はじまりの鐘
「さぁさ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。もう武器は揃えたかね。ちょいとそこのお嬢ちゃん、まだ武具が揃ってないみたいだけど。」
ボクはそんな威勢の良い店のおばさんを無視して、商店街の人混みを掻き分けながら進む。
ここは今年の冬に発売を予定されているとある大手ゲーム会社の新作RPGの世界の中心地である、アベル商店街。ここにいる人は皆、数多くの応募から選び抜かれたβテスターのプレイヤー達。ボクもそのうちの一人なんだけど…まぁ、このなかにはゲームガチ勢の人がほとんどだろう。それに比べてボクは興味本位で申し込んだらたまたま当選してしまっただけ、というなんとも生温い、属にいう「にわか」ってやつだ。
「アユラ、こっちこっち。」
向こうで手招きしているのは、このゲーム内でボクのアバターの『スズ』。
このゲームにはあらかじめ、各プレイヤーにそれぞれ、最初のチュートリアルをサポートしてくれる、いわゆるゲーム進行係のアバターってのが付属されている。なんとも律儀なゲームだ。そのアバターには、最初のチュートリアルを含め、困ったときの"ヘルプ"として補佐してもらうため、自らそのアバターに名前をつけることができる。ボクが彼女を『スズ』と名付けたのは、深い意味は特にない。ただ、いつも読んでいる雑誌の好きなモデルが同じ名前なだけだ。それにしても近くで見ると、同じくらいの背丈に肩につかないショートカットの艶めく黒髪、若草色の澄んだ瞳に血色の良い肌…、本当にこれが映像を駆使して造られたモノなのか。
「アユラ…。どうかした?」
「はっ、ごめん。な、なんでもないよ!お待たせ。」
スズに怪訝そうに顔を覗き込まれ、ボクはスズをじろじろと見てしまっていたことを自覚する。
そんな僕を見て「ふふ、じゃあいこっか。」と天使のように微笑むと、ふいにボクの手を引いて商業区を背に突然走り出した。
「え、待って、どこに向かうの。」
ボクは補佐アバターに誘導されながらも、目的を理解できずスズに問う。
「なに言ってるの。マニュアルに目通してないの?第一フィールドはカナリア草原でしょ。」
当然のことのように指摘され、戸惑いを隠しきれていないボク。
「だってボクまだこの世界に来たばかりだし、戦い方も知らないよ。」
「戦ったこともないくせに、戦い方を知らないのは当然のことでしょう?」
スズは振り向かずに淡々とそう告げる。
そんな機械的な彼女の一面にボクは、ふと、なぜか今になって頭の中に一つの大きな疑問が生まれる。
そもそも、このゲームは一体どうなっているんだ…。この無限に広がる雲一つないこの空に、自分達を取り囲む広大な自然。繋いだ手はなぜか、アバターなのにどこか温かい。ただのゲームではない、分かっている。分かっているけれども。ここは一体どこなんだ。このゲームを始めるとき、説明書になんて書いてあった?てきとうに目を通しただけで、すぐにゲームを始めてしまったから、よく思い出せないな…。なんだっけな…う~ん…。あ、転移型RPGって書いてあったっけ?…だとしたら、それが実現しているとしたら、ボクは今このゲームの中に転移して攻略していってることになるのか。このやけにリアルな今、目の前に広がっている情景も感情も、あながち間違ってはいないのか。いやむしろこれはこれでボクは今、現実を見ているのか…。
「危ないっ!」
バサッッッ!!!
ボクの目の前で突如、スズの剣が振り上げられる。まさに危機一髪。ボクのことを襲いかけた鳥型のモンスターはスズの振るった剣でひとたまりもなく退治される。
「大丈夫っ?!怪我は?」
「スズのおかげで助かったよ」と笑うボク。
「笑い事じゃないわよ!どうして手を繋いで走っているのにそんなに危ないの?ぼーっとしている暇はないのよ。ここは戦場なの。」
ボクのために真剣な表情で叫ぶスズ。そんな彼女を見て機械ではない人間そのものの、魂という名の、心があるように見えた。
「戦場…か。たかがゲームなのに?はは、笑わせないでよね…。」
そんなボクの発言にスズは「え…」と顔色を変える。
「あなた、これをただのゲームだと思っているの?」
先ほどとは打って変わり、やけに落ち着いたスズの口調に寒気を覚えて次のスズの口から出る言葉を待つかのように、ボクは思わずごくりと息を呑む。
「このゲームはただのゲームじゃない。命がけのサバイバルゲームなのよ。」
その発言でボクはやっとこの"転移型ゲーム"の意味が分かったような気がした。
遠くの空のほうで、まるでボクらのこのゲームの開始を祝福するかのような、鐘の音が大きく鳴り響いたそんな気がした。