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カンテラの街  作者: 齋藤翡翠
11/16

10:選ばれし者

「あーそう言えば、私も自己紹介しないと」


怪しんでいたくらいだから、物凄く気になっている筈だ。

だが、アドルフから意外な言葉を言われた。



「いいや、必要ないっスよ。伊織さんについては、オッドさんに聞いたんで」


「そうなの?」


オッドの方を向いて聞くと、「まぁ、大体のことは…」と呟くように言った。



「だけど、違う意味で聞きたいことがあるんス。ちょっと良いっスか?」


オッドと私に時間を作るようにアドルフは言う。



「マピュスは外で遊んできて欲しいんスけど…」


どうやらマピュスには聞いて欲しくない内容の話をするらしい。


「良いよ、別に。私はお邪魔なんでしょ」

半分拗ねているが、素直にアドルフの指示に従いマピュスは外に出て行った。



「さて、話すも何も遠回りに言ったっていけないと思うんで…単刀直入に言いますよ」


マピュスがいなくなり、三人だけの静かな空間でアドルフが真剣な口調で話し出す。


「オッドさん、伊織さんは何者なんスか?」


「え……?」


「……」


私についてオッドに質問したアドルフ。


まるで、私は正体を暴かれる悪者のようだ。


オッドはその質問に黙ったままだった。


「……"アンセルム"なんスか?」


聞き慣れない言葉を出してくるアドルフ。


「"アンセルム"……?」


「だとすれば、これは異例の事態です。今までに"アンセルム"が一度に五人も居る事は無かったっスから」



どんどん話を進めていくアドルフ。私はついていけず、待ったをかける。



「ちょ、ちょっと待って!よく分かんないけど、私が夜中歩けることが関係してるのは何となく分かります。それで昨日その謎をオッドに聞いて、夜の街に出たんですが……」



一生懸命今までの状況を整理して発言してるつもりが、頭が混乱してしまって自分でも何を言っているかさっぱりだ。


昨日も結局、何も分からずじまいで倒れてしまったし…。



「…私でも自分の事はよく判らないんです。気づいたら暗闇の中で眠ってて、その前の記憶もないし……私は居てはいけない存在なんでしょうか?」



声が震える。自分の事でこんなに思い詰めた気持ちになるとは思わなかった。


下を俯いて話す私にアドルフは申し訳なさそうに言った。


「悪かったっス!別に責める為に言った訳では無くて…オッドさんが俺の質問に答えないからっスよ!」


「俺の所為かよ…」


オッドは少しアドルフを睨む。

アドルフはその視線を避けるようにして、顔を逸らした。


「まぁ、俺も切り込み過ぎたっス。説明も無しに話したら、混乱するっスよね」


コホンと一つ咳払いをして、アドルフは説明し始めた。


「"アンセルム"って言うのは、夜の街を歩くことができる人――つまり、『選ばれし者』を差します。勿論『選ばれし者』と言われるだけあって、その人たちはごく少数に限られるっス。」



アドルフは右手の指を四本立てて見せた。


「アンセルムは全員で四人存在します。因みに俺とオッドさんはその一人。他に二人居ます。今までのこの街の歴史では一人でも欠けたり増えたりしたことは無いっス」


アドルフの言い方的にもうその四人は揃っている。


「つまり…」


「そう、夜の街を歩ける伊織さんが新たにやって来たことで、アンセルムは計五人になった」



だから、異例の事態だったのか……。

怪しまれることにやっと合点が行く。



フゥと息を吐いて、アドルフはソファに仰け反る。


「これまでに無い事例だからって、ちょっと警戒し過ぎたっスね。でも、最近はディアボロが良く出て大変だから…」


「そう言えば、昨夜見たあれって…」


アドルフの"ディアボロ"という言葉に、昨夜見た黒いバケモノを思い浮かべる。


「ああ、あれがディアボロ。街の人間は悪魔だとかっていうけど、俺は悪霊の意味でディアボロって呼んでるっス」


「何かその悪魔を『倒す』とか『殺る』みたいなことを言ってたけど…」


昨晩の出来事が頭の中で再上映される。


「俺たちアンセルムは夜の街を歩ける特権があるから、逆に歩いて悪魔と化した人を倒す役目があるんス」



「それであんなことを……倒すって言うけど、昨夜悪魔になってオッドが消してしまった人はまた元に戻るんでしょう?」


真っ白な光になって消えていった男性。最後に「ありがとう」と言っていた。

それは救ったということでは無いのか。



「…いいや、消滅する」


暫く黙っていたオッドが答えた。


「消滅って……?」


「そのまんまの意味だ。存在事態が抹消される」



私は言葉を失った。

シンとした空間が出来てしまったその時、玄関のドアを開ける音がした。


「ねぇ、お話終わったー?」


マピュスが帰って来たのだ。

アドルフは立ち上がり、被っている帽子を深く被り直した。


「マピュスも帰って来たし、俺は帰りますね」


何か用があるのか、マピュスと入れ替わるようにアドルフは帰っていった。

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