緋色に誓ったアウフヘーベン
初めて書いてみましたが、難しいです。
深く考えず、さらっと楽しんでいただけたら幸いです。
―――わたしは貴族だ。それも我が国、ストラウセンにおける大公爵の娘である。貴族の序列的に説明するならば、大公爵とは公爵の上の地位で、上から大公爵、公爵、侯爵=辺境伯爵、伯爵、子爵、男爵となる。辺境伯爵とは敵対国など、常に警戒が必要な土地を収める貴族で、その性質上、普通の伯爵位よりも重んじられるのだ。しかしながら、今は辺境伯についてはどうでもいい。特筆すべきは貴族としての義務をわきまえない愚か者が増えている点だ。
古今東西、貴族なんてろくなものじゃない。美女がいれば既婚者だろうが誘拐し、退屈しのぎに奴隷を殺し合わせ、拷問をショーのように楽しむ。まともに人格形成が成された人間ならとてもじゃないがついていけない、狂人の集まりだ。
ところが、だ。先にも述べた通り、あれらを狂人と呼んではばからないわたしは、なんとその貴族なのだ。冗談のような事実とはまさにこのこと。
そんなわたしだが、今現在、とてつもなく追い詰められた状況下にいる。
目の前に居並ぶ太陽騎士団。怒りに燃える眼差しの国王陛下。王太子は苦渋の表情を押し隠し、辛うじて無表情を保っているようだった。
「参上いたしました、陛下」
どんなに嫌でも、わたしは貴族だ。
どんなに追い詰められていても、背を曲げ、顔をうつむけるような真似だけはしない。
「……大儀である」
その一言は唸るようにして放たれた。
若かりし頃は武勇の誉れ高さで名を馳せた王は、どうにも腹芸が苦手だ。宰相に向ける憤怒の眼差しを隠せもしない。
わたしは王妃に目を向ける。彼女はすぐに気づき、王を宥めるように手を重ねた。
そのとき、宰相がすっと前に出る。
「此度、陛下がお前を呼び出したこと、心当たりはあろう。なあ、シンシア嬢よ」
「凡人ゆえ、いと高き場所におわす陛下の深淵なるお考えなど、わかりようもございません」
ストラウセン始まって以来の天才、ストラウセンの賢者……あらゆる言葉をもってして能力の高さを褒めそやされた身。もちろん嫌味だ。
しかし宰相は乗らなかった。長らくわたしと比べられてきた男性の劣等感は、果たされようとしている復讐のおかげで満たされているらしい。
「なんと嘆かわしい! 貴族たるもの、醜くも己が罪を認めぬなどと! 完璧な貴族と呼ばれたシンシア嬢がここまで卑しい真似をなさるとは! ああっ、信じたくない!」
「罪、ですか。はて、愚鈍なる我が身には覚えがございません」
「とぼけても無駄だ、シンシア嬢。これがお前が罪人である証!」
「なにを………っ!?」
その瞬間、わたしは王族の方々が苦々しい顔色でいる意味を悟った。
目の前に突き付けられたのは証拠だ。わたしが謀反を計画したことの。
もちろんそんな事実はない。だが、でっち上げられてしまったのだ。この場所で。
「隣国との密書、騎士団との癒着、開発した化粧品で儲けた金銭、その金で仕入れた武器の品目……まだまだあるぞ。これだけの証拠がそろってなお、まだ言い逃れできると思うてか!」
陛下が悪鬼のような形相で宰相を睨んでいる。貴族院たちも同様だ。
自分で言うのもなんだが、わたしは顔が広い。そして人気が高い。そんなわたしをここまで追い詰めたのだ。その手腕は評価できるが、わたしがいなくなった後、無事でいられると思っているのなら考えが甘い。
とはいえ、今日は少々旗色が悪い。口八丁で乗り切る手もあるが、わたしとしてもそろそろ限界だ。
なにがと問われれば、貴族としての生活が。
「……そんな事実はありません、と言ったところで、無駄なのでしょうね。それでもわたしは無実を叫び続けましょう。たとえ檻の中でさえ」
宰相をちらりとも見ずに言う。それでもわかった。にやあ、と下卑た笑いを刻む口元が。
陛下が驚いた表情を浮かべた。貴族たちも。
たぶん、心のどこかで思っていたのだ。偽物であれ、こんなに完璧な証拠をそろえられていても、きっとシンシア嬢なら切り抜けてくれる、と。
しかしわたしは言った。檻の中でさえ、と。
捕らえよ、と宰相が言った。おかしくてたまらない、そういう顔で、声で。
それでも動けない騎士たちに、わたしは向き直った。
「さあ、職務を遂行なさい。わたくしも、この身が朽ちるそのときに、貴族の誇りを砕きはしない」
凛と言ったわたしに、太陽騎士団が近づいてくる。
目の前に見覚えのある人が立った。泣きそうな顔で、責めるような目をしていた。
「……シンシア。あなたはひどい方だ。この手にあなたを捕らえさせるなんて」
「騎士様、女はひどい生き物ですわ。ときに男よりひどく、強くあらねば、生きてはいけぬのが女です」
「ああ……あなたの言葉が好きでした」
「わたくしは、あなたの率直さが好ましいと思っていましたわ」
ふわりと微笑んだわたしに、太陽騎士を率いるその人は、諦めたように微笑んだ。
アースレイン大公爵の誇った愛娘、長女シンシアは、三年半もの拘留の後に有罪が確定。
彼女が持っていたすべての特許は王国預かりとなり、功績はすべて公式記録から抹消された。
王国歴四百十二年、十一月十一日、シンシア・フェイ・アースレインの処刑が行われた。
彼女の死には、王国の民のみならず、近隣諸国の者たちも涙したと伝えられる。
同年、十一月十二日、月光騎士団・太陽騎士団より退団者が続出。
翌日、十一月十三日、かつて騎士であった者たちによって宰相が殺害された。
同日、彼らはシンシアが葬られた罪人用の墓地にて自害。それに続いた上級使用人はおよそ二十名。
知らせを受けた王の勅令により、シンシアの亡骸は別所に葬られ、自害した者たちもそちらに埋葬された。それに異を唱えた者は一人もいなかった。
シンシア・フェイ・アースレイン。
それは罪人でありながら、死してなお愛され続けた、美しき才女の名―――。
名前負け失礼しました。緋色は火刑のつもりですが、解りにくいですね。
読んで下さり、ありがとうございます。