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ルーシー

 むかしむかしのお話です。とある町に、赤い靴を履いた元気な女の子がいました。

 その女の子の名前はルーシーといいます。長い黒髪としなやかに伸びた手足、さらに美しい顔の持ち主でもあります。幼い頃に両親を失いましたが、優しいお婆さんに引き取られ、すくすくと育っていきました。

 ルーシーは活発で元気な女の子でしたが、ちょっと世間知らずな部分もありました。教会にお気に入りの赤い靴を履いて行ったり、叔父さんのお葬式にやはり赤い靴を履いて行ったり……周りからは、ちょっと残念な女の子として認識されていました。


 そんなルーシーが何よりも好きこと、それはダンスです。しなやかで柔軟な体、野性の獣のような素早く力強い動き、それから一転して静止している時の優雅な佇まい……彼女のダンスには、見る者を感動させる力がありました。

 ルーシーの家はさほど裕福ではありませんでしたが、それでも彼女はつらいと感じたことはありませんでした。ダンスがあれば、ルーシーの心は満たされていたからです。




 ところが、今のルーシーの足は木製の義足へと変わっています。ある理由から、彼女は両足を失ってしまいました。その後ルーシーは、貧しい人たちが暮らしている施設に身を寄せていました。

 両足が義足となってしまったルーシーは、もうダンスをすることは出来ません。彼女は、施設の中で慎ましく生きていたのです。


 夜になり、ルーシーは明かりを消して眠りにつこうとしました。

 その時です。


「やあ、素敵なお嬢さん。もう、ダンスはしないのかい?」


 ルーシーは、はっとなって声のした方を見ました。すると、そこにはとんでもない野郎が立っていたのです。

 年齢は二十代でしょうか。貴公子然とした美しい顔に美しい黄金の冠を被り、紺色のマントを羽織っています。しかし、マントの下は白いパンツを履いているだけでした。現代でいう「白ブリーフ」です。しつこいようですが、これはとても大事なことなのでまた書きました。

 一見すると、女性の部屋に侵入した不埒なイケメン変態王子ですが……その実体は裸の魔王さま、アマクサ・シローラモです。

 ビックリ仰天しているルーシーに、シローラモはにこにこ笑いながら恭しく頭を下げました。


「どうも、はじめまして。驚かせてごめんよ。僕は――」


「この変態野郎! どこから入って来やがった!」


 シローラモの挨拶の途中で、ルーシーはそばにある棒を握り襲いかかっていきました。義足とは思えない動きで、シローラモをぶっ叩きます。

 すると、シローラモはなぜか四つん這いになりました。


「ま、待ちたまえ! 僕の話を聞いて! 可愛い女の子に叩かれんのは嫌いじゃないけど……むしろ好きだけど! とりあえず今は待ってえ!」


 その言葉に、ルーシーは動きを止めました。おとなしい変態のようだし、まずは話だけでも聞いてやろうか……そんな気分になったのです。




「なるほどね。あんたの名前がシローラモだっていうのは分かったけど、ここに何しに来たの?」


 ルーシーの問いに、シローラモは笑みを浮かべました。


「昔、君のダンスを見たことがあるけど……本当に素敵だったよ。もう、ダンスはしないのかい?」


 その言葉に、ルーシーの表情は曇ります。しかし、それはほんの一瞬でした。


「見なよ、この足を」


 言いながら、ルーシーは両足を前に出しました。

 武骨なデザインの、木製の義足が露になります。


「こんな足じゃあ、ダンスなんか出来やしないよ」


「おやまあ、一体どうしたんだい?」


 尋ねるシローラモ。しかし、ルーシーは下を向きました。彼女にとって、その話はタブーなのです。出来ることなら話したくはありません。

 すると、シローラモは優しく微笑みました。


「もし言いたくなければ構わないよ。でも、君は聞いて欲しいんじゃないのかな?」


 シローラモの言葉は、不思議な響きを持っていました。それは魔法のように、ルーシーの心の隙間に入り込んできました。

 彼女は催眠術をかけられたように、ごく自然に語り始めました。


 ・・・


 ある日のことです。町を歩いていたルーシーは、ダンスのコンテストがあることを知りました。優勝すれば賞金が出る上、王さまお抱えの舞踏団の団員になれるそうなのです。

 彼女は、そのコンテストに出場することにしました。孤児であるルーシーにとって、舞踏団に入ることは夢でしたから。

 それから彼女は、昼も夜もダンスの練習に打ち込みました。どうしても舞踏団に入りたい、その思いに突き動かされ、ルーシーは毎日ひたすら踊り続けます。

 ところが、ここで予想外の出来事が起きました。ルーシーを育ててくれたお婆さんが、病気で寝込んでしまったのです。


 ルーシーの生活は一変しました。彼女は、お婆さんをつきっきりで看病することとなります。結果、今までのように練習が出来なくなりました。

 それでも、ルーシーは諦めません。彼女は、看病の合間の僅かな時間でダンスの練習をしました。

 やがて、コンテストの日が来ました。しかし、またしても不運なことが起きます。その日、お婆さんの容態がさらに悪くなったのでした。

 ところが、ルーシーはコンテストに行きました。お医者さんも付いていることだし、自分がいなくても問題はないはずだ。それよりも、コンテストで優勝して舞踏団に入り、お婆さんをびっくりさせてあげよう……ルーシーは、そう考えました。




 コンテストは終わりました。ルーシーは全力を尽くしましたが、準優勝でした……。

 もし、お婆さんが病気にならなければ、ダンスの練習を充分に出来たでしょう。そうすれば、この結果にも納得いったはずです。

 ところが、ルーシーは結果に満足できなかったのです。

 お婆さんさえ病気にならなければ、自分はちゃんと練習できたのに。

 ちゃんとした練習さえ出来れば、優勝できたのに。

 ルーシーは、負けた悔しさを心の中でお婆さんに向けていました。優勝できなかったのは自分が下手だったからではない、お婆さんのせいだ……そんなことを考えながら、家に帰りました。




 しかし……ルーシーを待っていたのは、さらなる苦難でした。

 家に帰ると、医者が沈痛な面持ちでルーシーを見つめました。


「お気の毒ですが、あなたのお婆さまは亡くなりました」


 ルーシーはショックのあまり、その場に崩れ落ちました。なんということでしょうか……優しかったお婆さんが死んでしまうとは。ルーシーは、床に額をつけて泣きました。




 お婆さんの葬式が終わった翌日、ルーシーの家に奇妙な男が訪れました。

 男は白く長い着物をまとい、背中には翼が生えていました。顔つきは真面目そうで、腰のベルトには見事な剣をぶら下げています。

 これは、間違いなく人間ではありません。唖然となるルーシーに、男は言いました。


「お前は、それほどまでに踊るのが好きなのか。ならば、死ぬまで踊るが良い。大好きな赤い靴を履いて、死ぬまで踊り続けるのだ。体が萎びて、骸骨になるまで踊り続ける……それが、お前の運命である」


 そのとたん、恐ろしいことが起きました。ルーシーの体は、勝手に踊り出したのです。赤い靴を履いた彼女は、見事なステップを踏みながら激しいダンスを始めました――


「な、何これ!」


 ルーシーは叫びます。しかし、体は言うことを聞きません。狂ったようにダンスを続けます。

 激しい動きのダンス……これは、非常に体力を消耗させます。しかも、ルーシーはお婆さんを喪った悲しみにより、食事をほとんどとっていません。

 このままでは、ルーシーは死んでしまうでしょう。彼女は、天使に向かい叫びました。


「お願いです! 止めてください!」


「いいや、それは出来ん。お前は、ここで死ぬまで踊る運命だ。踊りながら死ねるなら、本望であろう」


 天使は、冷たい表情で言いました。

 やがてルーシーは疲れ果て、胃の中の僅かなものを吐いてしまいました。それでも、意思とは無関係に体は動いています。家具に頭をぶつけ、壁に体を打ちつけながらも、ルーシーはダンスを続けました。


「お、お願い……もう、やめて……」


 ルーシーは、息も絶え絶えになりながら言いました。すると、天使は腰の剣を抜きました。


「ならば、どちらかを選ぶがよい。このまま死ぬまで踊り続けるか、あるいは自分の罪を懺悔して神に使える道か……どちらかを選べ。ただし、懺悔するなら両足を切らねばならん」


 両足を切られる……なんと恐ろしいことでしょうか。ルーシーは、首を横に振りました。しかし、天使の表情は変わりません。


「ならば、死ぬまで踊り続けるのだな。お前の罪はあまりにも重い。教会を赤い靴でのし歩き、お婆さんの看病をサボって踊りにうつつをぬかし、挙げ句にお婆さんの最期を看取ることをしなかった。お前の罪は、死に値する」


 天使は、厳しい口調で言いました。その言葉は、ルーシーに激しい恐怖を呼び起こします。まだ死にたくない、そう思うのは当然でした。


「お前が許されるには、残された人生を神に捧げなくてはならない。さあ、どうするのだ? 死ぬまで踊り続けるか、悔い改めて残りの人生を神に捧げるか、好きな方を選べ?」


 ・・・


「なるほど、それで君は両足を失ったのかい」


 話を聞いたシローラモは、納得したような表情で言いました。ルーシーの方は、神妙な面持ちでなおも語ります。


「全部、あたしが悪かったんだよ。あたしは、本当にどうしようもないクズだった――」


「僕は、そうは思わない」


 ルーシーの言葉を遮り、シローラモは彼女を見つめました。


「君は、本当に悪いのかな? 若い娘が、自分の夢に向かって突き進む……そこに、大なり小なり犠牲は付き物だ。後悔することもある。失うものもある。だが、君はダンサーになりたいという夢を持ち、そこに向かい一生懸命に努力していたはずだ……その努力する様は、美しく尊いものであったと僕は思う」


 その言葉は、ルーシーの心をえぐりました。舞踏団に入るため、必死で努力していた日々……しかし、天使はそれを否定しました。彼女の努力を罪と決めつけ、両足の切断という罰を与えたのです。


「でも、あたしはお婆さんの最期の時、そばにいてあげられなかった――」


「君に何が出来たと言うんだい? 病気を治すプロであるお医者さんがいても、お婆さんの死は止められなかったんだよ。君がいても止められなかったさ」


 シローラモはゆっくりとした口調で、自信たっぷりに語ります。その態度に、ルーシーの心の扉は少しずつ動かされていきました。

 その閉ざされていた扉から、暗い何かが徐々に洩れ出ていきます――


「まあ、百歩譲って君の行動が悪だったとしよう。だがね、それは両足を失うほどの罪なのかい? 君は両足と共にダンサーの夢まで奪われ、挙げ句に生涯を神に捧げることを強制された。これは、終身刑よりも厳しい罰ではないのかな?」


「ち、違う……あたしが悪いんだ……」


 下を向きながら、ルーシーは呟きました。ですが、シローラモの言葉は止まりません。


「よく考えてみるんだ。本当の神であるなら、悔い改めた君を許すはずだ。だが、神と称する何かは君から何もかも奪っていったんだよ。そんなものに、君はいつまで仕える気だい?」


 そう言うと、シローラモは顔を近づけました。


「君は、力が欲しくないかい?」




 深夜の二時。

 町は闇に覆われています。出歩く人など、ほとんどいません。そんな中、教会の扉が開き……何者かが入って来ました。

 教会の神父は、入って来た青年を見るなり唖然となります。


「あ、あなた! そんな格好で教会に入ってはいけません――」


 それ以上は、何も言えませんでした。何故なら、入って来た者はシローラモだったのです。シローラモは神父の腹に強烈なパンチを食らわせました。

 神父は、その一撃で昏倒しました。シローラモは倒れた神父を一瞥し、教会をじっくりと見回します。

 その瞬間、不思議なことが起きました。突然、教会の中に稲妻が轟いたのです。稲光と共に現れたのは……白い衣を着て、腰に剣をぶら下げた美青年でした。そう、かつてルーシーの両足を切断した天使です。

 天使は、じろりとシローラモを睨みました。


「ここは、貴様の来ていい場所ではない! 立ち去れい!」


「そう言うなよドミニオン。まさか、あんたみたいな上位天使がここにいるとはね」


 ヘラヘラ笑うシローラモに、ドミニオンは剣を抜きました。憤怒の形相で迫っていきます。


「貴様、出ていけと言っているのが聞こえんのか!」


「まあまあ、そんな怖い顔しないでくれよ。君の相手をするのは僕じゃない。彼女さ」


 言葉の直後、シローラモはパチンと指を鳴らしました。すると、その場に若い女が現れたのです。

 女は長い黒髪と、筋肉質でありながら女性らしさも失っていない肉体が特徴的です。さらに雌豹を連想させる野性的な美貌の持ち主でした。迷彩柄のタンクトップを着てミリタリーパンツを履き、ドミニオンをじっと睨みつけています。

 天使ドミニオンは、その女をよく知っていました。


「ルーシー……貴様、悪魔に身を堕としたか! 悔い改める機会を与えてやったというのに、何と愚かな人間なのだ!」


 雷鳴のような声で怒鳴り、ドミニオンは剣を振り上げました。

 その瞬間、ルーシーは動きました。彼女の鞭のようにしなる左のハイキックが、ドミニオンの剣めがけ放たれます。

 彼女の左足は高く上がり、ドミニオンの握る剣に炸裂しました。すると、驚くべきことが起きました。ルーシーの放ったハイキックが命中したとたん、刀身は粉々に砕けてしまったのです。


「な、なんだこれは!?」


 驚愕の表情を浮かべるドミニオンに、ルーシーはニヤリと笑いました。


「これが、新しい足の力だよ!」


 そう、ルーシーの足は今までの武骨な木製の義足ではありません。まばゆく光り輝く、黄金の足が付いていたのです。

 それを見たドミニオンは、彼女に叫びました。


「貴様あぁ! 悪魔に魂を売ったのか!」


「そうさ。あたしから何もかも奪い去ったお前に復讐するため、悪魔の力を得たんだ!」


 吠えると同時に、ルーシーは左のミドルキックを放ちました。

 ルーシーの左足は鞭のようにしなり、ドミニオンの腹に炸裂しました。通常なら、人間の物理的な攻撃など天使には通じないはずです。

 ところが、ルーシーの黄金の足によるミドルキックは勝手が違いました。ドミニオンの右脇腹をえぐり、内臓にまで達したのです。

 禍々しい悪魔の力により強化された、黄金の足……その威力は凄まじいものでした。並の人間なら、ミドルキックの一撃で絶命していたでしょう。天使であるドミニオンですら、痛みのあまり思わず顔を歪めました。

 しかし、ルーシーの攻撃は止まりません。彼女の黄金の足が、またしてもドミニオンを襲います。

 ムエタイ・ファイターのような左ミドルキック連打を食らい、ドミニオンは苦悶の声を上げました――


「ぐはあぁ!」


 ルーシーのミドルキックは、ドミニオンの右脇腹を正確にえぐります。続いて、彼女は体を一回転させました。

 次の瞬間、彼女の右足が伸びていきます。キレのある右の中段後ろ蹴りが、ドミニオンの腹へと放たれました――

 その威力は、大木ですらへし折るほどです。ドミニオンは、たまらず膝を着きます。

 直後、ルーシーは跳躍しました。天井近くまで跳び上がり、同時に右足を高く振り上げます。

 その右足が、落雷のような勢いで降り下ろされました――


 ルーシーの渾身のかかと落としが後頭部に決まり、ドミニオンの顔面は床にめり込みました。




「お疲れ様」


 倒れているドミニオンを見下ろすルーシーに、シローラモは優しく声をかけました。

 ルーシーは、ドミニオンの死体に唾を吐きかけました。さらに、教会に設置された女神象を見上げます。

 巨大な女神象は、悲しげな表情でじっとルーシーを見下ろしていました。ルーシーはニヤリと笑うと、またしても高く跳び上がりました。

 体をくるりと回転させ、右の跳び後ろ回し蹴りを放ちます――

 女神象の首は、ルーシーの蹴りにより、ちぎれて吹っ飛ばされました。首は教会のステンドグラスを叩き割り、外へと飛んで行きます。

 着地したルーシーは、にこやかな表情でシローラモの方を向きました。


「さ、行こうか魔王さま。次は誰をブッ飛ばすんだい?」








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