選択肢では最後のページでセーブをするかのように。
「うく……」
「お目覚めかしら? アニェラ・サリーさん」
薄くぼんやりとした意識の中、開いた世界に入って来たのは見知らぬ声。
割れるように痛む頭を余所に妾は未だぼけている視界を覚醒させる。
「ぬ……」
見えたのは見覚えのない景色。否、見覚えは無いがある程度は察せる場所であった。普通にしていてもゆうに感じる濃度の高い魔力。空全てを覆いつくすように高くそびえたつ樹々。しかし覆われた空に代わり、可視化するほど光源の代わりとなった濃度の濃い魔力。淡く光るそれらはあらゆる物は下へ落ちるという法則を無視するかのように、ふわふわと流れている。そして幻想的な風景にこそ似合うと言わんばかりに二人の少女が立っていた。
一人は妾の友人であるエンリエッタ。もう一人は……。
「初めまして、リーゼですわ」
金の髪を持つエンリエッタとは対照的に、銀に似た灰色の髪を膝元までもっさりと伸ばした少女だ。淡く感情の薄そうな顔立ちとは裏腹に、リーゼと名乗る彼女は上品な笑顔を浮かべている。しかしながら着ている服はエンリエッタと同じような奇をてらうというかなんというか、独特な巫女やシスターのような落ち着いた服装だった。後、微妙に喜ばしい事に妾よりは身体が貧相だ。
「うふ。これじゃあ分からないわね」
「いいや名乗らずとも言い。……その服装は、精霊がする服装じゃ。妾を襲い、こんな所に拉致するなど"狂精霊"に違いがあるまい」
「半分当たりですわね。わたくしは元五帝の一人、狂精霊のリーゼですわ」
「五帝……」
内心で舌打ちをする。確かにアクションがあるとは思っていた。スクラダを倒しジェラシーを奪ったのだ。何もない訳が無い。ただもうちょっと期間があるというか、猶予があるものだと過信していた自分が甘かった。仲間がやられて悠長に見過ごす者がいるものか。
「そのご様子ですと、わたくしの目的が分かったようですね」
「ふん、分かりたくは無かったのじゃがな。……ジェラシーじゃろ」
「ええ! 嫉妬のジェラシーが欲しかったのですわ。わたくしとエンリエッタの夢に必要な物ですもの」
恍惚げに両頬を染めるリーゼを余所に、妾は疑問を口に出した。
「エンリエッタとの夢じゃと? 」
「そうですわ。ねえ、エンリエッタ」
「そうよ。私とリーゼで世界を支配してやるの」
「かっ! 」
どいつもこいつも、神装武器を手にして世界制覇しか狙っておらぬのか。……いや、逆か。世界征服を狙っているからこそ。神装武器を狙っておるのじゃろう。
「エンリエッタ、お主はそれでいいのか。お主は確かに誇り高かったが、極論的な考えをする持ち主ではなかったはずじゃぞ」
先程から機械的に黙っておるエンリエッタへと話し掛ける。
「………」
しかし彼女はこちらへ一瞥した後に、興味無さげに逸らした。
「エンリエッタ! 」
「下等生物が私の名を呼ばないで。私の名を呼んでいい友達はリーゼただ一人よ」
「な」
「それに、優れた者が優れた統治をする。それが世界にとっての平和。弱者は私の庇護の下にいるべき。第一私はアンタみたいな奴知らないわ」
その回答に、心底笑顔を咲かせるリーゼ。くるり、くるりとその場で踊るようにステップを踏む。
「うふふ。わたくしのエンリエッタ。そうよ。そうよね。わたくし以外に友達なんていないですもの」
わたくし以外に友達なんていない? 馬鹿な。妾やアンナの事を覚えていない。そんなわけが無い。そんな事がありえるとしたら。
「―――お主、エンリエッタの記憶を弄りおったな」
「人聞きが、いいえ魔王聞きが悪いですわね。ただ真実の形に戻しただけ。それの何がいけない事なのかしら? 」
善悪など無いかのように、屈託のない花を咲かせる少女。その姿は誰もが口を揃えて云うじゃろう。
「狂い者め……」
「エンリエッタの事以外考えられていないのですから、なんて素晴らしい誉め言葉なのかしら。そういうのって、わたくしでは分からないもの」
「ちっ……」
救えない。いや、救われたくないのだろう。彼女は彼女の中で自己完結しており、それが幸せなのだと確信しているのだろうから。
「それよりも! ジェラシーを早く出して頂けると助かりますわ」
「……お主もどうせ持っておるのじゃろ? 」
「尋ねられれば、見せない訳にはいかないですわね。わたくしが持つは色欲の"ルクスリア"。辺鄙な能力ですわ」
そういって少女は近くにポイ捨てしてあったゴミを拾うかのように、無造作に放り投げられていた物を拾った。
禍々しく空間を歪ませるそれは、見た目だけなら普通の杖じゃった。
「…………いろいろとツッコミを入れたいのじゃが、いいじゃろうか」
「どうぞ」
「大事な物なら丁寧に扱わぬか! ていうか神装武器じゃというからてっきり直接武器として使えるものじゃないのかの!? 」
「それはほら、製作者の都合だったと思うわ」
「神にも都合があるのかの……」
ぜはー、ぜはー、としょうもない事にツッコミを入れてしまったせいで、余計な体力を使ってしまった。
「ま、まあ良い。そうか、やはりお主も持って居ったか。それは好都合じゃ」
ああいうのは悠斗辺りがやる事じゃ。妾は不敵に笑い、ジェラシーを『アイテムボックス』から取り出して構える。再び剣から伸びた触手が妾を乗っ取ろうとするが、それを全て燃やし尽くす。
「今奪うも、後で奪うも変わらぬじゃろ? 」
「あら? あららら? もしかして、もしかして。―――うふふふふッ。帝王同士の戦いは禁止されてましたから、その武器と戦うのは初めてですわ」
リーゼもまたルクスリアを手に持った。一般的な魔術を唱える時のような、両手で握る形だ。
「ジェラシー、答えろ。妾の魔力を使い、その力を顕現しろ。この世全てに嫉妬し、うたかた或る物を妬み奪え」
「ルクスリア、魅せて。わたくしの彼女への愛情を以て、あの少女に愛を教えてあげましょう」
「ッ! 」
その直後、妾は密かに唱えていた身体強化の魔法を発動させる。そしてそのまま彼女達に背を向ける形で逃げだした。
「えっ」
理解できない。そう書かれた紙を顔に張り付けたリーゼを余所に、妾は一目散にその場を去る。
誰が、お主達と二対一などしてやるものか。
やる気満々だった彼女を出し抜き、妾は密かにほくそ笑む。如何に圧倒的な強者であろうと、不意を突かれれば誰でも負ける。……規格外すぎる悠斗を除けばじゃが。
「あら、あらあらあら。逃げに使うなんて、予想外ですわ」
「っ」
振り切った筈のリーゼが、いつの間にか後ろを走っていた。
「いい考えだと思いますわ。ステータス上はアナタとわたくしはそう変わらないですし、同じ土俵ならきっと見逃していたでしょう」
「喰えッ」
どや顔で解説する彼女を他所に、妾は地面のレベルを吸い取る。レベルアップなどしなかったが、これでよい。
そして後を走るリーゼがレベルを下げられ耐久度の低くなった地面を踏みしめ、ボコっ、と間の抜けた音を出しながら深くへと落ちていった。ざまあみるのじゃ!
「きゃあッ」
「………………」
妾は一瞬だけ立ち戻り、穴へと向かって土を蹴り下ろす。
「絶対今の媚びた声じゃろッッ!! 」
こんな事をしている場合じゃない。そんな事は分かってはいたが、言わずにはいられなかった。突然の不意打ちであんな可愛らしい声が出て来る訳がないのだ。たぶん同じことをされれば、蛙が踏まれたみたいな声が出てしまうじゃろう。
何に対抗しているのかは分からぬが、スッキリとした妾は再び足を動かす。涙で視界が滲んでいるのは気のせいだ。女として身体は勝っていても、負けてしまった気がした。
「人の話は最後まで聞くものですわ」
それなのに、リーゼは今度は並走する形で走っていた。
「………」
「同じ土俵でなら、と言ったでしょう? わたくしは精霊ですのよ。こんな魔力溢れる土地で同じ土俵ではないですわ」
「ちっ」
普段はあまり動かさぬ足を止める。それに倣うようにリーゼも歩みを止めた。
「魔法というのは魔力がかかりますわ。現実から離れる程に乖離する程に魔力を消費する。ですからわたくしたちは現実に倣い、近しい形で名を付け形を取り色を塗り魔法というのを唱える。ですが、わたくしにはこの場所にいる限り制限というものはありませんわ」
「何が何でも出来る訳じゃなかろう」
「ええ。ですが、たかだか瞬間移動とたかだか戦闘能力を上げる事くらいなら造作も無い事ですわ」
それでも十分反則じゃろう。
「頭が良く回りますわね。在る筈か分からないレベルを吸えだなんて、なかなか出来る発想じゃないですわ」
「当たり前じゃ。誰であろうと妾の敵になりえる。じゃから悠斗にもバレぬようにこっそり色々と試しておったのじゃからな」
そもそもがジェラシーを扱う者は大半が取り込まれるか、秘匿したまま存在を消す。だからこそ知られていない伝えられていない能力の応用だってある。
「うふふ、悠斗さんにバレてしまったら何か不都合なのですか」
「ちっ、妾は喋れるほど余裕なんて無いわ!」
身体強化といってもあくまで元の基礎値の底上げだった妾は、日頃あまり機能していない肺を上下に動かす。
「それにしても」
リーゼは蠱惑的に笑いながら、聞いてきた。
「ジェラシーって、『嫉妬』してなければ発動しなかったですわよね。それも偽物やその場限りではなく、本当の本気でしか」
「……」
「アナタ、もしかして『嫉妬』なさってるのですか? 生きとし生ける物全てに」
その笑みは奇しくも悠斗がする笑顔にそっくりな、下卑たモノだった。
「――それこそ、当たり前じゃろ」
何かが変わった気がする。何かが冷え込んでしまったかのように感じる。頭の中が嫌にスッキリして、自分こそこうなのだと教えてくれる。
見えるは過去。思い出すは選んだ道。描くは宿命。
「妾は魔王。全てを憎み、全てを羨み、全てを壊す者。それが妾が魔王たる所以じゃ」
「……ッ。アナタ、その瞳」
初めて、リーゼが怯えた表情を見せた。その後に、一人でぶつぶつと呟き始める。
「何じゃ」
「そういう、事ですのね。……嗚呼、そういう事だったのですわね。こうしてわたくしとアナタが出会うのも運命だったと。そういう事ですのね」
「? 」
彼女は一人得心がいき、納得した表情を浮かべた。
「何も知らぬ無知なアナタに一つだけ親切心から教えてあげますわ。アナタのその真っ赤な瞳に浮かぶ悪魔の紋様、それは『選ばれた証』ですわ。同じ血族にしか出ないらしいのですが。……本当に、わたくしがエンリエッタ以外に親切になるのは珍しいのですのよ? 」
そして、
その次に出した言葉は妾の運命を決める事になる。
「―――わたくしたちの王は、アナタと同じ瞳をしていますわ」
いったいいつになったら宗教国家出て来るんですかねぇ……




