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鉄たび紀行2  作者: 飛べない豚
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鉄たび紀行2.5   18きっぷの消化旅行

 年が明け、2017年に入った。先の山陰旅行は本当に年末であったから、年末年始はドタバタしたが、それも過ぎ去った日のことである。

 その山陰旅行の際に、18きっぷを2回分使用した。また、正月の前後にちょっとしたことで更に2回分を消費したので、最後の1回分が残ることとなった。

 きっぷ自体は、山陰旅行の際にすっかり元を取ったので、1回くらいは無駄にしてしまってもいいのだが、せっかくなのでどこかへ行こうと思う。


 日帰り旅行であるから、そこまで考える必要はない。どこに行こうかと思う。

 そうは言っても、東京近辺から日帰りで行ける場所は限られている。それに、関東・甲信越地方であれば、大概の路線は乗ったことがある。

 ……と思ったところ、そういえば水郡線には乗ったことがないのだった。水郡線は名前のとおり、水戸と郡山を結ぶ路線で(実際は水戸~積永盛さかながもり)、途中で常陸ひたちおおへ曲がる支線も含め、全線が未乗区間である。

 調べてみると、水郡線は日帰りが可能であることが分かった。これで行き先は決まりである。


 3が日が過ぎ、世間から正月ムードが少し薄れた1月6日、私は上野駅へやってきた。まずは常磐線で水戸へ至ることになっている。

 もう6日ではあるが、上野駅の入口には門松かどまつが飾られている。そろそろ下げても良さげなものだが、小正月まで飾っておくのだろうか。

 平日の朝であるが、下りの常磐線はいていた。列車はかつ行きのE531系で、15両の長大編成であるが、後ろ寄り(上野寄り)の10両はグリーン車も含めて途中の土浦止まりとのこと。グーリン車が付いている側の編成を途中で切るのは珍しい気もするが、常磐線の運用形態はいろいろあるらしい。

 快速の勝田行きは、定刻の10時52分に上野を出発した。今回は水郡線に乗るということで、かなりの早起きを覚悟したが、実際には水戸発13時過ぎの便しか ちょうどいいのが無かったので、鉄道旅行らしからぬ遅い出発となっている。私は早起きが苦手なので、個人的には少し安心したというのは秘密だ。お陰で、未乗区間は寝ずに済みそうである。先の旅行では【寝る】という大失態を2回もやってしまったが、今回こそは寝ずに楽しみたいところだ。

 北千住きたせんじゅまでの各駅で少しずつ客を乗せるが、それでも座席の7、8割が埋まる程度である。立つ客はいない。

 北千住からは複々線に入り、速度が上がる。横に常磐緩行線を見ながら、100km/h超で複々線を走る。

 まつで後続の特急の通過待ちのため、数分ほど停車する。松戸での下車客は割と多く、更に空いてきた。

 我孫子あびこからは各駅に停車する。この辺りは久しぶりに乗る区間だ。常磐線 自体、そこまで頻繁には乗らないのだが、前回は確か新松戸から我孫子まで乗ったのだった。それより北は しばらく乗っていない。

 今回は水戸で降りるが、水戸より先の区間に至っては、いわき~水戸を6、7年以上も前に乗ったのが最初で最後である。更に、いわき以北は乗る前に先の震災で不通となってしまった。


 取手を過ぎ、交流区間に入る。常磐線は、つくばの観測所で観測を妨害せぬよう、取手以北が交流区間となっている。以前の電車では、交直切り替えの際、死電区間デッド・セクションで車内の照明を切り、惰力で通過したものだが、最近の車両は車内の照明や空調をつけたまま通過できる。切り替えも自動だそうだ。E531系も例外ではなく、呆気なく通過し終えてしまう。結局、あまりの呆気なさに、どこがデッド・セクションであるのか気づかずに藤代ふじしろへ着いてしまった。

 取手からは住宅が少しまばらになり、線路も複線に戻る。速度は落ちてしまうかと思われたが、速度はそのままで、120km/hくらいは出ていそうなカンジだ。

 うしを過ぎたあたりで、E501系とすれ違った。E501系は、209系そっくりな外観をした交直流電車である。E501系は常磐線の水戸以北や水戸線でしか走っていないのかと思っていたが、この辺りも走るらしい。

 土浦で後ろの10両を切り離し、短い5両となる。高浜たかはまで再び特急に抜かれ、ともで水戸線の線路と合流した。友部の前後で、部活帰りと思わしき高校生がたくさん乗ってきて、車内は少し混んできた。

 大きな川なのか池なのか、親水公園のような場所を横目に見ながら水戸の市街地に入る。12時58分、水戸着。

 ここから乗るのは、13時15分発の水郡線である。まだ時間があるので、駅でトイレを済ませて ゆっくりと水郡線ホームに移る。ところが、水郡線の列車はとうに入線していて、車内は凄い混雑であった。座席は全て埋まり、立っている客も多い。

 車両は両運転台タイプのキハE130形気動車。JRになってから作られた、比較的新しい車両だ。車内は2列+1列のボックスシートである。

 この列車、郡山行きなのだが、両運転台の車両を3両もつなげた比較的長い編成である。しかもワンマンではなく車掌が乗務している。それはそうと、各車両とも本来は単行運転をするための車両なので、各車両にトイレが設けられていた。全車トイレ付きとは、新幹線もびっくりの設備である。

 しかしながら、この混雑は完全に想定外だった。郡山まで この混雑ということはないだろうが、どこまで混んでいるのか分からぬ。私は、仕方なく先頭車の運転席後ろに立った。


 13時15分、定刻通りに出発した列車は、駅を出てすぐに左へカーブし、常磐線の線路から離れる。そのまま水戸の市街地を走り、常陸ひたちあおやぎに着く。思いのほか、駅間の距離は短いらしい。

 しばらく住宅地を走ると、次第にそれもまばらになり、景色は田畑が目立つようになってくる。駅は小さく、食券機のような小さな券売機がホーム上に置かれている。

 水郡線は、おおむね90km/hくらいの速度でゆったりと走る。先ほどの常磐線ほどの機敏な走りは見せないが、周囲の景色に見合う速度なようにも思える。

 水郡線は、途中の常陸ひたちだいまで東京近郊区間となっている。ここ何年かの東京近郊区間の肥大化は目に余るものがあるが、それにより、水郡線も半分くらいが東京近郊区間となっている。もはや東京近郊とも思えないが、そういうことになっている。

 水郡線には「奥久慈清流ライン」という愛称が付いているらしい。確かに、同線は久慈川に沿って行く訳なので間違ってはいないが、「東京近郊」をうたいながら「清流ライン」というのもふざけた話だと思う。

 上菅かみすがで常陸おお方面と接続し、さらに北へ進む。「清流ライン」と言いながらも久慈川は見えず、山も正面に遠く見えるくらいである。まだまだ平坦な田園地帯といったカンジだ。

 各駅で人が降りていくので、後ろの号車は空いてきたのではないかと思う。が、この列車の後ろ2両は常陸大子までなので、その先まで行く私は先頭車に乗っていたいものだ。さっきから先頭車の混み具合が変わらないところを見ると、先頭車のほとんどの客が郡山近辺まで行くようである。

 常陸大宮で何人か降り、相席であるが私も席に座る。その次の玉川村たまがわむらという駅では、割と山が近くなってきた印象だ。駅間距離は長くなってきた。

 さらに進み、山方宿やまがたじゅくを過ぎると、最初のトンネルを通る。

 しもがわを出ると、久慈川らしい川が近くなり、それに沿って進んでいく。この頃になると、周囲の景色もかなり山深くなってきた。

 久慈川も上流ともなれば かなり蛇行した流れで、何度も鉄橋で川を渡る。確かに、「清流ライン」というだけあって、川の水は透明度が高そうである。周囲の木々とも相まって、景色はなかなか良い。

 西金さいがねという駅に着く。山の中の小駅であるが、脇には3本くらい電留線があって、そこには10両ほどのホッパー車が2本停まっている。そこで私は、水戸駅の構内にDD51が停まっていたのを思い出した。てっきり入れ替え機として使っていたのかと思っていたが、水郡線の貨物運用をしていたのかもしれない。水郡線に貨物が走っていたとは知らなかったが、こんなに周囲が山で囲まれているのだから、石灰石か何かの鉱山があっても不思議は無かった。

 

 常陸大子に着く。ここで後ろの2両を切り離し、ここからは1両単行運転である。

 比較的大きな駅で、構内には電留線が何本かあって、キハE130系の2両固定編成タイプが留置されていた。

 ここで、やっと巨大な東京近郊区間から外れ、少し走って福島県に入る。東北地方に入ったことになるが、景色がそこまで大きく変わるわけでもないので、特別な感慨はない。

 ここまで、結構 山深いところを走ってきたが、ひがしだてという駅を過ぎると、急に山が左右に遠のいた。左右に低い山が連なるが、線路の周囲は平坦で田畑が広がる。駅間の距離がまた短くなる。

 この景色のまま、何駅も過ぎる。もう山深いところは終わったのかと思う。

 磐城いわき棚倉たなぐらという駅に着く。ここも比較的大きな駅で、当駅から東北線の新白河しんしらかわまでバスが運行されているようだ。確かに、地図で見るとほぼ直線である。

 その、棚倉を過ぎると、再び山の中に入る。また山深いところに入るのかと思ったが、すぐ山は越えたらしく、例によって左右に山々が開いていく。同じように、所々山が近付いてくるものの、基本的には左右を山に挟まれた平坦な土地を行く。

 ここまで来れば、郡山は近い。ここからは東北線に乗り継いで帰るのみである。

 本来ならば郡山まで行きたいところであるが、接続時間が1分とあまりに危険なので、1駅手前の積永盛さかながもりで降りることになっている。安積永盛は東北線との接続駅であり、事実上は水郡線は同駅が終点であるが、全列車 郡山へ乗り入れる。

 山が更に遠のき、部活帰りとおぼしき高校生がたくさん乗り込んで車内がより混雑してくる。16時18分、安積永盛着。車内の半分くらいの客が降りた。

 跨線橋を渡って、上りの東北線を待つ。およそ15分くらいの待ち時間だ。

 安積永盛は比較的大きい駅であるが、周囲は特に拓けている様子はない。住宅が並んではいるが、そこまで賑やかな雰囲気もない。

 冷たい風が吹きつけ、寒い。気候や地形がそうさせているのか、私には分からないが、取り敢えず非常に寒い。待合室らしいものも無さそうで、なにか風を遮るものといえば跨線橋くらいか。と、思って見ると、その階段に5人くらいがバラバラに立っている。どうやら、跨線橋の階段で寒さをしのぐのがツウのやり方らしい。

 反対のホームに電車が来た。車両は719系で、まあまあ混んでいる。

 幸いなことに、東北線はボックスシート車を使用している。使用車両は主に719系かE721系で、後者に関して言えば座席はJR東日本お得意の硬いシートである。719系の座席が特別 座り心地が良いとは思えないが、E721系よりは柔らかいはずだ。どうせなら719系のほうがいい、さらに言うなら空いていて欲しい、などと考えていると、列車の入線を知らせる自動放送が入った。

 さあ、車両は何かと思って見ると、



 701系!

 しまった、この形式をすっかり失念していた。東北地方各地でロングランをしながら、座席はオールロングシートという代物である。例外なく、この黒磯くろいそ行きもオールロングであった。

 車内は暖かく、そして望み通り空いていた。せめてクロスシートが良かったが、こればかりは仕方ない。

 外はすっかり日が暮れ、車窓を楽しむことはできない。車内はどんどん空いていく。1時間ほど薄暗い鉄路を走り、17時29分、黒磯着。

 黒磯で、宇都宮行きの列車に乗り換える。が、乗り場は跨線橋を渡ったところにある離れたホームで、対面乗り換えではない。

 不便極まりないことだが、この駅は駅構内がデッドセクションになっていて、当駅から東京寄りが直流区間となる。その事情を考えれば、対面乗り換えでないのは当然である。

 車両はE233系。一気に東京近郊まで戻ってきたカンジがする。この宇都宮~黒磯の列車は、211系や埼京線から転属してきた205系が運用されているが、今回はそのどちらでもなかった。

 後ろ寄りのボックス席を押さえる。17時35分、黒磯発。

 外はさすがに真っ暗で、まばらに街灯や住宅の明かりが流れるだけである。どんな場所を走っているのかは全く分からない。東北線の福島以南は以前 乗ったことのある区間であるが、その時も帰り道で夜だったことを思い出す。

 宇都宮で再び乗り換えだ。乗り換え列車は上野行きの通勤快速で、車両はE231系。例によってボックス席を押さえる。夜の上りは空いていた。

 通勤快速は停車駅がかなり少なく、大宮までの道中で1、2本普通列車を追い抜く。本線なので速度も速い。

 相変わらず景色は暗くて分からないが、大宮に着く直前で景色が明るくなり、一気に都市の風貌である。いくら「ダ埼玉」と言えど、東京とそんなには景色が変わらないだろう、と思えるのは、出身地贔屓びいきだけではないはずだ。

 私は、外を流れる光を横目に見ながら、今日の行程表をしまった。

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