K:恐怖の始まり
「代替わりじゃなけりゃ、伊織は何の選ばれし者なんだろーね?」
ふーむ、とキリーさんは唸る。
「何の…とは?」
「アンセルムにはそれぞれに称号があるんス」
「称号?」
「俺は『ジャック』、キリーさんは『クイーン』、オッドさんは『ジョーカー』」
「後一人は…?」
少し間を置いてアドルフが答えた。
「最後の一人は…マスターで、称号は『キング』」
それを聞いて、私は飲んでいたコーヒーを吹いた。
「ブッ……マ、マスターが!?」
ええ、お恥ずかしながら。とマスターは答えた。
「トランプの絵札が私たちの称号なのさ。さて、伊織が何なのかどう調べればよいものか…解剖してみたりして」
「ひっ」
有らぬことか、縁起でもないことをキリーさんが言い出すので、私は震え上がる。
「冗談だよ。にしても最近は異常なことが多いね…何かの予兆なのか?」
「"私"以外の異常なこととは…悪魔の増加出現ですか?」
今朝アドルフに聞いたことを、そっくりそのまま言ってみた。
「その通りだよ。酷い時には一夜に百人近い人間が悪霊化したこともある。」
あんなのが百も居たらたまったものじゃない。想像しただけで酷だ。
「その時は何とかなったけど、次はどうにもならないかもしれない…」
「年寄りには骨が折れる仕事でしたね」
皆辛そうな顔をして当時の事を語った。
「おい、オッドの旦那。あんたのとこのインコがうるさいぜ。何とかしてくんねーかな」
不意をついて離れた席からルゥが迷惑そうに叫んだ。
その後にバッビーノの声が聞こえた。
「オッドマン、仕事仕事!」
いつもは落ち着いた声で話すバッビーノなのだが、今は聞いたことのない金切り声で叫んでいる。
「わかったから黙れ、こら!」とルゥが怒っても、全く静かになる気配がない。
「どうしたんだろう、いつもは直ぐ黙るのに…」
マピュスが不安そうにバッビーノを見つめる。
バッビーノは仕事!仕事!を暫く連呼したと思うと、最後に囁くように呟いた。
「来る…ディ…アボ…ロ……」
すると外から人の悲鳴が聞こえた。
「何事!?」
慌てて店の外に飛び出すと、見るも無惨な情景が目に飛び込んできた。
黒いオーラを纏った化け物が街の人を襲い、喰らっているのだ。
襲われた人は手足を引き千切られ、内蔵が飛び出していたり、顔が潰されていたりしてもう見ていられない状態だった。
「嘘だ…悪魔は夜にしか出ない筈じゃ…」
今は夕方とは言えど、まだ明るい方で太陽なんか沈んでいない。
有り得ない事態が今目の前で繰り広げられている。
だが悲劇は始まったばかりだった。
逃げていく街の人々の中で、二人の子供が取り残されていた。
「誰か、助けて!僕の妹が…」
「お兄ちゃん、痛いよー…」
どうやら転んで怪我をしてしまったらしい。男の子の妹は立てずに座り込んでいた。
「ねえ、誰か居ないの!?誰か…」
「あ……」
兄妹の背後に黒い影が忍び寄る。
さっきの悪魔が今度は二人に襲い掛かろうとしていた。
「危ないっ!」
近くに居た私は咄嗟に駆け寄り、二人を庇う。
手を振りかざす悪魔に目を瞑る。
もう駄目かと思った時だった。
「危ないのは、お前もだろ」
オッドの声がして目を開くと、細長いステッキを盾にして悪魔の腕を押さえているオッドの姿があった。
「アドルフ」
「りょーかいッス」
オッドがアドルフを呼ぶと、背後でアドルフがショットガンを構えていた。
乾いた音が二発響いて、黒い化け物に命中した。
後は前同様、化け物は白い光になって消えていった。
「はぁ…」
あと少しで息の根が止まるところだった。
安堵の溜め息を吐くと、キリーさんに頬を平手打ちされた。
「はぁ…じゃないよ!全く。武器も持ってないのに戦おうなんて無謀だよ」
「…すいません」
皆に助けて貰ったから良かったけれど、もし一緒に居なかったら手遅れだったかもしれない。
初めて迷惑をかけてしまった。
「戦いたいなら、これ持ってな」
そう言ってキリーさんが手渡したのは、昨夜オッドが使っていた白い球だった。
「そいつは私の薬で作った閃光玉さ。上手く当てれば悪霊も倒せる」
「ありがとうございます…」
五個貰ってズボンのポケットにしまった。
「安心してる場合じゃないみたいッスよ」
そう言うアドルフの視線の先には、三体の悪魔が立っていた。
私が助けた兄妹を建物の中に避難させ、私たちはやって来るバケモノと戦うことになった。
「だけど、まさか昼間っから出て来るとはね…」
もう大分日が傾いてきて、沈むのも時間の問題になってきた。
夜になればまた敵が増えるかもしれない。
それなら私も戦おう。"歩ける者"として。
恐怖の闘いが今幕を開けた。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
後2話で終わりになります。昨日のうちに14話を投稿したかったのですが、出来ませんでした。
すいません。
今日か明日には完結します。
最後まで是非読んでください。
宜しくお願いします。




