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失望と契約とスタートライン



U.K.と言い争いをしていたら、少女Aが怯えを含んだ表情で俺を見ていた。



「……随分独り言がひどいようじゃが、大丈夫なのかの? 」


「あ、ああ。大丈夫だ。ちょっと空から神様モドキの声が聞こえてきただけだ」


あ、しまった。余計な事言ってしまった。やはりと言わんばかりにヤバイ奴を見るような視線になっている。


『ざまあみるのじゃ』


もしもお前が本当にラスボスなら今ここで殺してやろうか……? 最初の町から隣は魔王城ってなあ。ご近所付き合いは大事だよな、そう思うだろ。


『ごめんなさい』


そういう所がラスボスっぽくないんだよなあ。



「先程は聞きそびれてしまったのじゃが、お主は本当は一体何なのじゃ? レベルが999じゃったというのも、信じられぬ。そのようなレベルがあったというのも初めて聞いたのじゃ。元より、レベルは99が上限じゃと聞いておったからの……」





今まで気づかなかったが、呟く彼女の身体は小刻みに震えている。当たり前だろう。命を奪われる寸前まで行っていたのだから。たぶん、俺が怖いからではないと信じたい。




「怖かったのか? 」


「ふ、ふふ。ふふふ。怖かったか……なんての。そのような事を聞かれたのは久しぶりじゃ」



彼女の足は未だ立つことを困難にしていた。




「死ぬという事は覚悟できていたつもりじゃった。それが如何に恐ろしい物かもわかっておったつもりじゃった。妾自身戦場自体は何度も味わったからの。じゃが、死にそうになるという事は経験が無かった。―――怖かった。怖かったのじゃ。妾の意志は残るのか、妾は何処に行くのか。もう二度と笑う事は出来ないのか。色んな思いがよぎったのじゃ。……ここまで、怖かったとは、思わなかったのじゃ」




ぽたり、ぽたりと地面が濡れていく。空は未だ紅い。雨など知らぬと言わんばかりに。決して流れ落ちぬ煙だけが空を飛んでいた。




「怖かったのじゃ。……こんなにもっ、何も出来ぬという事が怖いとはッ……」




少女は抱き着いてくる。掴まれた所が少しだけ汚れた。決して綺麗だけではない色だ。



「暴力にも、後悔にも、何にも妾は勝てなかった……」


「そんなもんだろ」


「え……? 」


「恐怖や寂寥から逃れられる奴なんてのはいない。覚悟や使命で誤魔化せる奴はいてもな」


「わらわはッ! 魔王として覚悟してなければ」


「魔王以前にお前は一人の女の子だろ」


「…………ふぇ? 」


「大丈夫だ。次からは俺が守ってやる。死ぬ覚悟なんて一生させてやるかよ」











という事になっただろう。このまま俺が余計な事を言わなければ。




涙を流し俺に抱き着いてきた少女を見ながら、俺は―――溜息を尽く。ああ、クソ。余計だ。本当に蛇足で、いらない。甘々でデレデレで簡単なルートを捨てるなんて。



だけど俺はそんなものに興味はない。



「いい加減、その芝居をするのはやめろよ」


「…………え? 」


「俺が白馬に乗った王子様なのは否定しないけどな。流石に感情のこもってない泣き方されて明け透けな好意を見せられても嬉しくないんだよ。こっちは」


「そ、そんな事はない。お主には感謝しておるし。何より、その」


「媚びへつらうのが悪いとは言わないけどな。ただ、気持ち悪いからやめろ」




俺は見上げて来る彼女を身体から引きはがす。そこには拒絶された戸惑いよりも、何かに対する驚きが現れていた。



「ど、どうして……? 」


「媚びるなら薄っぺらく媚びるな。やるなら全力で俺以外考えないくらいにやれ」




少女は凛と伸びた眉を顰める。それはまるでお遊戯だと言われ不愉快になったそのものだ。




「……いつから、気づいてたのかの? 」



「最初からっていうと嘘になるが、極めつけはさっき尻を揉んだ時かな。反応自体は生娘そのものだった。まるで俺の好みがわかってるみたいにな」



それにあの隠しきれない侮蔑の視線。失望と失意と色々混ざって悲しさに転じていた。大方、夢物語から覚めたシンデレラみたいな心境だったのかもな。



「………」


「――お前、俺みたいなタイプ嫌いだろ」


「…………へえ、良く分かったのじゃ」




どうやら隠す事はやめたらしい。距離を取り木々にもたれかける。



「そうじゃ。妾はお主みたいな人が嫌いじゃ。弱者をとっかえひっかえ玩具みたいに扱う、下種そのものじゃ。スクラダを殺した時も一重に慈悲をかけてやるべきなのに、お主は嬲った。嬲るだけならまだしも、彼奴のプライドを圧し折りながら遊んでおった。ありえぬじゃろう。それほどまで実力差があるのなら……。一瞬でも王子様と思った私が、馬鹿じゃった。……勝手じゃよ、勝手も勝手。ヒーローは現れてくれるのじゃって思って期待して、現実から逃げただけの阿保うな王じゃ」



視線はこの世界を照らす月へと向かう。



「じゃが、その力はきっと魔族達を救い戦争を終わらせてくれるじゃろう。それほどじゃった。……それならば、切れるカードは何じゃ? 金銀財宝? 今の妾は持ち合わせてなどおらぬ。ただ、父様から頂いたこの身体だけ」



そこで俺を見据える。翡翠のようにほんのり溶けて淡い緑の両目はしかと俺を捉えていた。



「体を渡すなら、下種だろうと変わらぬのじゃ。裏切れぬよう、契約の魔法を掛けて。妾は一生お主の前では程の良い弱者でおろうとした」



その言葉通りきっと彼女は俺に最初からデレデレになった優しく少し間の抜けた奴隷となってくれただろう。


俺は気分良く彼女の言葉や願いに付き従い、一喜一憂して幸せになれただろう。


それがニセモノとは言わない。有り得た未来。ただ俺はそんなものよりも遥かに望んだ物があった。




「それを俺に教えていいのか? 」


「妾の邪な考えが読めておったのなら、どうせ何をしようと無駄じゃろう。お主に牙を向けて敵意を剥き出しにする妾をただで済ます訳が無いじゃろ? 妾はお主のような奴とは相容れぬ。お主がやらねば妾がやる。……さあ、やるのじゃ。妾の負けじゃよ。スクラダのように妾の全てを引き出させて殺すのか? それも良かろう。犯して殺すのも洗脳するのもなんでもやるといい」



それは先程アンナから向けられていた絶望と同じモノだった。ただ違ったのは少女の細くて白い腕は細かく震え、覚悟に打ち震える両の瞳は決して濁りまいと銀の月を彩っている。そこには死への恐怖を克服せんと打ち震え鼓舞している力が。



銀の髪が靡く。土塗れになり血が所々こべりついた決して澄んではいないモノが。



穢れを知らない。純真だが無垢ではない魂がそこにあった。






「―――魔王アニェラ・サリー。一つ問おう」



俺は初めて、彼女の名を呼ぶ。



少女は驚き、決して警戒を解かないまま答える。



「なんじゃ。元勇者の我妻悠斗よ」



彼女も、初めて俺の名前を返す。



「お前は何を望むんだ」



その言葉に魔王は少しだけ息を呑む。



「お主……」


「答えろ」



彼女はほんのり入れていた力を抜いて、蛍のように仄かに笑った。



「………。そうじゃな。もしもやれるならば、妾は統合しよう。世界を一つに纏め上げ国を作る。種族なぞ関係なく誰もが幸せになる世界を」


「復讐しないのか? 魔族が一番だと示さないのか? 」


「復讐したくないと言えば嘘になる。父様や同族を殺した奴らを許したいと思えぬ。じゃがそれだけじゃ。間抜けで世間知らずで小心者の妾には、たぶん無理じゃ。それに妾は過去に決別を付けるよりもやらなければならない事があるのだ。それが、妾からの唯一の手向けになるから」



戯言だ。夢だ虚言だ妄想だ。




「ク、く、ククク、ハハハハハッハハハハハハッ! 」



だけどそれくらいが面白い。



「―――お前の契約魔法を受けてやるよ」


「な、何じゃと? 」


「ただし、俺からも一つお前に宣言しとく」


俺は少女の顎に手を置いて上げる。前前世では顎クイと言われるポーズになった。



「必ず俺を好きになって貰う。魔法や契約なんかで縛られた物じゃなくて。心の底から他の女に嫉妬するくらい大好きになって貰う」


「……残念じゃが妾はお主の事なんて一切合切好きになどならぬ」



好意しか感じ取れなかった柔らかな銀の瞳は、決して受け入れず拒絶する雪の色へと変わっていた。



だから面白いんだろ。思い通りにしかならない世界なんてつまんないしな。









「と、ところで、妾の契約の魔法を受けるって事は。妾と、その、体を重ねるのかの? 」


俺の手をどけ少しだけそっぽを向きながら恥ずかしそうに言うアニェラ。



いや、……そういう意味じゃないんだけど。しかも自分で言っておいて恥ずかしそうにするのやめろや。なんでいざそういう事になったら照れるんだよ。もしかして演技は演技でも素の部分はあったのか?


『儂の子孫じゃしのう』


空気読んで黙ってるなら最後まで黙っとけ。


『残念じゃが儂はネンネじゃありませーん』


永久に寝ンネはしたいらしいな。見えはしないがべろべろべーと煽ってくるカスにありったけの魔法をプレゼントしてやろう。


『ぶぎゃらッ』


とんでもない声が聞こえた気がするが、無視して俺は切り出した。


「これからどうするんだ? まさか今から魔王城に戻って同族を助けに行くのか? 」


「……お主は、本当に底意地が悪い。性根が腐っておる。ここで妾が助けに戻ったところで、何もないじゃろうよ。生き延びているかもしれない魔族を助けにいくのは美談じゃが、そ奴らを護れるだけの力は妾には無い。このまま妾は死んだ扱いになっておった方が動きやすいじゃろう。お主だけが強くとも、どうにもならぬ。それを分かっていながら聞いてくるとは」


ふむ。考え足らずだが考えてはいない訳ではないらしい。


「当初の予定では宗教国家サハリスに向かおうと思っておったのじゃが、それも無理じゃろう」


「どうしてだ? 」


「………? お主、何故そんな事を聞いてくるのじゃ? サハリスが掲げる宗教は人族至上主義で有名じゃぞ」


げ、思わず素で返事をしてしまった。異世界転移してきたばかりだからこの世界の事を知らないなんて言えるわけが無い。ただでさえこっちは好感度最低クラスから始まってるんだ。


『別にいいと思うがのう』


「ははは、そうだったそうだった」


「変な奴じゃのう。……同族の手引きがあればあるいはと思ったが、それもスクラダが関与しておったものじゃしのう」


「思いっきり罠じゃねえか! 」


「じゃからサハリスは無理じゃと言って居るのじゃ。そこに向かうための転移道具も行先は固定化されておるしのう。……となると当面は金銭をどうにかせねばならぬが」


転移魔法は使えないのか? と聞いてみようと思ったがやめた。使えないからこそ道具に頼ってるのだろう。それを聞いてしまったら増々怪しまれるに決まってる。


「とりあえずは一番近くにある町に行こうと思うのじゃ」


「おい」


「どうしたのじゃ? 」


「一番近くって、魔王城の一番近くだと? 魔物がうろついてる魔王城の近くにある町だと??? 頭大丈夫か? 」


「大丈夫じゃ。妾は人族に手を掛けぬようにしておったし、その町は魔族とかに慣れておる」


「いや、いやいやいやいや。そういう問題じゃねえだろ。普通魔王城から一番近いってどう考えてもそこ制圧されてるだろ。魔族と仲がいいって時点でアウトだろ。人族アウトセーフのモロアウト。ツーアウト満塁の状態から捨てに行くのかお前は?? 」


「何を言って居るのか分からぬが、制圧されているかという点においては大丈夫じゃ」



アニェはしたりと笑う。



「なんせその町は"エルフ"御用達の町じゃしのう」



『というか、お主キャラ変わっておらぬか? 何で正義キャラみたいになってるのじゃ? 』

「きゃらづくり、というのは大事じゃろ」

『既に一人称以外儂と被っておるのじゃが……』

「妾はお主ほど泣き方は酷くない」

『……どうかのうー』

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