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一話

「春夏秋冬」×幼馴染。第三弾、秋のお話。

□季節先取り!秋編スタートです!

春編「遅咲きの桜」に登場した美乃が部長を務める空手部に所属する女の子と、野球部の次期エースのお話になります。一番近くに居たのに、お互いの気持ちが分かるようで分からない。そんなもどかしさを書けたらいいなと思いながらパソコンとにらめっこしてます←

よろしければ、ご一読・ご感想お願いします…!!



「かっ飛ばせ―ッ!! 蛍―ッ!!!」

 割れんばかりのスタンドからの声援に、聞き慣れた声が混じっているのに(ほたる)は目を剥いた。

 今日は部活の大会があるから行けないと、そう残念そうに言っていたのは昨日のことではなかったか。

「真?」

 バッターサークルから見つけた黒髪の名前を、ぽつりと呟く。

「ホームラン決めろよーッ!!」

「……バカだろ!! お前!!」

「バカじゃないっての!! 失礼な!!」

 幼馴染を認識するや否や、蛍はスタンドの近くまで走っていった。

 フェンス越しに罵り合いをしながら、蛍は溜息を吐き出す。

「お前、諦め悪いな」

「……何のこと」

「そんなに好きなわけ?」

 後ろから監督が次はお前の打席だぞ、と怒鳴っている声が聞こえた気がしたが、今はそれどころではない。手袋越しに触れた、(まこと)の手は熱でもあるんじゃないかと思うくらいに熱くて思わず顔を顰める。

「……悪かったな、好きで」

「別に悪いとは言ってないけど」

「いいから戻れよ。私は勝手に応援して、勝手に帰るから」

「部活は」

「勝ったから見に来たんだろ」

 よく見れば、道着の中に着るインナーの上からジャージを引っ掛けていた。

 走って来たのか、一つに結んだ髪は乱れ、額には大粒の汗が滲んでいる。

 頬を伝った汗が、つう、と鎖骨を流れて服の中に吸い込まれていくのを見て、蛍は喉が鳴るのが分かった。

「真」

「何だよ」

「…………試合が終わったら、好きだって言うから」

「は」

「チャリのとこで待っとけ」

 木製バットを手に、打席に向かった蛍を、真は黙って見ることしか出来なかった。


 ――幼馴染と言うには近すぎて、もはや腐れ縁と言った方がしっくりくるような気がする。

 親同士が親友なこともあってか、蛍とはお腹の中にいる頃からの付き合いだ。当然ながら、「初めて」と名の付くものはすべてお互いだったし、あげていない「初めて」を数える方が早い気がするほど、互いに捧げた自覚はある。

 ままごとの延長戦のような感情は真の中で膨れ上がり、これが恋なのか、友情なのか、分からない。それくらい、真は蛍のことを思っていた。

「……ばかじゃねえの」

 バッターボックスで真剣な表情を浮かべ、ピッチャーの方をじっと見る幼馴染に、思わずその場に脱力する。

 つい三カ月ほど前に、野球に集中したいから、付き合えないと言ったあの口で、今度は「好きだ」と言われた。

 もう十何年にもなる付き合いなのに、未だに蛍の考えが分からない時がある。


 ――三カ月前。

 それはまだ夏の匂いが残る日のことだった。

 いつものように、二人で並んで自転車を押しながら帰路についていた。他愛もない話に笑いながら、時折見せる彼の真剣な表情に心臓が跳ねる。

知れず、ハンドルを握る手に力が籠った。

「……真?」

 不意に名前を呼ばれた。

 俯きながら歩いていた所為か、いつの間にか蛍との距離が出来ていることに真は気が付いていなかった。数歩先で、不思議そうに自分を見つめる幼馴染に、真はグッと唇を噛みしめる。

「……あのさ、」

(言っちゃだめだ)

 言えば、この関係は終わってしまう。

 心地の良いぬるま湯のようなそれが終わってしまう。

 それでも、いつまでも「幼馴染」のまま彼の傍で居ることが辛かった。

「好きだよ、蛍」

 夕暮れが、二人の影を黒く長く伸ばしていく。

 生温かい風が肌を撫でていくのに、真は体温が急激に下がるのを感じた。

 言ってしまった。

 長年、腹の底にひた隠しにしていたそれをついに吐き出してしまった。

「…………は?」

 蛍の低くて少しだけ掠れた声が、いつもより更に低くなった気がする。

 びくり、と肩を震わせてそちらを見れば、眉根を寄せて固まる彼が視界に入る。

「本気で言ってんのか」

「……冗談でこんなこと言うか、バカ」

「あー……。マジか……」

 くしゃり、と歪んだ彼の表情に、真は溜息を吐き出した。

 気まずそうに頭を掻きながら、蛍が「あー」やら「うー」やら声にならない声を上げる。

 その様子に、溜息を吐くと真は彼の隣を急ぎ足で通り過ぎようとした。だが、あと一歩というところで腕を掴まれたかと思うと、いやに真剣な顔をした蛍と目が合った。

「……今は、無理だ。野球に専念したい」

「…………何だよ、それ」

「だから、今は無理なんだって」

 釈然としない答えだった。

 ずるい、とそう思うのに、心の中では、はっきりとした答えを聞かされなくて安堵しているもう一人の自分が居た。

「……私、あんたの隣に居てもいいの?」

「いいよ」

 そう言ったきり、蛍は静かになってしまった。

 黙ったまま、二人で並んで道を歩く。

 何とも言えない空気が自分たちの間を渦巻くのを感じながら、真は笑った。

 

拳二つ分の距離、それが真と蛍にとって丁度良い距離だった。


 ――等と悠長なことを思っていた自分を全力でぶっ飛ばしたい。

 部活終わりに、先輩と一緒にベンチに座っていると、見たこともないくらいに緩んだ表情で現れた幼馴染に、真は本気で殺意を覚えた。

 何が、部活に専念したいだこの野郎と今にも振り下ろさん勢いで握りしめた拳を、先輩の手前だと、理性で必死に抑え込む。

「美乃先輩、俺も一緒してイイっすか?」

 デレデレ、と下心満載な顔でそんなことを言うものだから。

 思わず足を踏みつけてしまったのは仕方がないと思う。

「て、め!? 何すんだよ!」

「ああ、ごめん。アリが靴の上を這っているのが見えたから」

 良かれと思って、とにっこり笑いながらに言えば、蛍の目が忌々し気に細められる。

 普段であれば、大事な選手の足だから、と踏ん付けることなどしない。けれども、この時ばかりは違った。

 執拗にぐりぐりと足を踏みつければ、その度に蛍が眉根を寄せるが、真は彼が根を上げるまで止めるつもりはない。

「真。あんまり海野君を虐めちゃだめよ」

 日本人形のように美しい先輩に咎められて、若干、心が痛んだ気がするが、ふるふると首を横に振る。そんな美乃の言葉に、蛍がまたデレデレと表情をだらしなくさせるものだから。つま先で踏んでいた足を、踵にシフトチェンジしてやった。

「虐めてません。アリに噛まれたら痛いと思って」

「……っ! お前のデカい足に踏まれる方がよっぽど痛いっつの!」

「デ、デカくないし!! 一般的なサイズですー!」

「いいや、デカいね!! 美乃先輩の足見てみろよ! どうして同じスポーツしてんのにそんなに差があんだよ!」

「よ、美乃先輩と比べるな! この人は特別なの! 特殊例!!」

 ぎゃいぎゃいと途端に騒がしくなった二人に、美乃は苦笑を零した。

 これが噂に聞く夫婦漫才か、とどこか遠目でそんなことを思いながら、部誌を開いて今日の活動内容を書き始める。

「あーもう! 煩えな!! ちょっとは美乃先輩を見習ってお淑やかになれよ!」

「なっ!」

 痴話喧嘩に巻き込まないでほしいと心底うんざりしながら、美乃は顔を上げた。真が今にも泣きだしそうな顔で唇を噛みしめているのが、目に飛び込んできた。

 部活中、どんなに技が決まっても決して泣くことのない彼女が、目に薄い涙の膜を張って、鋭い目付きで蛍を睨んでいる。

 まだ何か言おうとした蛍に、美乃が待ったをかけた。

「……海野君、少し言い過ぎだわ。真も、先にちょっかいを掛けたのは貴女でしょう?」

「…………すみません」

「……っ」

 美乃の言葉に真は喉が締め付けられるような痛みを覚えた。

 涙が流れないように、必死で堪えながら、勢い良く頭を下げると急いでその場を後にする。

 自分が女らしくないことなんて、自分が一番分かっている。

 それを、好きな相手から言われて傷付かない訳がなかった。まして、憧れている先輩と比べられて、妬むなと言う方がおかしい。

 

(……蛍のあんな表情、初めて見た)


 早歩きでロビーを通り抜けながら、先ほどの光景が瞼の裏で蘇る。

 これ以上ないくらいに和らいだ眦に、楽しそうに緩む口元。そのどれもが、自分ではない者に対して向けられていた、と思うと嫉妬で気が狂ってしまいそうだった。

 文武両道、才色兼備。

 美乃を飾る言葉はいくらでも見つかるのに、それを自分に当てはめると途端に語彙が乏しくなったような錯覚を覚える。

「…………蛍のバーカッ!!!」

 決壊したダムのように流れる涙を乱暴に拭いながら、真は家への道を全力で走った。

 

 蝉がアスファルトの上でひっくり返っているのを、秋風が擽っていた。

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