恋黙す
私はあなたを愛していた。
あなたは私を愛していた。
なのに何故、こんなにもあなたの涙が穢れて見えるのか。
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あなたはいつでも優しかった。
私が風邪を引いた時も、労りの言葉と共に手を尽くして私を看病してくれた。
「早く元気になってね」
そう言って微笑むあなたに、私も笑みを返すと、あなたはそれだけで喜んでくれた。それが嬉しくて、そんなあなたの笑顔が愛おしくて、私はあなたを見る度に笑顔になった。
「君の目は、小さな宇宙みたいだね」
少しキザっぽくて、ちょっと照れ臭かったけれど、それでもあなたが褒めてくれたから。私は自分の事を好きになれた。あなたが好きな私を、好きになれた。
「大丈夫かい?」
事ある毎に心配そうになるあなた。その優しさに触れたくて、その優しさを独り占めしたくて。ついつい、あなたが不安になりそうな嘘を吐いてしまう。
その度に何度も心配してくれるから。
私は罪悪感を覚えて、二度としまいと決意するけれど。あなたの優しさを思い出しては、いつのまにか嘘を吐いてしまう。私はきっと悪い子だけれど、私に嘘を吐かせるあなたは罪作りだと思う。
あなたはきっと分からない。
あなたの言葉が、どれだけ私の支えになったか。
あなたの心が、どれだけ私の心に温度をもたらしたか。
あなたという存在を、私がどれだけ愛していたか。
あなたはきっと分からない。
あなたの隣で微笑む女を、私が分からないように。
その女に見せるあなたの笑顔を、私が分からないように。
あなたと女の指に光る何かを、私が分からないように。
私がどれだけ望んでも、私がどれだけ願っても。
あなたの隣に私はいない。あなたの近くに居ても、隣にはなれない。
それが私には耐えられなくて。
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狭い世界から飛び出して見れば、無限と思える空があったけれど、その空は何だか寒かった。
ちらりと振り返ればあなたは泣いていた。
あなたは私を愛していた。
私はあなたを愛していた。
その涙は愛故の涙で、あなたは私を想って泣いてくれているのだろうけれど。
私はあなたの涙が、隣の女と同じに見えた。