7:帰る場所
私たちは来た道を逆に辿って帰った。
途中何か言いた気な顔をして、私の方を何度も振り向くルゥ。
キリーさんが言っていた"夜の街"のことだろうか。
マピュスは振り返りはしなかったが、お喋りな彼女にしては口数が少なかった。
幾度も振り向く割には遂にオッドの家に着いても、ルゥは結局その事には触れないまま何も言わなかった。
私は気になって仕方なかったので、家に入る前に聞いてみた。
「ねえ、"夜の街"を歩いたら何か良くない事が起こるの?ずっと気になってたんだけど…」
私の質問に戸惑う二人。
だが、決意したのかお互いに目で合図して私に向き合った。
「お前、この街の事をどれだけ知ってる?」
「この街のこと…?」
この街は"カンテラの街"と呼ばれ、都市伝説として詠われている事は知っている。
前人未踏の地だと言われ、桃源郷のような場所だと認識している。
「"カンテラの街"の噂は聞いたことがあるだろ。お前、ここに来て驚いたり、この街の事を人に聞いたりしなかったのか?」
「びっくりしたけど、聞いたりはしなかったな。」
そう言えば、マピュスに連れ回されて全然そんな事頭に無かった。
「気にしないなんて、屈託の無い奴だな。まあ、兎に角この街は噂通り良い場所だ。だが、一つ条件がある。」
少し間を置いてマピュスが話した。
「それは"夜に街を出歩かないこと"」
それを聞いて夜に誰も居ない事が漸く分かった。成る程、そう言う理由だったのか。
「もし夜に街を出歩いたら、どうなるの?」
この質問に二人は息を飲んだ。様子からしてこの答えが一番怖がっている原因なのだろう。
真剣な眼差しで私を見てルゥが答えた。
「夜に街を歩く者は悪魔と化す。」
「悪魔?」
「ああ、悪魔になって街の人々を襲ってしまうんだ。」
「本当にそんな事があったの?」
それはどうか知らないけど…とマピュスは考えながら答えた。
「私たちは誰も夜は出歩く事は出来ないから見たこと無いけど、この街に来た時最初にこの事を教えられたの。だから、きっと本当なんだと思う。」
確かに本当の事だから、皆出歩かないに決まっている。我ながら頓珍漢な事を言ってしまった。
ふと空を見ると太陽が西の空に沈んでいく。人影も見えなくなってきた。
「ヤバい。もう夜が来る。早く帰らないと。」
じゃあな。と言ってルゥは駆けて帰っていった。
「私たちも帰ろっか」
「うん」
カンテラの灯りが点く前に、私たちはオッドの家へと入った。
「ただいまー!」
「ただいま!」
マピュスに続けてバッビーノも帰ったコールをする。
しかし、その呼び掛けに返事がない。
「もう、オッド。居るんでしょ!返事ぐらいしたらどう?」
来た時同様頬を膨らませて、奥の部屋へとずんずん入っていくマピュス。
その姿は怒っているというよりは、どちらかというと呆れているように見える。
当のオッドは奥の部屋で何やら作業をしていた。
「頼まれたお遣いをして帰ってきた人に返事も無しは失礼じゃない?」
マピュスは作業を止めるように動くオッドの腕を掴む。
そこで私たちが帰ってきた事にやっと気づいたのか、顔を上げるオッド。
「…お帰り。」
「はぁ、その寡黙な性格どうにかしてよね。」
今の事が単に気づいてなかったのか、寡黙故なのかは私には分からなかったが、マピュス的には後者だったようだ。
そう言えば、勝手にオッドの家に帰って来たけれど、ここは別に私の家ではない。
私はここに居て良いのだろうか?
「あの、思ったんですけど、私ここに居て良いんでしょうか?」
その言葉にオッドとマピュスがこちらを見る。バッビーノも心配するように見つめる。
「何で?」
私の顔を覗き込んでマピュスが聞いた。
「だって私は勝手にオッドに着いてきただけの人間だし…」
「別に良いんじゃない?そんな事言ったら居候してるあたしはどうなるの?」
ねえ、オッド。とオッドに意見を求める。少し沈黙が続いてオッドが口を開く。
「俺は別に構わない。居たければ居れば良い。違う場所に住みたいなら家を見つけるまでここに住めば良い。」
言い終わると、オッドはまた机に向き直って作業を始めてしまった。
「だって、だから気にしないで。ね?」
「…うん、ありがとう。」
何だかちょっと顔面が熱くて湿っぽい。
「泣かないで?」
頭元で留まっていたバッビーノが私に投げ掛けた。
「泣いてないよ、大丈夫」
バッビーノの羽を優しく撫でてやると、バッビーノは擽ったそうに目を閉じた。
「もう夜になるから、あたし部屋で寝るね。」
お休みーと欠伸をしながらマピュスは自分の部屋へと入っていった。
「…空き部屋なら隣にある。そこを使え。」
リビングのソファーで寝ようとしている私に、オッドが背中を向けたまま言った。
「はい…」
もうすぐ長い夜がやって来る。