絶対聖域箱庭ユグドラシル
やっとの思いで木漏れ日だけが差し込む森を抜けて、太陽の光が満遍なく入るエルフの里へと辿り着いた。
「其処を動かないで頂きたい」
案の定俺達は(気絶している奴を二名ほど抱えたままという良く分からない状態で)門前にて武器を向けられる事となった。U.K.がこれを見ていたら『当たり前なんだよなぁ……』と普段らしからぬ真面目な事を言っていたに違いない。
最初は二名ほどの門番だったが、やがては報告に有った結界破りの犯人だとしてると大量の武装したエルフが出てきた。まず最初に背中におぶっているエンリエッタが里の中へと運ばれていくのと入れ替わるように、勇者アンナがやって来る。けれどもその身体はなぜか拘束されていない。
「アンナ殿。こちらの方々が今回の主犯ですね」
「うむ、嗚呼。そうだ」
「おい」
「喋るな貴様。どの口が『エルフの結界はこうして入る』と言っていたんだ? 思い切り破壊したらしいじゃないか! てっきり加護を使って勝手に入ったから捕まったのかと私は思っていたんだぞ!? 」
「仕方が無かっただろ。急いでいたんだから」
「本当に本当か? 面倒くさくなったから壊したとかではなくて……? 」
「嘘を言う訳がない。俺達は真の仲間だろ」
実は厳密に言うと俺が持っているのは『精霊加護』ではなく『精母加護』だった為、入るのに手間取りそうだったのだ。待つのもどうかと思ったのでさっさと破壊して入ってしまった。
その事を知らないアンナはこちらに懐疑的な視線を向けて来る。
「仲間……? 」
走馬灯のようによみがえるアンナとの日々。最初に出会った時には投げ飛ばして、次に会ったときは泣かせて、お山を二つ観察して。……あれ? 俺すくなくともアンナに一つとしてまともな信頼を持たれていないんじゃね?
「信じられない」
「ま、待ってくれ。悠斗は御覧のとおり屑じゃが、こと人助けに於いては間違った事はせぬ」
このままだとマズいと思ったのか、仇ともとれるアニェラが弁護に入った。これにはアンナも思い当たる節があったのか少し眉を顰める。
「……むう。確かにそうかもしれない。私の早計だった」
お前との友情ゴッコは楽しかったぜェェエエッ! アンナァァァ!
「兵長よ。この下種笑いを必死に隠そうとしているコイツ以外は大丈夫だ」
そう言って俺の方を指してきた。
「ふぇ? 」
「いえ、その……しかし。このお方もどうやらお仲間様とお見受けし」
途中までその場で最も偉そうな服装をしている兵長と呼ばれたエルフが喋ろうとした所、アンナが魔物を殺す時のような紅いながらも冷たい視線を向けて来る。
「ひ」
「……」
射殺さんと云わんばかりの眼力に、一歩二歩と下がる兵長。そのリアクションが大層気に入ったらしく、アンナはすぐさま柔和な笑顔へと切り替えた。
「冗談だ冗談。あれだけなら良かったんだが、昨日の騒ぎの分の迷惑料もあるからな」
こちらに一瞥してきたので俺は咄嗟に逸らして口笛を吹いた。それはエンリエッタとリーゼが騒いだ時に、ギルドの方から俺達に容疑が掛かってしまっていたのだ。アンナがいたから事なきを得たものの、厳重注意を受けてしまった。
そういう意味ではアンナには頭が上がらない。彼女がいなければ色々と不便をしていた事だろう。
「取り敢えず、お客様方はこちらへいらしてください。ここで立ち話を為さるのもなんですので」
取り囲んでいた兵士達を解散させながら、兵長が先へと歩き始めた。それに倣って俺達も歩き始める。その際にアニェラが担いでいた少女を俺が代わりに担ごうとする。
「手を出したらタダではおかぬぞ」
今までで一番阿修羅のような表情で渡してきた。
巨大な傘、或いは巨大なキノコ雲とでも言った方がいいだろうか。エルフの里の中心部には空を覆いつくす程の樹木が存在していた。太陽全てを隠してしまいそうなくらいに育ち切った枝からは、隙間一つをとっても十分なほどの日光が洩れている。そんな空模様とは対照的に地を這う根は半分以上は隠れているのだろうか、生活基盤に及ぼす程表面化しているようには見えない。
「どうですか、我らがユグドラシルは」
誰しもが見上げていたからだろうか。いや、どちらかといえば訪れるモノ全てが同じ反応をするのだろう。先頭する兵長は誇らしげに語り始めた。
「生まれる赤子はあの大樹を見て育ち、足を休める時もまた温かく眠りを誘ってくれます。悠久を遥か長く生きる私達エルフですら、齢を知る事は出来ていません。それほど長い時間私達を見守り、また恵みを分け与えて生きています。その事に感謝し、又畏敬と尊敬の念を込めて『ユグドラシルの森』と呼ばせていただいているのです」
「母上もよく訪れておったらしいな」
「えぇ、クララ様もよくここにいらっしゃっておりました。当時クララ様はよくエルフの子供へ色々な事を恵んだり、遊んでおられました。……かくいう自分もその、遊んで頂いた子供の一人だったのですが。陽気姫、その名を違わず朗らかで優しいお方でした。魔王様はよくクララ様に御姿が似ておられます」
「世辞はよすのじゃ。そも、妾は母上の美しさには叶わぬと思っておる」
「御謙遜を」
陽気姫? クララ様? 聞いた事のないフレーズが並ぶ。
「"陽気姫"クララ・サリー。魔王アニェラ・サリーの母親だ」
隣で歩いていたアンナが話し掛けてきた。
「才色兼備、天真爛漫。魔族でありながら、人族や魔族を問わず人望のあった女性だ。彼女はそういった種族の枠組みを越え、非暴力による平和を唱えていたらしい」
「ふうん。いいじゃねえか」
「実際その通りどの国も揃って和睦による事実上の平和は出来そうになっていたらしい。例えそれが仮初によるものだとしても、それを成すのは簡単ではないからな。けれど……」
「けれど? 」
ここでアンナは近寄ってきて、更に小さな声で囁いて来た。
「――前勇者に殺されたらしい」
「………」
「そしてそれを受けた前魔王はこれまで和平への姿勢を一転させ、全世界へ向けて苛烈な暴力による統治を狙ったようだ」
「それも、前の勇者と相打ちする形で叶わなかったがの」
気が付けば、アニェラも会話へと入っていた。
「愚かにも妾の父は本気でそれを行おうとしておったようじゃしの。自業自得じゃ」
「魔王アニェラ。貴方がどう思おうと勝手だろうが、自身の肉親の事を悪く言うな」
「……! むう、勇者アンナよ。それこそ余計なお節介じゃ。家庭の問題に首を突っ込むでない」
お互い紅い視線と雪の視線を交差させ、口々に悪態をつく。以前ならアンナの方が更に苛烈な憎悪を込めていたが、むしろ今では友人を気遣うような声色にアニェラの方が逆に戸惑いを隠せていなかった。
「………お前らさ。そのわざわざ名称付けて喋るのやめないか? 普通に下の名前で呼ぶなりしろよ」
「妾に、こやつを呼び捨てにしろと? 」
「ふむ。いや、悠斗殿の言う通りだな。私としても魔王という前略を付けるのは些か面倒になってきていた所だ」
「前略の意味合いが違うわ! ふん。―――して、アンナよ。お主の用件は大体予想は付くが、リーゼは未だ倒れておらぬぞ。むしろつい先刻エンリエッタと共にいた時がある意味ラストチャンスであったかもしれぬ。奴の所在や目的はついぞ知る事は出来なかったしの」
「……そうか」
「今からでも追わずに良かったのかの? お主が欲しいのは合否であった筈じゃろ。友人を助けると、そう豪語し息巻いていたではないか」
「確かにその思いは変わらない。が、ここで闇雲に動き回っても私の感情は満たされるだけだ。其れに、そのリーゼがわざわざ魔法を掛けてしまうほど固執する友達なら。私という異物ほど許せない物はないだろう」
達観したように話すアンナに、アニェラはいよいよもって困惑し始めた。
「む、むうう。お主、やはり昨日とまるで違うではないか。妾に対しての悪意も決意も微塵にも感じられぬ」
「いいやアニェラ。私は根本的には変わっていない。今すぐにでも追いかけてやりたいと思っているし、魔王であるアニェラを討ち滅ぼそうというのは必ずやり遂げる」
「ほう、妾をか? 」
「ああ。……その為には、まずは世界が平和になるように尽力せねばならないがな」
「―――。ああ、もしも世界から戦いが無くなったのならその時こそ殺し合おうぞ」
唇で月を描き、凶悪に笑うアニェラ。その表情は何処か嬉しそうにも思えた。




