森の果てで戦う男YU-TO
心の機微を見られたたくが無い為に、俺はエンリエッタを背負いながら森の中を歩いていた。そのすぐ後ろからアニェラが難儀そうに付いてきている。曰く、魔力がすっからかんになってしまった上にとんでもない程の負荷を身体が感じているらしい。
ジェラシーによって天上天下すらも熟練度レベルを吸い取られた俺は、覚えたての頃のようにパッシブスキルが不安定になっていた。そのお蔭でリーゼの不意打ちにも即座に回復出来ず、アニェラの電撃で気絶をしてしまった。
だがまあ、それくらいのハンデがあった方が面白い。1からまた上げなおすのも楽しいからな。それに俺には『龍神加護』も『精母加護』も『魔神加護』もある。慢心はするが油断はするつもりはない。
「ところでお主、結界を破って回廊まで来たと言っておったが」
「ああ、とりあえず邪魔だったから全部ぶっ壊してきた」
「……はあ。妾達どう取り繕うと犯罪者ではないか。こんな所で足止めを喰らっている場合ではないのに」
「それに関しては大丈夫だ。入口らへんで証人代わりにアンナを置いてきた」
当の本人は『なあッ!? 』と予想外そうな顔をしていたが、『任せた! 』と心を込めて言ったらすぐに凛々しい顔をして返事をしたので後腐れは残らないだろう。きっと俺に任せて先に行け的なシチュエーションに心躍ったなアイツ。
「人質というのではないのか……それ」
「そうともいう」
「お主の場合そうとしか言わぬわ」
「心配はない。アイツは曲がりなりにも名の知れた勇者だ。適当に扱われる事は無いだろ」
「むぅ、まぁ、そうじゃが」
もしもそれで捕まったりして困っていたりしたら、恩を売りに行けばいい。ある意味自作自演だがそれで鯛が釣れるのなら喜んでやろう。そう考えて思わず口元が緩み、アニェラが訝し気に眉毛を顰めた後に得心がいったのか溜息を尽いた。
『――幸せの極致と言った所かのう』
だからこそ、唐突に脳へと入り込んできた笑い声が妙に印象に残った。
『どうじゃ? 異世界破壊は順調に進んでおるかの? 忙しくて経過を見られなかったからのう』
いけしゃあしゃあとそんな事を伝えて来るU.K.
どの口が、と言いたくなるのを抑える。
『かっかっか、すまんのう。代わりといったは何じゃが"アレ"がどういう物か教えてやるのじゃ』
アニェラがおかしくなった事か。
『"アレ"は洗脳や乗っ取りなんて容易い物なんかではない。思考のすり合わせを局地的に行った、一種の思考誘導じゃ』
思考誘導だと? えらく現実的だな。
『むしろその方が当たり前じゃろう。"魔法"とは夢想ではあるが、現実的な部分を色濃く残しておる。アニェラが掛かっているのはその類じゃ。そ奴が抱くのは例え自分が死んだとしても世界統一させるという強い意志。その思いを強く描いた時に赤い翼が羽ばたき、願いを叶える代わりに少しずつ変えていく。そういう呪いじゃ』
……それは、アニェラだけが発症していたのか?
『か、かかか。良い質問をするのう。答えはノーじゃ。歴代の魔王は誰もが呪われておるよ、力を求めた末に勇者に討ち滅ぼされておる』
歴代の"魔王"……。それなら最初にその呪いを掛けたのは。
『願いを叶えるのなら、力を与えた者の願いを叶えて貰うのは当たり前じゃとは思わぬか? ―――ただ儂のようであれ。単純なアルゴリズムを思考パターンに組み込ませるだけじゃ』
儂のようであれ?
いや、そういえばあの時のアニェラは「ううむ、実に長い年月であった。儂が神として崇められ、奉られ、そして葬られ、封じられて」と言っていた。という事は今のU.K.は―――。
思えばおかしな点は他にもある。あの部屋にいるべきなのは別の奴であって、間違ってもU.K.ではなかった。だがもしもU.K.は封印されて仕方が無しにあそこへと閉じ込められているのだとしたら。だからこそ血筋に呪いとして己自身を投影させる必要があったのだとしたら。
『く、くふふ。想像に任せるとは言うが、儂の言う事を全て真に受けるつもりかの』
そうだ、あくまで仮定でしかない。何を企んでいるのかは分からないが、今のところは従うしかない。
『むう。そこまで想って貰えるアニェラが羨ましいのう』
嫉妬か?
『……うーむ、いや、うむ。そうかもしれぬな』
その声色に裏を感じられない。U.K.は何処かの何時かは知らないが俺の事を知っている節がある。前世界での知り合いだろうか? 彼女のようにインパクトが良くも悪くも強い奴を忘れるわけが無い。それなら、一体どこで。
「グ。グモォオオオオオオオオオオオオオオオッ! 」
俺の思考を両断するように、突如として樹々の間から魔物が襲って来た。
「悠斗! 」
「ああ、面倒くせえ」
熊に似ながらも遥かに大きい図体のその魔物は、肉の感触を確かめるように俺の顔と同じくらいの爪を薙いでくる。
フェルディナンドを即座に抜き、右腕の中心ごと叩き落とす。弾ける血飛沫を避けながら悲鳴をあげようとする魔物の首を斬りぬいた。二言目をあげることなく絶命した魔物は重力に引かれるようにして地響きを鳴らす。
「何気に、初めて魔物と戦う所を見たかもしれぬ」
血に濡れた刀身を魔法で吹き飛ばし研磨を掛けると、遅れて戦力外となっていたアニェラが傍へと寄って来た。
「確かにそうかもしれんな」
愚者の回廊と呼ばれる特別な場所を囲うようにして存在しているこの森は、アニェラがいた魔王城周辺よりも遥かに魔力の濃度が高い。それこそ一般人が魔法を使えば扱いきれず暴走してしまうように。例えるなら気化したガソリンが蔓延しているようなものだ。
基本的に食堂でエンリエッタが言っていたように、魔力という物はどの物質に存在しているものと考えられている。だがしかしそれならば作物に存在している魔力を補給している全てはどうやって消費を行っているかというと、基本的には体外に無意識の内に排出しているからだ。それは動物に限った話ではなく、植物にも同じことが言える。それは少数であれば微々たる物だがこうして暴走を誘発するくらいに濃い魔力ともなれば、釣り合いを生む為に精霊という存在が生まれる。エンリエッタは土地の化身だと言っていたが。
そしてこの濃い魔力は、時として魔物を生み出す。本来なら生き物というものはある程度の魔力ならば所有出来るし、オーバーした場合にも発散させることが出来る。しかしそれらを超えて魔力を供給してしまった場合、何が起こるのかというと『魔物化』と呼ばれる変化だ。
魔物化した生物は元来より凶暴で攻撃的となる。何より厄介なのが変化した際に身体能力が上がるのはもちろんの事、本来使えない魔法まで使えるようになってしまう所だ。故に昨日までお世話になっていたギルドと呼ばれる斡旋所が討伐を依頼されたりするのだが。俺は表記上レベル1となってしまったので薬草採りしか出来ていなかった。ふざけろ。
魔王城周辺にいた魔物は本能的に俺へと喧嘩を売ってこなかったが、どうやらあそこよりも狂った魔物が此処には多いらしい。
ぴろぴろりーん。
★レベルが5になった。
悪趣味な音と共に、レベルアップする。どうやらここにいる魔物はそれなりに強いらしい。けれど正直カンストレベルまで上げてしまった俺からしてみれば、ステータスアップも欠伸が出る程度だ。
同じ結論に行きついたのかアニェラも祝うべきか絶妙な顔をしている。
「レベル1から5まで一気に上がったのを褒めるべきなのか、異常な力を持っているお主を敬うべきなのか」
「敬ってくれ」
「それならお主を隷属化している妾はもっと凄いのじゃが」
細く整った眉を潜め、ジト目で見て来るアニェラ。チワワが構ってと言ってるみたいで正直かわいい。
「――そんなこと言ってる場合じゃないな」
どうやら先程の轟音で、楽しいお友達がやってきたらしい。熊の魔物が大量に集まってきている。テリトリーにでも入ってしまっていたのだろうか。
「はは」
楽しくなってきた。俺はエンリエッタをアニェラへと引き渡す。そしてそのまま隠れるように指示し、一気に群れの中へと突撃した。未だ見ぬ強敵達を求めて。
今までご愛読ありがとうございました。次回作にご期待ください。
「そう都合よく終わればいいんだけ、どなッ! 」
俺は昨日見せて貰った『九つの太刀』を繰り出す。数撃を放つのではなく九つ同時に出される刃は視認した時には真っ赤な塗料を生み出した。けれど人間でなくても並大抵の魔物ならば致命傷となり得る出血量でも、膨張した筋肉を止めるには至らなかったらしい。
「ギャオォオオオオオオッ! 」
大よそ見た目だけは熊らしい魔物達は、振れば風を生み出す程の暴力を振り下ろしてくる。
「だからどうしたんだよ」
左手に握りこぶしを作り掌底の要領で、振り下ろした数だけ全て弾き返す。逆に弾き返された魔物達の腕は綺麗に弾け飛んだ。―――あのU.K.の残した呪いの方が遥かに力強かった。力任せにふるってくるのは構わないが、せめて細胞の一つも残さないくらいの理不尽さが欲しいもんだ。
たかが、右腕一本で捌けるなんて情けのない。
ようやくそこまで来て誰を相手にしているか理解したらしい。魔物達はそのどす黒い瞳に恐怖が浮き出て来る。
「ぐ」
「きたねえ息を吐くな」
唸り声をあげようとした一頭目の首をフェルディナンドで転がし、その勢いのままコマのように身体を一回転させる。丁度魔物達の中心点へと到達する形で、全方向へと『始まりの太刀』を無差別に放った。
世界が静止する。あれほど喧しかった魔物達はそろいも揃って身を固くしたまま、巨体を斜めに両断される事となった。出会ってから数分もしない内に大量の肉塊が積み込まれてしまうとは、何とも無慈悲ではあると思う。
「くせえな、これ……」
予想外だったのが、魔物達の臓腑はどれもが等しく生臭く気色の悪かったという所だ。
「化け物かのお主」
大よそ人に向ける視線では無い程温度を感じない銀の両目を流しながら、アニェラが近寄って来た。その歩みは若干ぷるぷる震えており、背中に担がれたエンリエッタがよほど重いらしい。
「うっ、それにしても臭いの……」
「俺だって辟易してるんだ」
すぐさま『浄化魔法』を思い描く。それにしても、アイツらどこか妙だった。いくら何でも強者であると自負していたなら、むしろ俺みたいな得体の知れない奴の力は分かる筈だ。強者であるが故に相手の力量が分からない訳が無い。
「む? ……どういう事じゃ。此処にはエルフは疎か人っ子一人おらぬ筈じゃが」
彼女に釣られるようにして視線の先を追えば、一人の少女が樹にもたれかかるようにして身体を預けていた。森に流れる透き通った川のように、長く白みが掛かった水色の髪は膝元まで伸びている。けれどもアニェラが言う通り間違っても俺が知るエルフの衣装とは違い、極めて文化的な服装だ。茶色の上着に白のフリフリが付いたスカート。どちらかといえば町の雑踏の中にいる方が最も自然に思えるかもしれない。
背丈はまだアニェラよりも低く、一般的な青年少女というには相応しくない。年端のいかない少女が似合うだろうか、それくらいの年のように感じる。あどけなさを残すその表情には、濃い疲労と焦燥が見て取れた。
ああ、そうか。さっきの魔物達はコイツを追っかけていたのか。所々に引っかかれたような怪我がある。だからこそ過程で見つけた俺に思わず興奮したまま襲い掛かったのか。
「わた、し……」
「大丈夫か? 」
兎にも角にも俺は少女へと忍び寄ると、少女は俺の姿を見るや否や大きく目を見開いた。
「あ、あなた……。わたし、あなたに会わないといけなくて」
水色の瞳よりも、純粋で光が反射している水滴が零れる。
「どうしても―――」
二の次を告げる事無く、少女はその時点で事切れたように倒れようとした。
「お、おいっ」
地面に触れるよりも先に抱え込む。その際に晒しだされている素肌に若干触れてしまい、その温かさにやや眉を動かしてしまう。それを見ていたらしいアニェラが聞こえるか聞こえないかくらいの小ささで舌打ちしたのを聞き逃さなかった。
……いや、うん。まだ町一つしか知らないのに。一体どれだけ話を勝手に進められていくのだろうか。
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