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長い休暇  作者: 宮ノ木 渡
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 言ってみればぼくは幼き哲学者というところだろうか。頭の中で思考だけが目まぐるしく回り、勝手にフラストレーションが溜まっていく。

 ぼくはただの葦になるべきだったんだ。人間になんてとてもじゃないけど、生まれるべきじゃなかった。


   * * * 


 ぼくの世界に対する不信感は恐らく十代の前半に最高潮を迎えていた。こんな世界を生きていかなければならないのか。

 しかし、なぜ?どうせ死んでしまうんじゃないのか?自殺についてふと母に訊ねたことがあった。母はぼくの隣を歩きながら言葉を聴くと立ち止まった。それから目線の高さを合わせるようにして屈み真っ直ぐにぼくの目を見て言った。


「いい?自殺をしてはいけないの。私たちは生きていかなければいけないの」


 ぼくは、その時の母の迫力に押されて、それ以上何も言えなかった。それ以上何も言ってはいけないのだということを悟ったからだ。

 でも、じゃあなぜ?どうせ結局は死ぬんだ、そればかり考えていた。結果は同じではないのかと。


   * * *


 暗い話は好きじゃないんだ。ぼくは今では、だいぶ明るい性格になった(本当かな?)。希望の話をしよう。人は希望がなくっちゃ生きていけない。そういう人間もいるということだ。

 

学校に行かずにぼくは小学校を長い時でいっぺんに半年ぐらいは休んでいた(他にも長短の休暇が度々繰り返された)。

 ぼくのサボり癖はそのころから付いたのかもしれない。まぁ長い人生に息抜きは必要なことだろう。それで、休暇中に家の中で何をしていたんだ?


 いくつか記憶がある。


1 夕方のニュースを眺める、物騒な事件が飽きもせず毎日のように起こっていた

2 エアロバイクに跨って一生懸命漕いでいる

3 深夜、ランダムに流れる映画、そして白々しいショッピング番組

4 早朝、家族が起きるころに顔を合わせないように就寝


 ぼくはどうやら相当な不良生活を送っていたみたいだ。こんな小学生が世の中にいるものだろうか?健康維持に一役買ってくれたエアロバイクを除いて、ぼくの精神に最も大きな作用を及ぼしたのは繰り返されるニュース番組だった。

 ぼくは日中、人目を盗んで家の中に隠れていた。郵便配達人に怯え、突然の電話に恐怖した。全てを無視して、日々を過ごした。母が仕事から帰宅するのはちょうど夕方六時頃だったから、それまでぼくは布団に潜り込み、横になってニュース番組を見ていた。

 繰り返される殺人、殺人、殺人。当時のぼくはやはり状況がよくわかっていなかったのだけれど、それらの知らせは結局、人間は人を殺せるのだという事実(そしてそれは頻繁に起こっている)をぼくに突き付けただけだった。

 こんな世界に生きる価値があるのだろうか?という疑問が自然に湧いてくるほどに一人で絶望していた。母が帰宅するまでに一連のニュースをぼくは胸の中にしまい込んだ。誰にも言えるわけがない。それは毎日繰り返された。


   * * *


 今思えば、ぼくの人間像というのはかなり偏っていたのだ。先に来た情報があまりに好感の持てるものではなかったがために、人間の悪い面が際立ってしまっていた。

 例えばナチスドイツがユダヤ人を大量虐殺をした事実はぼくの頭をクエッションで埋め尽くした。人間不信といえば不思議がられるけど、何の疑いも無しに人間を信頼することなんて、とてもじゃないが出来っこなかった。正に「あり得ない!」といった感じ。

 

   * * * 


 小学校も卒業だ。ぼくは中学校で着る予定の制服を身に付けて、堂々した態度で卒業式に出席した。なぜか卒業式だけはきちんと出席した(本当に)。それから中学校に入学してからちょうど一週間を経て、ぼくは完全に社会に蓋をしてしまう。要は新しい環境に適応できなかったのだ。

 彼ら(というのは一週間だけを共に過ごしたクラスメート)はぼくを睨みつけ、時には友好の意を示したが、ぼくは彼らの張り出すような神経に全くやられてしまった。今考えても、あんな多感な時期の子どもたちを一か所に詰め込むなんて気が狂っているんじゃないかと思う。

 ぼくは彼らのことを何も知らなかったけれど、彼らの苛立ちのようなものにぐしゃりと押し潰されてしまった。ちょうど海に沈んだ缶が水圧に耐えられずに潰れてしまうように。一刻も早く逃げ出さなくてはならなかった。そうして、再び、ぼくは孤独を選ぶことになる。この休暇は一年間続いた(記録は大幅に更新された)。


   * * *


 その後すぐにぼくに対する不可侵条約が両親との間に結ばれた。一年経ったらどのような形であれ、そこから出るというのがその時の約束だった。

 不良生活が再び始まり、ぼくは健やかに成長していくことになる。健やかにね。





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