E:番外の切り札
「…行ってしまったね」
白い光は暗闇の中に消えた。
だが、その暗闇も少し明るみ始めていた。
「ああー疲れたっス!もう動けない…」
「何言ってんだい。死んだ者は疲れないよ」
呆れた口調でキリーがアドルフに指摘する。
「いやぁ、違いますよ。精神がね…疲れたんス」
その場に座り込んで空を仰ぐアドルフ。
「……向こうが懐かしくなったのかい?」
キリーの質問にへへっと笑ってみせる。
「ちょっとだけ」
アドルフは鼻をすすって、帽子を被り直した。
「さぁーて、マピュスになんて言い訳をすればいいやら……あの子、伊織が居なくなることわかってはいても、居て欲しかっただろうから」
「考えながら、帰りましょう。私のコーヒーで良ければ出しますよ」
「おお、マスターのコーヒー、久し振りに飲みたいっス!」
「私も貰おうか」
「……俺も…」
珈琲Atoutに向かって四人は歩き始めた。
*************
店に着いた頃には街は朝日に照らされていた。
「あ、こいつが居ること忘れてた」
店に入るなりキリーはしかめっ面でその第一声を吐いた。
「何だよ、いちゃ悪ぃかよ」
ルゥが仏頂面を返しながら言う。
「ああ、ミジンコかダニくらい小さくなかったら居て欲しくないね」
「はいはい、そこまでにして…お帰りなさい」
間に入ってマピュスが言った。
「……ただいま」
キリーはマピュスを抱き締めた。
「ごめんよ、マピュス。伊織はもう…」
「そんなのわかってる。いいの……いつかまた会えれば。皆が帰ってきてくれれば」
マピュスもキリーを抱き締め返す。
「それよりさ、皆でトランプしない?コーヒーでも飲みながら」
急にマピュスが提案しだした。
「マピュスはオレンジジュースだけどね」
マスターがそう付け加えるとルゥがこくこくと頷く。
「ええー、もう飲ませてくれても良いでしょー」
マピュスはブーブー文句を言いながら、マスターが出してきたトランプを切る。
「んにしても、伊織さんが扉を開けた原因だったとは」
マピュスがカードを配る間にアドルフが話始める。
「それも生存者がここに来るなんて、不吉の予兆でしかなかったっスね」
カードを配り終え、いつもの大富豪を始める。
皆カードを出しながらコーヒーを啜り、そして話を進める。
「私は彼女は災厄をもたらして来た人だとは思いませんよ」
アドルフの意見にマスターが答えた。
「寧ろ彼女は、この街を救いに来てくれたと思います」
「私も同意見だね、マルコフ。」
マスターの意見にキリーも賛同した。
「あの子はいい子だったよ。それに、悪魔が増え出したのはあの子が来る前だ。だから、あの子が来なかったにせよ災厄は起きていた」
「じゃあ、何が原因だったんスか?」
「……三千三百三十三年目の奇跡…」
オッドがポツリと言葉をこぼした。
「何スか?オッドさん」
「都市伝説だよ、閏年の。数学的に考えれば、閏日を増やすべき年は三千三百三十三年目の時だけ。今年はちょうどその年だったんじゃないか?」
ルゥが話に介入して説明した。
オッドはその通りだと言うように頷いた。
「時間の歪みが作り出したんじゃないか……今回の件を…」
それを聞いて、ふーんとアドルフとマピュスが納得する。
「では、先に上がらせて頂きますよ」
マスターが最後の一枚を出した。
「わぁー、マスター卑怯!ダイヤのエースとか、強すぎる!」
「ルールは守ってますよ。まぁ昔、金目当てにこういうゲームは他人よりやってましたからねえ」
あの頃はどうかしてましたよ。と懐かしむマスター。
「偉そうに威張っていた私がこんな風になれたのも、オッドさんのお陰ですね」
マスターはオッドの方を見て、微笑んだ。
「何の話をしてるの?」
マピュスが不思議そうに言うと、マスターは「昔話ですよ」と言って教えなかった。
「よし、じゃあ次は俺。これでどうだ!」
ルゥがスペードのエースを出す。
ふふん。とどや顔を決めるが、オッドがカードを出した。
「なっ、ジョーカー持ってたのかよ!ずりぃ!」
「うるさいよ、餓鬼が!蟻ん子みたいに潰されたいのかい!」
キリーが怒り出し、座っていた椅子を持ち上げて振り回し始めた。
もうカードゲームどころじゃない。
そんな中、オッドは何も言わず自分が出したジョーカーを見つめた。
「エキストラジョーカー……」
その呟きは誰の耳に入ることもなく、騒がしい空気の中に消えた。
オッドはふ、と笑った。
*************
「おじいちゃん、禁止上がりだよ!」
「何!?ダアッ、やっちまった!」
ジョーカーを出して負けた負けた、と降参するおじいちゃん。
ボクはやった!と心の中でガッツポーズした。
「じゃあ、ボクが一位でお母さんが二位、おじいちゃんが最下位だね」
今、三人で大富豪をしていたのだ。大富豪で抜けられたら負けた二人に自分の願いを聞いてもらう約束だ。
「それで、お願いは何なの?」
お母さんがボクに聞いた。
ボクは直ぐに答えた。
「『カンテラの街』の話を教えて」
『カンテラの街』の話はボクが今よりもっとちっちゃい頃から聞いていた話だ。
殆どおじいちゃんにしか教えてもらえなかったけれど、たまにお母さんにも話してもらうことがある。
だけど、本当にたまにだ。
お母さんはあまり話したがらない。
「秘密のお話だから」って言ってた。
でも、お母さんの話が一番面白く感じるんだ。
だって、まるで自分の事のように話してくれるから。
その話がリアルでボクは『カンテラの街』が現実にあるんじゃないかって、思っている程だ。
「しょうがないわね、少しだけよ」
「やった!」
やっと折れてくれたお母さんに、ボクは直ぐに話すように急かす。
「でも、ご飯食べた後でね」
「えー、そう言って話さない気なんでしょ!」
「じゃあ、おじいちゃんが話してやろうか」
「お父さん、あんまり甘やかさないで。透、ケーキ食べたくないの?今日は四年に一度の私とあなたの誕生日なんだから」
そう言ってお母さんは台所へと駆けていった。
去っていくお母さんの手を見ると、黒い文字のようなものがちらと見えた。
手にメモ書きでもしたような痣。
おじいちゃんに聞いたら、昔倒れたときに出来たものだって言っていた。
「まぁいいや、ケーキ食べよ」
少し不満は残るものの、ご飯後のケーキに胸を高鳴らせてボクは台所へと足を運んだ。
空には一番星が早くも瞬き始めていた。
カンテラの街の灯火は今もきっと輝いているのだろう。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
ここからは作品のネタバレになりますので、読んでいない方はご遠慮願います。
まず始めに、最終話がこんなにも遅くなってしまったこと、謝罪します。すみませんでした。
では、解説に入ります。
このお話は私がある日落書きをしていると、出来たお話です。
ですが、始めに描いていたのは全く違うものでした。
そもそも、主人公はオッドという設定だったし、キャラクターもこんなに居ませんでした。
ただただ、絵を描いているだけで物語にしようとも思っていなかったのですが、あることをきっかけに小説に書いてみようと始めてしまったのです。
それがトランプでした。
このお話を構成する大事なものです。
ある時、兄弟で夜に大富豪をし始め、それから毎晩毎晩やるようになり、何かこの状況をお話に出来たらいいな。と思ったのです。
まさか、それを『カンテラの街』に取り入れてしまうとは、絵を描いていた当時は考えても見ませんでした。
お話に幾つかトランプの話を出していますが、それらには全て隠れた意味があります。
その暗示の意味を知ると、自ずとお話の先が見えてくると思います。
そして、この話の登場人物。
彼らを作っていくのも大変でした。
中でも悩んだのは、キリーロヴナとアドルフでした。
キリーロヴナは名前を決めるのに悩みました。
魔女という設定でサバサバした女性を思い浮かべ、カッコいい名前ないかなーと考えれば考える程、悩みに悩みました。
アドルフは『ジャック』という設定でしたが、本当はルゥが『ジャック』の予定でした。
ですが、マピュスと一緒に出してしまい、話の都合上無理になってアドルフを作ったのです。
そして何より彼の口調。「~っス」というのは、誰が話しているのか分かりやすくするため。丁寧な敬語を喋ると主人公と被るので、そうしました。
結果、中途半端な敬語になってしまいましたが…。
ヨウムのバッビーノについては可愛い動物キャラがいたらな。と思って作ったのですが、あまり出せませんでした。
一番の後悔。
とまあ、長々と個人的な感想を述べてしまい、失礼しました。
残り僅かなので書きたいことは沢山あるのですが、もうお仕舞いにしようと思います。
改めてありがとうございました。
ご意見、ご感想お待ちしております。




