馬鹿なの?まぬけなの?
俺とアニェラは宿屋へと戻っていた。エンリエッタはアンナを探しに行ったが。
「人とは変わるものじゃの」
アニェラは一通り荷物を纏めながら、感慨深そうに呟いた。
「ふふふ。妾が知っておるエンリエッタはもっと他種族に対して侮蔑的であった。驚いたのじゃよ、初めて会った時に掛けた言葉がなんじゃったと思う? 『はん、如何にも野蛮そうな奴ね』じゃぞ。……仮にも魔王第一候補じゃよ。わざわざ喧嘩を売ってくるとは思うまいて」
その時の事を思い出したのか、彼女はあくどく笑う。
「じゃからエンリエッタに友人と呼べる程の人が出来ている事に、そのような者が出来た事に感謝せねばなるまいな。それが妾を憎む勇者だというのは皮肉な物じゃが」
「………」
い、言えねえ。
嬉しそうにするアニェラを横目に、俺は顔を歪める。
そのご友人洗脳されてますよ。なんて。たぶん丸くなったんじゃなくて洗脳されてるから人格矯正されてるんじゃないですね。とか。
言えるわけねえええええええええええ。ブラックジョークが過ぎるだろ。
「なんじゃ。さっきから挙動不審に妾を見ておって」
気付けば荷物整理を終えたアニェラが銀色の瞳をジト目にして睨んでいた。しかし何か自分の中で得心がいったのか、ガタガタと震えながら近寄って来た。
「ゆ、悠斗まさかエンリエッタに惚れてしまったのか? 」
何をどう勘違いしたんだこいつ。
「た、確かにアレは妾が見てきた中でも最上クラスの美しさじゃ。さきの苦虫をかみつぶしたような表情は、妾を惚れさせると言ったのに逆に惚れてしまったからという後悔からか? 」
アニェラは捨てられる小動物みたいな、哀しい瞳をしている。
「……」
「こ、答えぬかぁ! 」
俺の両肩を掴んでぶんぶんと揺らしてきた。
「あー、いや、ちがう―、ぞー」
「何で棒読みなのじゃ?! 」
更に揺さぶられる速度が強くなってきた。脳味噌が綺麗にシェイクされる。うぇっうええっうげぇっ。
「少し、頭冷やそうか……」
「ひぃう! 」
俺はアニェラの頭に軽くチョップを叩きこむ。たんこぶが出来る程強くはやっていないが、それでも彼女は涙目になって蹲った。
「どうしてこんな飛躍した話になったんだ」
「だって、だって。さっきもエンリエッタの事を見つめておったし。てっきり……」
「お前、俺に好かれるのは嫌じゃないのか? 」
「じゃからといって他のおなごを好かれるのもそれはそれで微妙な気分なのじゃ! 」
ソウデスカ。
「しかしお前も本当に行くのか? 罠かもしれないぞ」
罠かもじゃなくて罠なんだけど。
「当たり前じゃ」
「ふぅん」
……それならエンリエッタが洗脳されている事に気が付いたのは黙っていよう。仮にも嬉しそうにしている訳だからな。それに、
そっちの方が面白そうだしな。
「ふはは」
どんな反応をしてくれるのか。思わず小さく笑いが出てしまう。こういう所がアニェラの嫌いな所なんだろうが、俺は俺をやめれない。
「神装武器はどうするんだ? 」
「持っていく。というより置いていけんじゃろう。『アイテムボックス』に入れておけばいい」
そう言うとアニェラは亜空間を作り出し、その中へと放り込んだ。
「その魔法って、誰でも使えるのか? 」
「……、誰でもは使えないと思うのじゃ。魔法はイメージして作るものじゃが、元となる魔法を見ておらぬと出来ぬ。発想がなければ土台不可能じゃしの。妾はスクラダが亜空間から取り出す魔法が『アイテムボックス』じゃと知っておったし、昔から構造自体を教えて貰っておったから出来るだけじゃ」
「そうか」
ということはこいつ魔法の才能があるんだな。
例え原理や理屈を知っていたとして、"魔法"として発現出来る奴は少ない。自分自身がそういう物を作り出す、生み出す、起こすという強い想像力が無ければ、魔力は魔力のまま霧散する。そういう理屈だ。
俺の場合はスキル『天上天下』は理屈や原理が分かるが、実際魔法にして起こすと一段階落ちてしまう。そういう意味では相当凄い。
「悠斗、お主はやはりアンナと同じ転移者なのか? 」
「む」
アニェラは折角丁寧にしていたベッドのシーツに皺を作るようにして座った。波紋を広げるようにして出来た皺に沿って、銀色の髪が後をなぞっていく。
「隠さずとも分かる。というよりバレバレじゃ。宗教国家サハリスや王都グローリアの名を知らん時点で分かっておったよ。ただの、腑に落ちない点があるのじゃ。……悠斗、お主は本当に何者なのじゃ? 」
俺もアニェラの対面へと座った。
「元勇者の我妻悠斗さ。それ以外に何がある」
「元勇者というワードも気になるが。一番気になるのは悠斗は一体"誰に連れてこられた"のじゃ? アンナは悠斗とは面識があったようには思えぬ。とすれば別口から呼び出されたのじゃろうが、悠斗は妙に魔法や病気の事を知っておる。奇妙も奇妙じゃ。妾の知識では歴代の勇者や魔王にそんな人物はおらぬ」
「前例がなかっただけだろ」
「前例が無いからこそ怖いのじゃ。神の児戯じゃと言われれば御終いじゃが、この世界は玩具ではない。妾には悠斗がある意味でイレギュラーじゃと考えておる。水に油を混ぜればどうなるか、飢えた人と魔物を閉じ込めたらどうなるのか、そういう実験をしているかのような」
良い所まで行くな。
「まるで俺がそれに加担してるみたいに聞こえるんだが」
「……、いや、短い付き合いじゃが分かる。悠斗は利点が重なってるからやっておるだけじゃろう。例えばハーレムを作らせてやるとか。すっごく下世話な感じの」
じろーっ、と両の緑が俺を中心に据える。
「…………………そ、そんな訳ないだろ」
目を逸らす。声が震えていた。
気のせいか空気が滅茶苦茶重い。お前俺の事嫌いじゃないのかよ! いつの間にやら心底嫌いからまあまあ嫌いになってるのは嬉しいが、今はそれが逆に嬉しくねえ。
そんな空気を打ち破ったのは部屋のノック音だった。
「エンリエッタよ」
た、助かった! 俺は一目散に扉を開けに行く。後ろから「あっ、逃げおったな」と非難した声が聞こえたが無視だ無視。
掛かっていた鍵を外し、ドアを開ければエンリエッタとアンナが廊下に立っていた。
晴れ晴れとしたエンリエッタに対し、またしても陰鬱な表情を浮かべているアンナ。
「すまない、また迷惑を掛けてしまって」
すまないさんかよ。
「気にするな。俺達もう仲間だろ」
傷心気味のアンナに俺は優しい言葉を掛ける。
「仲間だと言ってくれるのは嬉しいが、私はまだそこにいる魔王を許したつもりはない」
むしろ弾かれた。
挙句、隣にいたエンリエッタは信じられないモノを見る視線を飛ばしてきて。
「……うわぁ、きも」
ぐはっ。
「努力友情勝利といった言葉から懸け離れておる奴が、仲間じゃと……? 」
後ろからやってきたアニェラまでもが俺に辛辣な言葉を返してきた。
ひ、酷え。お前ら人間じゃねえ!
「それじゃ、兎にも角にも準備はできたかしら? 」
ショックを受けている俺を置いて話を進める事にしたようだ。
こいつ、こんまま洗脳されてたままの方がいいんじゃないか? むしろ洗脳し返してR-18ばりのアレやコレやしてやりたい。……まあ、それをちょっとだけほんの少し好奇心で出来るかやってみたら。無理だったんだけどな。
「……なによ、私が可愛いからっていやらしい目で見て。ふふん」
「自意識過剰だわ!! 」
誇らしげにするエンリエッタに俺はツッコミを入れずにはいられなかった。
「エンリエッタ」
「え、ああ。そうね。こんな事をやってる場合じゃないわ。私達が目指すのはここから東にある」
『――――こんにちは』
不意に、『思念』が割り込んできた。
『こんにちは、こんにちは。うふふ、いいえ違うわね。ここは初めまして。と言うべきかしら。わたくしは元"五帝"の一人、精霊のリーベと名乗らせて頂いてますの』
目の前で話し合っているエンリエッタ達とは対照的に孤独で底暗い。柔らかく甘い声から、女だという事だけは分かった。
『お掛けになった電話番号は現在使用されていないか、只今右手をご利用になれない状態にあります。ピーっというモザイク音の後に喘ぎ声を入れて下さい』
そういって『思念』を断ち切る。
するとすぐさままたしても『思念』を繋げてきた。
『あぁん、これでいいかしら? 』
まさか掛けなおしてくるとは思わなかった。……淡々と言っているせいで色気もくそもねえ。というか電話番号とか分かるのだろうか。
『我妻悠斗だ。お前みたいな奴は知らん』
今度は切った直後に繋げなおしてきやがった。
『アナタに興味が沸いてこうして連絡を掛けさせて頂いたのですけれど、よろしければ二人でお話しましょう』
めげねえな。
まさかこれから向かう所のボスならぬ相手からやってこようとは思っていなかった。
「悪い、少しばかり離れる」
「む? 構わぬがもうすぐに出るぞ」
「すぐ戻る」
それだけを矢次に告げ、俺は宿屋を離れた。
『何の用だ』
俺はさっそくバイパスのように繋げてきた『思念』に対して答える。
『初めまして、悠斗さん? でしたわよね。アナタがわたくしのエンリエッタの魔法に気づいたのかしら? 』
その声色に驚きや怒りは無い。純粋な喜色が混じっていた。
『どうして、どうして気づいたのかしらって? うふふ。アナタわたくしの魔法に手を加えたでしょう? 』
『………』
『お蔭でアナタの存在に気づけたのだけれど、一つだけ気になる事があるの。―――ねえ、それなら何故魔法を解除しなかったの? だってわたくしの魔法に気づける程なら、解除するのもきっと訳ないじゃない。それなのに何でしなかったのかしら? 』
それは純粋な疑問というより、たぶんこういう理由なんだなって予想がついているような感じだった。そしてその上で俺に聞きたいのだろう。だからこそこうして連絡を取って来た。
どうして? どうしてかって。
そんな理由一つしかない。
『面白くなりそうだから』
それ以外に何があるんだ。クソどうでもいい一般人Aのイベントなんてやる気は出ないが、興味がある奴のイベントだからな。わざと罠にかかってやる。そして恩を売ってやるつもりだ。
俺の回答に満足したらしい。声の主は隠し切れない愉悦を含んで綺麗に笑った。
『ああ! 素敵、素敵ね! アナタやっぱりわたくしの予想通りだわ! 良い感じに自分勝手で卑怯なのね。外道で畜生で人の心が分かっていて敢えてやっているのね! 』
暫く笑っていたかと思うと、唐突に切り出してきた。
『お礼に、私からも一つ答えてあげるわ』
『別にいい。満足できたんだろ? 今から行ってやるから身体を洗って待ってろ』
『首ではなくて身体という辺りにアナタが見え隠れするけれど。そう言わないで。罠って、気づかないから罠なの。気づかれてない罠はただの待ち伏せ、あるいは予定調和とかそういう風に言うの。その上で敢えて言うわ。――幼稚な罠にかかってくれて、ありがとう! うふふふふ! 』
ぶちり、強引に電話を切ったような音が脳内に響いた後に、轟音が後方から響いてきた。
「な」
その方向には俺達の宿屋がある。
まさか。
急いでその場所へと駆け出そうとした所で、二つの影が屋根伝いに俺の近くへと降りてきた。
エンリエッタと、アンナだ。
「……お前ら」
エンリエッタは無表情でぐったりとしたアニェラを抱えており、その瞳に色彩はとうに感じられない。
アンナはというと、あれだけの陰鬱な雰囲気とは百八十度打って変わって笑顔を張り付けていた。
「こんにちは、先程ぶりですわね」
似合わない。似合わない。張り付けた笑顔が、彫られた人形のように不気味さを醸し出している。
「……アンナに変装していたのか? 」
「うふふ。いいえ、変装じゃなくて擬態よ。アナタ達からアンナが離れた時を狙って、エンリエッタで不意打ちしたの」
「………」
朝か。思い起こせば確かにあのタイミングはおかしかった。
唐突にアンナの想いを煽り始めたエンリエッタ。何かが彼女の地雷に踏み込んだのかと思ったが、アンナが一人になるようにわざとやったのだろう。
「アナタとっても強いのね。スクラダが殺されちゃったっていうからもしかしたら魔王が返り討ちにしたのかなーって思っちゃったけど。全然違った。ステータス見てもわたくしよりも強いわ。でも、アナタが最強でも周りの人はどうかしら? うふふ」
「……」
それは暗に俺が今襲い掛かればアンナやアニェラの命がないという事を意味していた。
「近くにいる時に使わない魔法『思念』を使えば、近くにいるなんて思わないでしょう? まさか目の前にいるだなんて」
確かに。
普段U.K.とは遠く離れていたからこそ『思念』で会話していた。ただの自分勝手な前提だ。
「性格悪いな」
「うふふ。ありがとう。大丈夫よ、わたくしは魔王に用はないわ。むしろ、この子が持つ神装武器に興味があるの。渡してくれれば手を出す事は無いわ。―――でも、ここじゃ危ないわ。だって、アナタがいるもの」
「なら何故俺の所に寄って来たんだ? 」
「うふふ。だってこうやって説明しないとアナタ間違いなくわたくしに襲い掛かるじゃない。それに、魔王だけに用があるならこんな回りくどい事はしないわ。……強い人が、こうやって出し抜かれて阿保面噛ます所が見たかったから」
アンナは両頬を染めて、官能的に身体を揺らす。
けれど俺のイラっとした雰囲気を感じ取ったのか、やんわりと背を向けた。
「もう満足したし、か弱いわたくしは引かせて貰いますわ。もしも興味がおありなら、わたくしの罠に掛かってくれるのなら。追いかけて下さいね」
『転移』。そう唱えてアンナとエンリエッタは一瞬にして姿を掻き消す。
後に残ったのは轟音によって人が騒がしくしているのと、立ち尽くす俺だった。『転移』を使って追ってやりたかったが、初めて行く場所はどうやっても地力で行くしかない。……こういう時に限って魔法というのは不便だ。
とりあえず俺はある魔法を唱える。
『おい、アンナは何処にいる』
『……まさか、別れたそばからこうして思念を飛ばしてくるとは思いませんでしたわ』




