9:ラッパー少年
声と共に暗闇から出て来たのは、一人の少年だった。
真っ黒のキャップを被り、その上にフードを被っている。白いTシャツにジーパンを履いたその姿は、マイクを持てば完全なラッパーになりそうだ。
「流石はオッドさん。一発で仕留めるなんて。俺が狙ってたのに、やられちゃった。」
親し気にオッドに話し掛ける少年。オッドの背に隠れていた私を見て、空色の目を丸くした。
「オッドさん、後ろに何故人が…!?」
「……新人だ」
慌てた様子の少年に対して、オッドは落ち着いて答えた。
「ヤバイっスよ、普通の人が夜に出歩くのはいけない筈っス!その内その人も悪霊になります。そうなる前に俺が始末するんで、退いて下さい」
少年は焦った様子で腰に付けていたホルスターを外し、拳銃を取り出し構えた。
だがオッドは微動だにせず、寧ろ私を庇うように背中に引き寄せた。
「止めろ、アドルフ。こいつは大丈夫だ」
オッドがそう言っても、未だに少年は拳銃を下ろそうとしない。
「その人に騙されているんスね。オッドさんが倒さないなら、俺がやります!」
少年が引き金を引いた瞬間、パンッと乾いた音が響いた。
乾いた音共に放たれたのは弾丸では無く、クラッカーに使われる紙テープだった。
そして、少年の眉間辺りからバラバラと音を立ててトランプの飛沫が上がる。
それは一瞬の出来事だった。
打たれたものだと思っていた私は、力が抜けてへなへなとその場に座り込んだ。
「少し頭を冷やせ」
オッドが少年の頭を小突きながら言った。
少年も参ったというように、両手を上げて笑った。
「ハハッ、いつの間に手品を仕掛けたんスか。あんなのされちゃ、嫌でも頭が冷えますよ」
笑いこける少年にオッドは謝るように促す。
少年は私に近寄り、目線を合わせるようにして膝をついた。
「無礼をして、すみませんした…って、おい!」
今さっきの出来事に余りに驚き過ぎて、私は目を回しその場に倒れ込んだ。
「あらら…ダウンしちゃった」
申し訳無さそうに頭を掻く少年。
オッドは伊織を持ち上げて家へと向かった。
家へと向かう道中、少年はオッドに話し掛ける。
「しかし、その人は誰なんスか。初めて見る顔ですけど」
「新人だ」
「それだけしか言わないんスね。ま、オッドさんらしいけど」
*************
目が覚めると、あの部屋のベッドの上にいた。
一瞬、見慣れない風景にここが何処だか頭がついていかなかったが、暫くすると昨日までの記憶が蘇ってきた。
目が覚めたばかりで脳が働いていないのか、最後の記憶がぼんやりと薄らいでいる。
「昨日はオッドに話し掛けて…それから……」
あの出来事は夢だったのだろうか。
曖昧な記憶を辿って思い返していると、部屋の扉が開き誰かが入って来た。
「あ、目が覚めたんスね。おはようございます。良く眠れたっスか?」
入って来たその人を見ると、曇っていた記憶が一気に鮮明になった。
昨夜出会ったラッパー少年だ。
「き、君は…!やっぱり夢じゃなかったんだ!」
私の様子を見て、キョトンとする少年。
「え、俺夢の住人にされてたんスか」
「記憶の整理がついてなかったんだろ」と扉の向こうから声がした。
オッドがお盆を持って部屋に入って来た。
「朝飯」とだけ言って、私の膝上に朝ご飯の乗ったお盆を置く。
「もう、朝なんですか?というか、朝食ならリビングで食べられますよ。私、病人じゃないし」
私は起き上がって、お盆を持って部屋を出た。
*************
「すいませんした!」
リビングの床に頭を付けて、土下座のポーズをする少年。
「や、大丈夫ですよ。怪我一つしてないし」
私は慌てて頭を下げる少年に、上げるように促した。
「ほら、オッドが作ったご飯覚めちゃいますから、食べましょう」
すると、少年は「それもそうっスね!」と目を輝かせて朝食にありつく。
さっきのは演技だったのか、オッドに言わされたのか……。
リビングで朝食を食べているとマピュスが起きてきて、ソファに座っている少年を見るなり「何事?」と質問してきた。
「何でアドルフが居るの?」
「マピュス、この子のこと知ってるの?」
「知ってるも何も…」と言うマピュスを遮って少年が話し出す。
「そういや、まだ俺のこと話してなかったっスね」
少年は持っていた皿を置いて、自分に親指を向けた。
「俺はアドルフ。オッドさんの弟子。十六歳。そこんところよろしく」
「十六!?私と変わらないのに、小さ…」「ダメよ、伊織。それ禁句!」
小さい。と言い終える前にマピュスに止められた。
アドルフは小学生だと思う程身長が低い。マピュスよりは少し大きいくらいだ。
どうやらそれを言ってはいけないらしい。
「何か言ったっスか?」
「いいや、見た目が幼いなーと思って」
何とか言葉を誤魔化した。




