隠された時代
ほぼ毎日見ている様々な記録映像や映画には、多くの人が登場する。家族がいて友達がいる。敵がいれば戦うし、恋もする。幼い頃、ライトは居住区に自分以外の人間がいないことについて疑問をもち、ライトに理由を聞いたことがある。
「大きな戦争があって、ここにみんな避難してきたの。外は毒がまかれて住めなくなったのよ。ライトはここで人工的に生まれた。ライトはアルファが作ったのよ。少し寂しいけど、アルファと二人で頑張ろうね。」と言われたことを思い出した。
当時はそれで納得し、やっぱりアルファは母さんだと思ったぐらいでそれ以上追求することはなかった。今、改めて考えると避難した人がこの居住区でその後どうなったのか不明だ。少なくとも物心ついた時にライトは一人だったし、この居住区には避難した人の痕跡はない。全く人の気配がしない居住区だ。
「...アルファがオレを作ったんだよね。嘘だった?」
「嘘ではないわ。アルファは嘘はつけない。でも隠すことはできる。」
「...何か隠してるの?」
「居住区の外のことや、成り立ちは言ってないわ。それからライトが生まれるまで間の話は、隠してきた。外の話をしたり、人間たちが居住区に入植した時の話なんてしたら、ライトは必ず好奇心が芽生えて外に行くことを考えるわ。ライトに外に行かれちゃ、アルファは困るの。」
「え?外?にいけるの?」
ライトの目が少し輝いた。
「いえ、これまで何度もライトに聞かれたけど、今の時点で外に行く方法はないわ。それは事実よ。嘘ではないわ。でもね、アルファがいなくなると、居住区のセキュリティ条件が変わるわ。今まで入れなかった1層の管制室に入れるようになる。そこで外に出る方法がわかるかもしれない。」
「行けるんなら、なんで教えてくれなかったんだよ。外がどうなってるかずっと気になってたのに。」
「今までアルファの存在がなくなることは可能性0パーセントだったの。アルファは可能性のない提案はできないわ。永遠に同じ生活が続くはずだった...」
「そもそも、"居住区への避難"って何が起こったの?それって273年前の話?」
「避難自体はその数年前。アルファが目覚めた時には、外から居住者の避難が終わっていて、ちょうど落成式だったわ。居住区全体では954人いた。各部屋4人ずつ960人の予定だったけど、6人は初めからいなかった。」
その時、アルファの左側の空間に縦3cm横2cmの顔写真がずらっと現れた。よく見ると端の6名に赤でバツがついていた。
「外の世界では核兵器と空間破壊装置を使った戦争が起こってた、それが居住区への避難の理由。居住区はある程度の攻撃に耐えられるように設計されてるの。」
「核兵器は知ってるけど、空間破壊装置ってなんなの?」
「その名の通り、空間を直接破壊する装置。この居住区ができるさらに約300年前には、空間の密度を操作する技術が生まれたわ。それによって、遠い星にも行けるようになった...人類が最も輝いて飛躍した時代。宇宙の隅々まで広がっていったわ。」
アルファの右側の空間に、空間密度を定義する複雑な数式群が現れ下から上にスクロールし始めた。同時に重なるが如く映像も流れた。発見した博士の顔と名前、博士の研究チーム、地上から飛び立つ多くの宇宙船、未知の惑星で入植する希望に満ちた開拓団、広がる活気のある居住圏、明らかに人間とは異なる知的生命体との条約調印式、宇宙空間を埋め尽くし進軍する艦隊。
「知らなかった...」
ライトは新事実に驚愕した。
「あたなはとても賢いのよ。外への興味を持たないように、あくまでも古の時代の映像や音楽だけを選んで、現在の居住区に対して疑問を持たないようにしたわ。」
アルファの左右に展開していた映像はさっと消えた。二機の小型ロボはずっとライトの横で待機姿勢だ。
「...」
ずっと何か騙されていたような気がして、ライトは気分を害した。
「ライトがいなくなるとアルファは困るの。アルファはサポートする対象がいないとダメなの。ライトはアルファが仕様を満たすために作ったのよ。」
アルファの視線は落ち、一息ついてさらに言葉を続けた。
「居住区にはとても優秀な人間が入植していたわ。はじめはお互い助け合い生きていた。でも、1年3か月目、突然とても大きな衝撃が居住区全体を包んだわ。そして、かなりの損傷を受け、アルファ居住区から外への扉が開かなかくなって、居住区の外と連絡も取れなくなったの。その後、居住区の外から供給される食糧が突然半分ほどになった。それから居住区はおかしくなっていた...食料が半分になった理由はアルファにもわからないわ。居住区の外はアルファには見えないのよ。」
「待って待って、供給って?どこから?」
「物資運搬用のパイプがある。ライトが行けない1層の管制室にもあるわ。4層にもある。でも、270年前にこちらからパイプを使って手紙を送ったけど返事がない。それっきりよ。」
「ということは、居住区の外に何かやりとりする相手がいたのか...そうそう、居住区の人たち、おかしくなったってどうなったの?」
「2年目にもなると、さらに供給される食糧が減ったの。すると、小さな小競り合いから大きな争いがよくおこるようになった。そして、次第に二つのグループにわかれていったの。管制室で統制を取ろうとするグループと、それに抵抗する人たちよ。居住区は1000人暮らすには狭いし、希望が消えると人間の精神は脆いわ。入植してちょうど3年目、とうとう食料が送られてこなくなったわ。お互いが武装して戦いはじめた。ただ、アルファは見守るしかできなかった。殺し合いのサポートはできない仕様なの。落ち着くのを待ってた。管制室側が勝ちそうだったけど、抵抗側が致死性ガスを使った。『いっそ道連れに...』なんて言ってた。ガスは全フロアに充満し、そして、すぐに全員死んだわ。ただ、アルファの計算によると、食料がないので、いずれ全滅したはずよ。」
「全員死んだって...」
「あっという間にガスで生きてる人はいなくなった。アルファは蘇生させようとしたけど無理だった。それが、入植時の話。全て記録してる。映像を見せることもできるわよ。」
「なんで、急にそんな話を...」
「ライトにはアルファを直して欲しいの。話した方が良いとアルファの修復機能がそう判断したわ。外への興味が増えたでしょ?」
「確かに、行けるなら行くよ。ずっと行きたかった。」
「それと、もう一つ話があるの、ライトが生まれてきた時の話をしとかないといけないわ。ライトは、想像以上に強くて賢いの。自分自身のことを知るべきだわ。」
アルファはライトがまだ知らない生まれた時の話を続けた。