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カンテラの街  作者: 齋藤翡翠
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6:魔女の館

「おい、マジで"あそこ"行くのか?」


気乗りしない足取りで歩くルゥはマピュスに問う。


「行くったら行くのよ。」


決めたことは曲げないようだ。


「何か嫌なことでもあるんですか?」


嫌がるルゥにその理由を聞いてみた。

真っ青な顔が白くなる勢いで、肩を震わしルゥは答えた。


「嫌なことなんてもんじゃねぇ、あんなとこに行ったら命が幾つあっても足りねぇよ…!」


「命が幾つあっても…?」


ああ、思い出したくもねぇ!と頭を抱えたままルゥは立ち止まった。



「着いたよ。」


マピュスが私たちより少し先でそう言った。

着いた場所は普通の家だった。


「何だ、ルゥさんがあんまりにも怖がるから、幽霊屋敷にでも行くのかと思ったら…全然普通のお家じゃないですか。」


白い外壁に青い屋根のその家は、怖いと言うよりも寧ろ小綺麗なイメージを感じさせる。


「違っげーよ!怖いのは家じゃなくて、この家に住んでる"魔女"…」


訴えかけるルゥが急に話し止めたと思ったら、何処からかルゥ目掛けてフライパンが飛んできて、当の本人は当たって倒れていた。


「ル、ルゥさん!?」


「人ん家の前でギャアギャア騒いでんじゃないよ、この盆暗が!」


倒れているルゥに驚いていると、家の中から女性の声がした。


声のする方を見ると、美しい女性が一人立っていた。


白金色の長い髪を胸まで垂らし、紫色の瞳を鋭く光らせていた。手足も細長く、それを際立たせるようなスウェットとパンツを穿いている。


「誰だい、こんな馬鹿を寄越したのは!」

白目を剥いて怒る女性。

般若みたいな顔をしている。


「キリーさん、お久しぶり!」


マピュスが慌てて話し掛け、ルゥに殴りかかりそうな女性を止める。


呼ばれた女性はマピュスの方に目をやると、般若顔を綻ばせた。


「マ、マピュスゥ――!!」


語尾にハートマークが尽きそうな程の声色で、叫びながらマピュスに抱きつく女性。さっきの様子とはまるで違う。


「逢いたかったよ~。どうしたんだい?私に用かい?何でも言ってごらん。」

「キリーさん、く、くるじぃ…」


強く抱き締められているからか、マピュスは苦しそうにもがく。


「あら、ごめんね。私としたことが、久しぶりの再開に力加減が出来てなかったよ。」


何だか置いていかれて話しに介入出来ないが、凄い人だということは分かった。


「このクソババア……人にフライパン投げるとか…後少しで殺人犯だぞ。」


倒れていたルゥが意識を取り戻したのか、ゆっくりと立ち上がる。


「何か言ったかい、餓鬼んちょ?」


物々しい表情をして指をゴキゴキと鳴らす女性。


「いえ、何もございません。」


その一部始終をぽかーんと眺めている私にやっと気づいたのか、女性はこちらに視線を向けた。


「…こちらのお嬢ちゃんは?」



「は、初めまして、伊織と申します。」


「あれま、これまた可愛らしい客人だこと。ま、外で話すのは気に障る。中に入りな。」


嬉しそうに笑って女性は快く家の中へ招き入れた。ルゥを除いてだが。



家の中も清潔で綺麗にしてあった。ただ、薬を作っているというだけあって、見たことない植物が植えてあったり、ホルマリン付けにされた動物の内臓が入った小瓶が置いてあったりした。


少し気味の悪いような気もしたが、オッドの家も変わりは無いので気にしない事にした。


「おい、伊織。あんまり"魔女"に関わるとロクな事が無いぜ。」


小さな声でルゥが囁く。


「"魔女"は人を実験道具としか思ってねぇ。現に俺も使われて何回か死にかけた。」


「あーら、こんな所にゴキブリが。」


聞こえていたのか、ルゥの頭をスリッパで殴る女性。


「地獄耳かよ…」


「安心しな。実験道具として使うのはお前みたいな若い男位だよ。」


女性はフンッと鼻を鳴らし、腕を組んでソファに座る。


私たちも促されて向かいのソファに座った。


「自己紹介が遅れたね。私はキリーロヴナ。キリーでいいよ。薬を作るのを専門にしてる医学者さ。」


「医学者なんて肩書き…だっ!」


「おーっと、悪い。蝿が止まってたわ。」


余計なことを言ったのか、再びルゥを殴る。


何故あんなにもルゥを煙たがるのか不思議に思っていると、「キリーさんは若い男が嫌いなの。」とマピュスが教えてくれた。


「こんな成りだから"魔女"なんて言われることも稀にあるがね。」


キリーさんは自らの目を指差しながら言った。


「変わってるだろう、この瞳の色。」


「確かに、そうですね…。でも私には綺麗に見えます。」


何と返してよいかわからず、ただ思ったことを述べた。


それを聞いてキリーさんは微笑んだ。


「あれまあ、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。」


「ケッ趣味の悪ぃ女だぜ。あのクソ鳥に変な名前付けただけはあるな。」


ルゥはマピュスの肩で静かに留まっているバッビーノを指差して言った。


「そうなんですか?」


「ああ、如何にもバッビーノの名付け親は私だよ。」


「いい名前ですね。」


「いい名前な訳あるか。バッビーノはイタリア語で"おっさん"だぞ。」


「え」


それにあいつ雌だかんな。と付け加えるルゥ。私は驚愕するしかなかった。


「いやぁ、ヨウムの雌雄判断は難しくてねぇ。後で雌だって分かった時には、もうそれが自分の名前だって思ってしまってたから。」


アハハハと笑い事にして語るキリーさん。


「私の事だけじゃなくて、お嬢ちゃんの話しも聞きたいんだが。」


ずっと気にしていたのか、話を私に向けた。急に言われて何を話せば良いか分からず、言葉を探しているとマピュスが先に語った。


「今朝、この街に来た子だよ。オッドが連れて家に帰って来たの。」


「オッドが……?」


驚いた顔をして、キリーさんは固まり少し考え込むように黙った。


暫くして、キリーさんが口を開いた。


「伊織、あんた…"夜の街"が歩けるのかい?」


「!?」


キリーさんの質問にマピュスとルゥは目を見開く。


「"夜の街"って何ですか…?」


シンと静まり返る一同。何か不味いことでも言っただろうか。


「いや、やっぱり何でも無いよ。聞かなかった事にしてくれ。」


そう話を打ち切って、キリーロヴナさんは席を立つ。


「そういや、薬が要るんだったね。早く持って帰ってオッドを手伝ってやんな。」


そう言い奥の部屋をガサゴソと漁ると、大きな紙袋を何個も抱えて戻って来た。


「ほい、これだけありゃオッドの奴も暫くは困らないだろ。」


来る前にマピュスが言っていた通り、結構な量の薬だ。


「ありがとう。また頼まれたら来るね。」

ニッコリ微笑み返すマピュス。そのマピュスを抱き締めてキリーさんはまたデレデレ状態になった。


「マピュスなら毎日来てもいいんだよ?伊織も何時でも来な。ああ、そうだ。」

何か思い出したのか、タンスの引き出しを探り始めたキリーさん。出してきたのはカードの束だった。


「私は占いもやってるんだ。来たついでにあんたを占ってやるよ。」


キリーさんはカード切って三つの山を作り、各々の山札から一枚ずつ好きなように取るように言った。


三枚の札を選んでキリーさんに渡す。


キリーさんはその三枚の札を見て、私の占いの結果を答えた。



「"これから先困難に遭ったとしても、目をそらさず立ち向かうべし"だそうだ。」


そう言ってキリーさんが見せた三枚の札は、トランプのカードだった。


どれもスペードのジャック、クイーン、キングだった。


「トランプで占いなんて出来るんですか。」


「これは私の自己流だが、トランプの元はタロットカードからきているからね。ま、そんなに宛にする必要は無いよ。」


サッとスウェットのポケットにカードの束を入れて、キリーさんは私たちを玄関まで導いた。


「留めて悪かったね。さ、もう暗くなるから早く帰りな。」


空を見ると真上にあった筈の太陽が傾き始めている。太陽が夕日と言われる時間になってきた。


「じゃあまた来るね、キリーさん。」


「俺は二度と来たくねぇ。」


「あははは…」


大きな荷物を抱えながら帰っていく三人をキリーロヴナは玄関先で見送る。


三人の影が小さくなって見えなくなると、ポケットに入れたカードを取り出し呟いた。


「中々変わった子を連れてきたもんだね、オッド。初対面でこのカードを引く人は初めて見たよ。あの子は一体――。」

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