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変なことを思い出した。朝起きると、ぼくは大きな部屋の中に取り残されていたんだ。周りには誰もいなかった。何回も叫んだのに人の気配すらしない。あの、感覚。世界に一人だけ取り残されたような気がして急いで部屋の外に出て、それから玄関で靴も履かずに必死で庭に出た。
ぼくには本当に世界に取り残されて一人ぼっちになってしまったように思えた。まるで、何者からも見放されたような感じ。
そこでやっと、もう何もかもやけになって、不安に押しつぶされてしまって、大声で泣き叫ぶんだ。
ぼくはあの時の、自分をコントロールできない感覚を未だに覚えている。泣き止もうたって全然止まらないんだから。まるで自分の感情を支配しているのは自分じゃないみたいな、あの気持ち悪さったら、どうにも苦手でね。そんなこともぼくが感情に蓋をした原因の一端と言えるのかも。
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さて、ここからは本当に希望の話。まずはぼくの人間観がニュートラルになったきっかけについて。一言でいえばそれはご期待通り(なのかな?)芸術なのだけれど、ぼくの場合初めてぶつかったのは十四歳の時だった。
テレビを見ていたら偶々クラシック音楽の演奏会の場面が映し出された。忘れもしないモーツァルトのピアノ協奏曲二十四番。指揮者はアンドレ・プレヴィン。
当時は初老の英国紳士と言った風で(もうすっかりおじいちゃんになってしまわれた)、彼が指揮をしながらピアノまで演奏していた。
ぼくは弾き振りというスタイルを知らなかったので、その時点で興味を惹かれたのだけれど、その演奏はぼくの心にジャストフィットした。というか、アンドレ・プレヴィンその人に魅了されてしまったのだ。
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それまでにクラシック音楽を真剣に聴いたことはなかったけれど、彼の演奏はぼくの中で完璧だった。物語の始まる一章。まどろみの二章。そして劇的なクライマックスに向かう三章。左手で演奏を続けながら右手で指揮を執る。その最中、突然、彼ははっきりと微笑みの表情を浮かべた。ぼくはその光景に衝撃を受けた。彼は一体、何に対してあの微笑みを向けたんだろう?
ぼくにはそれが、その時の音楽、あるいは奏者に限って向けられたのではないような気がした。彼は彼自身の人生を飛び越えて、全人類の人生に微笑みを向けているような気がした。それはどのような人間をも肯定している微笑みだった。そして、ぼくが嫌いだったこの世界を丸ごと肯定しているような微笑みだった。それは直感的な閃きだ。
そして再び考える。このような人間もいるのだ!一生を美しいもの、芸術に捧げる人間もいる。そしてぼくの中で彼ら芸術家は人を殺す人間と対になる存在として位置を占めた。それが希望になった。
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もちろん芸術家が全て善であるということではないのかもしれない。また殺人者を悪に直結させるのも思考停止と言えるだろう。ただ、ぼくの中で一生を芸術に捧げる人間がいるということは、この世界を生きていく上での、明確に形のある希望になった。
ぼくは後に、J・D・サリンジャーとチェーホフの映った幾枚かの写真の中にも、同様の微笑みを発見することになる。さらにはゴッホが晩年に近い年に、弟のテオに子どもの誕生祝いということで送った『花咲くアーモンドの枝』という絵画の中にも、彼らの微笑みに共通する、世界を肯定する力というものを感じる。(それにしても精神が錯乱していく中でゴッホは、あんなにも美しいものをどうやって見出すことができたんだろうか?)
だから、中学生の時に、人間社会の中で生きていくのか、それとも関わりを捨てて一人で生きていくのか(方法はわからないが恐らく山奥で暮らすのだろう)という決断を自分に迫った時に、ぼくは前者を選択することができた。色々な人間がいるという可能性自体が、そのまま希望に成り代わったのだ。
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観念的な話ではなく、現実的な話に戻ると、中学校に入学してから一年間休んだ後で、ぼくは不登校児童の集まる特別なクラスに通うようになった。
そこでは発達障害を抱えた生徒や、精神的な不調から通常クラスに行けなくなった生徒がいた。ぼくもその中の一人になったんだ。不思議な気持ちだった。そこは居心地が悪いわけではなかったけれど、そうかといってしっくりくるわけでもなかった。
ただ子どもたちにもそのような避難所は必要だったということだ。どうにも神経をすり減らしてしまうあの年代の子どもたちには。
ぼくをそのような場所に連れ出してくれた恩師には今でも頭が上がらない。ぼくの家の電話が鳴る。驚きながら電話に出る。女性の声がする。彼女はぼくに語りかける。
「もし君とお話できるなら、私は嬉しいのだけれど」
彼女は学校児童に対するケースワーカーだった。お役所仕事ではあるが、彼女の性格は実にさばけていた。内臓を見せることも厭わないという風だった。その上で、年の功と言うべきか、要するに控えめに振る舞うことも経験上身に付けているようだった。
彼女はぼくにするすると近づき、家まで訪ねて来るようになった。両親にも彼女の計画は織り込み済みだった。
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彼女は家庭訪問を重ね、本来学校で習うはずだった勉強をぼくに教えてくれた。ぼくはパジャマのような恰好で彼女の前に出ていたのではないだろうか。警戒心を解くまでにそんなに時間はかからなかった。おそらく、彼女には一人前の「耳」が備わっていたのだと思う。だから、ぼくの話はきちんと伝わったし、彼女の話もぼくには理解できた。良識のある大人第一号(その時のぼくには親のありがたみがよくわかっていなかった)。
両親には話せない他愛のないことも彼女とはよく話をした。それから、彼女の目的はぼくを学校に再び通わせるというところにあるのだから、彼女は一歩ずつそちらにぼくを導こうとした。