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裸の魔王さま〜魔人転生〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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4/5

ウィリアム

 この話はグロいです。また、Gも出ます。Gが苦手な人、グロいのが嫌いな人は絶対に読まないでください。本当に気分が悪くなる可能性があります。



「ハウザー、僕は忘れないからね。君と一緒に暮らした、あの幸せだった日々を……」


 言いながら、ウィリアムは床に横たわりました。

 もう、これ以上は動けません。飢えと疲労と寒さとが、少年の体から生きる力を奪っていました。この後、自分に何が訪れるのか、ウィリアムにももう分かっています。

 ウィリアムにとって唯一の救いは、最期に親友であるハウザーがそばにいてくれることでした。ハウザーとは体の大きな犬でして、今までずっと牛乳運びの仕事を手伝ってくれていました。

 どんなに辛い時も悲しい時も、ウィリアムを助け、さらに彼の心を癒してくれたハウザー。そして今も、ウィリアムのそばにいてくれています。


「ハウザー、僕は最期にベンスルーの絵を見ることが出来たんだ。もう、思い残すことはないよ」


 横たわるハウザーに最後の力を振り絞り語りかけると、ウィリアムは目をつぶりました。

 これまでの辛い人生が、映像のように脳内で流れていきました……。


 ・・・


 幼い頃に両親を亡くし、エイト村のお爺さんに引き取られたウィリアム。彼はお爺さんと一緒に牛乳運びの仕事をしながら、画家になるという夢を追いかけていました。

 そんなウィリアムには、親友がいました。犬のハウザーです。ハウザーは体が大きく、また賢い犬でした。その力と賢さを活かし、ウィリアムとお爺さんを助けてくれました。

 貧しい生活でしたが、ウィリアムは幸せでした。いつかは有名な画家であるベンスルーのようになりたい、という夢があるから、貧乏など平気です。

 しかし、その幸せは長く続きません。




 やがて優しかったお爺さんが亡くなり、ウィリアムは牛乳運びの仕事を独りでやらなくてはならなくなりました。

 そんなウィリアムに、追い打ちをかけるようなことが起きます。牛乳運びの仕事を、町から来た商人に奪われてしまいました。何せ、向こうは低コストな上に薄利多売を狙うフランチャイズ系の大企業です。個人経営のウィリアムに、勝ち目などありません。

 無職になったウィリアムは、必死で仕事を探しました。ところが、そこでさらなる不運が彼を襲います。

 村の権力者であるバースの風車小屋が、火事で燃えてしまいました。バースは、ウィリアムが放火したのだと言い始めたのです。

 実は、バースの娘のローラとウィリアムとは恋仲でした。真面目で優しいウィリアムが、ローラは大好きです。しかし、そんな二人を苦々しい思いで見ている者も少なくありません。バースもまた、その一人でした。

 そして火事が起き、風車小屋が燃えてしまった時……バースは、険しい表情でウィリアムを指さしました。


「こいつがやったんだ! こいつは前から俺を恨んでいたし、火事の前の日に風車小屋をうろうろしてやがったんだ! 俺は、この目で見たぞ!」


 もちろん、ウィリアムがそんなことをするはずがありません。しかし、権力者であるバースに逆らえる者など、村には一人もいません。唯一の味方であるはずのローラでさえ、父親の言葉を信じたのです。

 やがて、ウィリアムは警察に捕まりました。証拠不充分で釈放はされたものの、完全な村八分状態にされ家も奪われました。

 挙げ句に大雪が降る中、村を追い出される羽目になりました。




 ウィリアムは、ハウザーと共に大雪の降る中をとぼとぼ歩きました。

 彼らにとって、外の寒さは厳しいものでした。しかも一文無しの上、村人からは嫌われているウィリアムは……歩くだけで、蹴られたり罵られたりしました。


「この放火野郎! さっさと村から出ていけ!」


「犯罪者が! 野垂れ死ね!」


「汚ねえ犬だな! ボロ切れみてえだ!」


 村人から浴びせかけられる、容赦ない罵声。さらに子供たちは、ウィリアムに石や残飯やゴミくずなどを投げつけます。しかし、ウィリアムはその仕打ちに耐えて歩いて行きました。




 やがて、ウィリアムは夜更けの教会へと入って行きます。もう、そこしか行き場が無かったからです。

 教会の祭壇には、絵が飾られていました。ウィリアムの敬愛する画家、ベンスルーの絵です。

 今のウィリアムは、飢えと寒さにより死にかけていました。もう、長くないのは自分でも分かっています。せめて、ベンスルーの絵を見ながら死にたい……それは、彼のささやかな願いでした。


 ・・・


 僕は、今まで一生懸命に生きてきた。

 悪いこともせず、真面目に働いていたはずだ。

 なのに、何故?

 神様は、どうして僕を助けてくれなかったのだろうか。

 僕は、ベンスルーのような絵描きになりたかっただけなのに。


 心の中で呟きながら、今まさに死に逝こうとしていたウィリアム……その時、彼の顔を撫でるような感触がありました。

 薄れゆく意識の中、ウィリアムは目を開けます。ひょっとしたら、誰かが助けに来てくれたのかもしれません。

 だが、それは人ではありません。ゴキブリが数匹、ウィリアムの体の上を這い回っていたのです。

 もうじき自分は死に、このゴキブリ共の餌になるのか……朦朧とする意識の中、ウィリアムはそんなことを思いました。

 ふと、ハウザーの方を見てみます。すると、ハウザーの体にもゴキブリが這い回っていました。

 それを見た瞬間、ウィリアムの中で何かが弾けました。彼の手は凄まじい速さで動き、ゴキブリを叩き潰しました。

 さらに、叩き潰したゴキブリを口に入れたのです――


 こんな所で、死んでたまるかよ……。

 食ってやる。

 ゴキブリでも何でも食って、生き延びてやる!


 それまでの優しそうな風貌が一変し、ウィリアムは鬼のごとき形相でゴキブリを食らいました。そう、彼はまだ死ぬわけにはいかないのです。


「ハウザーぁ!しっかりしろおぉ!」


 それまで死にかけていたのが嘘のようにウィリアムは叫び、ハウザーの体を揺すります。この親友だけは、死なせるわけにはいかないのだから……。

 村人たちから濡れ衣を着せられ、仕事を奪われ、村八分にされた日々。それでもハウザーは、ウィリアムに変わらぬ忠誠心で尽くしてくれました。人間たちが次々と裏切っていく中、ハウザーだけは無償の愛をウィリアムに注いでくれたのです。

 ならば、今度はウィリアムの番でした。どんな手段を用いても、ウィリアムは生きなくてはならないのです。


 盗みでも強盗でも何でもやってやる。

 そして、ハウザーに幸せな生活をさせてやる。


 ハウザーへの愛が、ウィリアムを死の淵から甦らせました。彼は残された力を振り絞り、必死でハウザーを抱き上げます。

 しかし、運命とはなんと残酷なものなのでしょうか。ハウザーは、既に息絶えていました。


「ハウザー……そんな……嫌だ……」


 呆然とした表情で、ウィリアムはハウザーの亡骸を見つめます。

 もっとも、それは当然のことでした。ハウザーは老犬であるにもかかわらず、ウィリアムのために一生懸命働いてくれていました。

 キツい牛乳運びを手伝い、ろくに餌にもありつけない環境でありながら、それでもウィリアムに尽くしてくれました。

 そんな無二の親友を、こんな場所で死なせてしまったのです――


「ちくしょう!」


 ウィリアムは喚きながら、床を殴りつけました。何度も何度も殴りました。拳の皮が裂け、血が流れます。さらに、床を殴るたび凄まじい痛みが走りました――

 ウィリアムは、それでも殴るのを止めません。彼はむしろ、自身に罰を与えたかったのです。


 僕にもっと力があれば。

 僕がもっとしっかりしていれば。

 僕がもっと強ければ。

 ハウザーを死なせなかったのに――


 やがて、ウィリアムは殴るのをやめました。その時になって、ようやく気がつきました。

 自分には、まだやるべきことが残っている……その事実に気づいたのです。

 ウィリアムは血まみれの手をポケットに入れ、中から小さなナイフを取り出しました。なぜ、こんな物が入っていたのかは分かりません。画材を削って調整するため、入れておいたのでしょうか。

 もっとも、入っていた理由など今さらどうでもいいことでした。ウィリアムは取り憑かれたような表情で、ハウザーの亡骸にナイフを突き立てました。

 皮を剥ぎ血をすすり、肉や内臓を生のまま食らいます――


 ハウザー、さようなら。

 僕の、血と肉になってくれ。

 僕の中で、永遠に生き続けてくれ。

 そして、僕に力を貸してくれ。


 心の中で呟きながら、ハウザーの死肉を食らうウィリアム。その目からは、紅い涙が流れていました。




 それから数年後。

 エイト村は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していました――


「おらおら! どうした、このクズ共が! 俺を止めてみろ!」


 逞しい青年が、狂気に満ちた表情でサーベルを振るいました。その格好は、どう見ても普通ではありません。片手にピストル、片手にサーベル、さらに頭には二本の火のついたロウソクを結びつけています。

 青年は狂気の叫びと同時に、今度はピストルを撃ちました。銃声が響き渡り、人々は叫び逃げ惑います――

 村には死体が転がり、さらに家や建物は炎に包まれていました。もはや手の施しようがありません。警官ですら、生きている住民たちを避難させるのが精一杯でした。


 その事件を起こした犯人は、言うまでもなくピストルを持った青年・ウィリアムでした。彼は村のあちこちに火薬を仕掛けておき、同時に爆発させたのです――


 ・・・


 親友のハウザーを喪った後、ウィリアムは村を出て裏の世界に足を踏み入れました。生来の真面目な性格と、若くして地獄を見た経験……その二つが化学反応を起こし、ウィリアムの才能は開花したのです。

 ウィリアムは、あっという間にのしあがっていきました。しかし、彼は裏社会の出世には興味などありません。

 彼の願いは、復讐でしたから。


 やがて、ウィリアムは復讐の準備を始めましたが……その過程で、驚くべき事実が判明します。

 風車小屋の火事は、保険金を得るためにバース自身が火を放っていたのです。

 それだけではありません。ウィリアムは昔、絵のコンクールに作品を出品していましたが、落選していました。しかし実は、彼の絵は出品すらされていませんでした。バースが郵便局員に圧力をかけ、ウィリアムの絵をコンクールに配達させなかったのです。

 裏の人間からこの情報を聞いた時、ウィリアムは笑うしかありませんでした。バースは……いやエイト村は、彼から大切なものを全て奪ったのです

 今のウィリアムには、もう何も残されていませんでした。

 復讐の意思以外には。


 ・・・


「バース、てめえは言ったよな! 俺のことを放火犯だと! だから、ご要望にお応えして放火犯になってやったぜ!」


 叫びながら、なおもピストルを乱射するウィリアム。その顔は、悪鬼のごときものでした。


 奴らに、この世の地獄を見せてやる。

 お前らのせいで、ハウザーは死んだんだ!

 あいつらは俺から、全てを奪ったんだ!


 やがて、ウィリアムは教会に入りました。飾られていたベンスルーの絵に、ありったけの銃弾を浴びせます。

 しかも、ウィリアムの凶行はそれだけでは止まりません。上の階に昇っていき、狂ったように鐘を鳴らしました。さらに、天に向かい叫びます。


「神よ! 貴様が本当にいるなら、この火を消してみろ! 村人たちを救ってみせろ!」


 やがてウィリアムは、教会の屋根の上で下を見下ろしました。

 村は炎に包まれ、数多くの死体が転がっています。憎きバースも、死体となっていました。ウィリアム自身も、この炎に巻かれて死ぬことになるのは間違いありません。

 しかし、ウィリアムに悔いはありません。


 ウィリアムは屋根で仰向けに寝転び、目をつぶります。煙のせいで、呼吸が苦しくなってきました。もう、長くないでしょう。しかし、彼に思い残すことはありません。

 その時でした。


「ウィリアムくん、君に話があるんだ。ちょっと、起きてくれないかな」


 いきなり、とぼけた声が聞こえてきました。

 ウィリアムが目を開けると、目の前には奇妙な者がいました。頭には宝石をちりばめた黄金の冠を被り、紺色のマントを羽織っています。

 しかしマントの下には、白いパンツを履いているだけです。今さら説明の必要もないでしょうが、念のため書いておきますと……そのパンツは、某最強スナイパーが穿いているのと同じ白ブリーフでした。


「お、お前、誰だよ?」


 困惑し、尋ねるウィリアム……しかし、相手はお構い無しです。炎に包まれた屋根の上を裸足ですたすた歩き、ウィリアムの隣に座りました。


「はじめまして、僕はシローラモ……アマクサ・シローラモさ。職業は魔王さまだよ」


「あ、ああ」


「今日は、君をスカウトしに来たんだよ」


「ス、スカウトぉ?」


「うん。君の暴れっぷりを見せてもらったけど……気に入ったよ。君は、実に素晴らしい」


「そ、そうか……」


 何を言っているのか、訳が分かりません。しかし、ウィリアムはもともと真面目な性格です。唖然となりながらも、生返事を繰り返しました。

 ふと気づいたのですが、炎に囲まれているのに全く熱くありません。また、呼吸も苦しくありません。

 あまりにも不思議な状況に首を傾げるウィリアムに、シローラモはにっこり微笑みました。


「ところで、君にどうしても会いたいと言ってる人が来てるんだよ。いや、人じゃないんだけど……まあ、いいか。ほら、そこ見て」


 軽い口調で言いながら、シローラモはウィリアムの後ろを指差します。

 言われて、ウィリアムは振り返りました。直後、驚きのあまり口が半開きになりました。


「ハウザー……」


 ウィリアムは、それしか言えませんでした。そこには、死んだはずのハウザーがいたのです。昔と同じく、大きな体で地面に尻を着け、前足を揃えた姿勢で、じっとウィリアムを見つめています。

 その瞳には昔と同じく、溢れんばかりの親愛の情がありました。


「ど、どうして……」


 呆然となりながら呟くウィリアムに、シローラモは真剣な顔つきで語り出しました。


「彼はね、本来なら天国に行けるはずだったんだよ。ところがね、ウィリアムと一緒じゃないなら天国なんか行かねえ! とか言っちゃってさ。挙げ句、迎えに来た天使にまで噛みつく始末だよ。神にすっかり愛想つかされちゃってさ、仕方なく魔王の僕が引き取ったんだ。今じゃ僕の城で、番犬のケルベロスとして立派に働いてくれてるよ」


 シローラモがそう言った時、ハウザーが突進してきました。ウィリアムを押し倒し、ちぎれんばかりの勢いで尻尾を振りながら、顔をベロベロ舐めてきます。


「ハ、ハウザー……」


 ウィリアムの目から、涙が流れました。ハウザーは天国行きを蹴ってまで、自分を待っていてくれたのです。彼は嗚咽を洩らしながら、ハウザーを強く抱きしめました。


 ハウザー……。

 もう、離さない。

 お前とは、ずっと一緒だよ。


 ウィリアムは生まれて初めて、嬉しさゆえに泣いていました。そんな彼に、シローラモは妖しく囁きました。


「で、君はこれからどうするの? ハウザーと一緒に、地獄に行くかい? あるいはハウザーと一緒に、魔人として人間を不幸のどん底に叩き落とすか……どっちにする?」


 もちろん、ウィリアムは魔人になることを選びました。

 かつて、普通の人間と犬だった時には、村人たちに牛乳を運んでいたウィリアムとハウザーでしたが……今では、魔人と魔犬として人間に災いを運んでいるという話です。









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