったんこですが。


「そうか。ねえドリューちゃん、君は、何をしてるの?」


 ゲンジの問いに、ドリューはにっこり微笑みます。


「おじさんたちに、マッチあげるよ」


 言うと同時に、ドリューはマッチを擦りました。さらに、火のついたマッチを投げつけます。

 すると、マッチは大爆発を起こしました。ゲンジは、一瞬にして吹っ飛びます――


「くそ! 敵襲だぞ!」


 叫びながら、弓を射てきたのはロビン・アローでした。幼い少女めがけ、容赦なく矢を放ちます。

 さらに、ダンビーデは石を投げます。かつて大巨人ゴーダをも打ち倒した投石術が、ドリューを襲いました。

 しかし、ドリューは冷静でした。マッチを擦り、それを自らのリュックに放り込みます。

 すると、とんでもないことが起きました。なんと、リュックの下部分が火を吹いたのです。

 次の瞬間、ドリューの体は空に飛び上がりました――


 空を飛びながら、地上にマッチを投げるドリュー。マッチは爆発し、ヒーローたちは吹っ飛ばされていきます。


「この野郎!」


 イカスロが、ロウで固めた鳥の翼で空に飛び上がります。得意の空中戦に持ち込むつもりでした。

 しかし、そこに乱入してきた者……いや、音がありました。

 これまでに聴いたこともないような、澄みきった歌声。それを聴いた瞬間、イカスロはきっと地上を睨みました。

 そこには、漆黒のドレスを着た美しい乙女がいました。もちろん、キャメロンです。

 キャメロンは、この世のものとも思えぬ清らかな声で、高らかに唄い始めました。

 恐ろしい、悪魔の歌を――


 キャメロンの歌は、周囲に響き渡りました。初めは皆、ここが戦場であることも忘れて歌に聴き惚れていました。

 しかし、状況はすぐに変わります。


「てめえ、調子くれてんじゃねえ!」


「んだとコラアァ!」


 突然、筋肉ヒーローのサムスンとバラクレスが殴り合いを始めました。二人とも、言うまでもなく凄いマッチョボディの持ち主です。そのため、内心ではお互いを良く思っていませんでした。得意な分野がかち合うと、得てしてこういう事態になりがちなのです。


 あいつより、俺の筋肉の方が上だ。


 その日頃より溜め込んでいた思いが、キャメロンの歌により、殺意として発露されてしまったのです。

 サムスンとバラクレス、二人の筋肉バカは殴り合い、蹴り合い、取っ組み合い……二人の喧嘩は、周囲のヒーローたちにも飛び火しました。


「何しやがる!」


「るせえ!」


「てめえは、前から気に入らなかったんだよ!」


 ヒーローたちの大半は、突如として仲間割れを始めました。何せ、内心では「俺こそナンバーワンだ」などと思っている、エゴの強い連中を一ヵ所に集合させているのです。

 そのエゴの強さが、キャメロンの歌により、剥き出しになってしまいました……。


 しかし、ヒーローたちもバカばかりではありません。歌を聴きながらも惑わされず、冷静に対処している者もいました。


「ヨッチ、あの女を射てしまえ!」


 サムライウォーリアーのウシカバマルが、必殺のハッソウジャンプで乱闘を躱しながら、部下のヨッチに命令しました。ヨッチは、ロビン・アローにもひけを取らない弓の達人です。彼は魔法の弓を構え、矢を放ちました。

 矢は、まっすぐにキャメロンめがけて飛んでいきます。当たれば、キャメロンとてただではすみません。

 ところが、その矢を叩き……いや、蹴り落とした者がいます。しなやかな筋肉質の体にタンクトップを着て、ミリタリーパンツを穿いた黒髪の女。そう、彼女はルーシーです。


「あとは任せな、キャメロン!」


 叫ぶと同時に、ルーシーはヒーローたちの中に飛び込んで行きました――

 ルーシーの蹴りが、男たちを片っ端から蹴散らしていきます。一騎当千の勇士たちがルーシーに襲いかかりますが、蹴りで次々に弾き飛ばされていきました……その様は、荒れ狂う竜巻のようです。

 黒い竜巻と化したルーシーは、変幻自在の足技でヒーローたちを蹴散らしていきます――


 その時です。大地を揺るがすような恐ろしい咆哮が響き渡りました。

 直後、ヒーローたちの中から進み出てきたのは巨大な猿でした。金色の毛に覆われ、赤い瞳には知性の輝きがあります。巨大な鉄棒をブンブン振り回しながら、大猿はゆっくりと歩いて来ました。

 この大猿は、かつて天界をも騒がせた斉天大聖ダン・クーゴです。クーゴは自信に満ちた表情で、ルーシーを見つめました。しかし、ルーシーも引きません。両拳を構えた姿勢で、斉天大聖を睨み返します。

 すると、そこに一匹の獣が現れました。牛ほどもあろうかと思われる巨大な犬です。さらに、その犬には青年がまたがっていました。サーベルとピストルを手に、クーゴの前に立ちはだかります。

 彼らは、ウィリアムとハウザーでした。


「ルーシー、こいつは俺たちに任せろ!」


 言うと同時に、人犬一体となった二人は、クーゴに飛びかかります。

 全軍が見守る中、斉天大聖と魔人とは激突しました。それは山が崩れ海が渦巻き、天地もひっくり返りそうな戦いでした――




 凄まじい戦いは、ようやく終わりました。クーゴは、魔人ウィリアムと魔犬ハウザーの繰り出す猛攻に耐えられず敗走していったのです。

 それを見たヒーローたちは、自軍の敗北を悟りました。彼らの中でも最強であったクーゴですら敗走させる魔人たちに、かなうはずがありません……ヒーローたちは怪我人を連れて、もといた場所へと帰って行きました。

 残っていたのはドリュー、キャメロン、ルーシー、ウィリアム、ハウザーです。四人と一匹は、敗残兵と化して退散していくヒーローたちの後ろ姿を見ていました。

 やがて、ドリューが皆の顔を見回し、言いました。


「帰ろっか」


 その言葉に、全員が頷きました。




 ここは、魔王アマクサ・シローラモのお城です。床は綺麗に磨き上げられ、ゴミ一つ落ちていません。魔法で動く掃除用の円盤型魔道具・バルンがいつも動き回っているからです。

 そんな城の大広間に、彼らは集まっていました。


「シローラモ! これ、すっごく美味しいね!」


 そう言いながら、ドリューはチーズバーガーとフライドチキンをむしゃむしゃ食べています。小さな体に似合わぬ食欲ですが、シローラモは嬉しそうに彼女の食べっぷりを見ています。

 ドリューの横には、ブーツを履いた二足歩行の猫・バロニャンがいます。バロニャンは猫ですが、同時に一流のボーイでもあります。片手にお盆を持ち、恭しい態度で皆からの指示を待っていました。

 さらに、その脇には魔犬のハウザーがいます。お行儀よく尻を床に着け、前足を揃えた姿勢でドリューを見ていました。もちろん、おこぼれに期待しているのです。


 その時、美しい歌声が聴こえてきました。それは聴いている者全ての心に染み込み虜にしてしまう、まさに至高の芸術でした。バロニャンやハウザーはもちろんのこと、食いしん坊のドリューですら食べる手を止めて歌に聴きいってます。

 その歌声の主は、もちろんキャメロンです。彼女は、歌が何よりも好きです。その歌を、仲間である皆に聴かせることに喜びを感じていました。

 もちろん、皆にとってもキャメロンの歌を聴けるのは素敵なことです。ドリューもバロニャンもハウザーも、嬉しそうに歌を聴いています。


 すると、今度はルーシーも立ち上がりました。彼女はキャメロンの歌声に合わせ、軽やかに踊り始めます。きらめく黄金の足を高く跳ね上げたかと思うと、その姿勢でくるくる回転します。

 美しく、しなやかに鍛え上げられた体が優雅に動き、飛び、さらに静止したかと思うと再び舞い上がり……この緩急と間は、ルーシーだけが持つ天性のセンスによるものでした。見る者全てを魅了してしまう、まさに神域の舞いです。

 キャメロンの歌と、ルーシーのダンス……大広間は、人間の住む俗世とは思えぬ荘厳な空気に包まれていました。

 世界の名だたる芸術家が何人集まったとしても、この場所で繰り広げられているものを超える作品を生み出すことなど不可能でしょう。




 そんな彼女たちの姿を、シローラモは満足そうな表情で見つめていました。王冠と白ブリーフ姿はいつもの通りですが、片手にはワイングラスを持っています。どこかの国の変態金持ちジジイのように、ワイングラスを片手で軽く揺らしながら、にこやかに微笑んでいました。

 その隣には、ウィリアムが白いランニングシャツと短パン姿で絵を描いています。美味しそうに食べているドリューとハウザーの姿を、見事なタッチでキャンバスに描いていきます。

 ちなみに今のウィリアムが敬愛しているのは、ベンスルーではなくヤマシタ・キヨシ画伯です。そのヤマシタと同じ格好をしているのでした。いずれは、貼り絵にもチャレンジするつもりなのです。

 やがてウィリアムは、シローラモをちらりと見ましたが……相変わらずの残念なイケメンぷりに、呆れたような様子で首を振りました。


「なあ、いい加減に服着たらどうなんだよ」


 ウィリアムの言葉に、シローラモはくすりと笑いました。


「甘いなあ、君は。僕はね、昔も今も服を着ているんだよ。ただ、君たちの目には見えなかった……それだけのことさ」


 どういうことだろう、とウィリアムは首を傾げました。


「俺たちの目には見えない服だった、ってのか? じゃあ、他の人間には見えていたのかよ?」


「うん、そうだよ」


 にこにこしながら、シローラモは答えます。相変わらずワケわからん奴だ、とウィリアムは思いました。


「だったら、なぜ俺たちの目にはその服が見えないんだ? もしかして、俺たちがバカだから見えない、ってオチか?」


 なおも尋ねるウィリアムに、シローラモは笑いながら頭を振ります。


「いいや、違うよ。この服はね、心の真っ直ぐな者には見ることが出来ないのさ。君らのような者には、特にね」


「えっ?」


 首を傾げるウィリアムに、シローラモは楽しそうに語ります。


「そう。僕の着ている服は、心の曲がった者、汚れた心の持ち主にしか見ることが出来ない。だから、世間をうろつく愚か者たちの目には、僕はとてもお洒落な服を着ているように見えるはずだよ」


「じゃあ、俺たちの心は今も真っ直ぐなのか?」


 ウィリアムは尋ねました。自分もドリューもキャメロンもルーシーも、あちこちで悪さをしています。なのに、未だに心が真っ直ぐだとはおかしいと思ったからです。

 するとシローラモは、ちっちっち……と言いながら、人差し指を振って見せます。


「まだまだ甘いなあ、君は。いいかい、心の真っ直ぐだから善……という訳じゃないんだよ。むしろ心の真っ直ぐな者の方が、いざ悪人になった時の爆発力は大きいのさ。君らの力は、本当に素晴らしいよ。あの名だたるヒーローたちですら、敗走させてしまうくらいだからね」


 その言葉に、ウィリアムは複雑な表情を浮かべました。

 すると、シローラモはくすりと笑います。


「もしかして、後悔してるのかい?」


「誰が後悔なんかするか。見ろよ、あれを」


 言いながら、ウィリアムが指差したのは……キャメロンが唄い、ルーシーが踊り、ドリューとハウザーが仲良く食べている風景でした。皆、とても幸せそうです。


「神は、俺たちの不幸を救ってくれなかった。だったら、俺は喜んで悪魔に魂を売るよ」


 ・・・


 それから、皆はシローラモのお城で、魔人としていつまでも楽しく暮らしましたとさ。

 めでたし、めでたし……でしょうか?









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