王城へ行きました。(クズとも出会いました)
貴族社会のルールについては完全なる捏造なので、それを踏まえて読んでいただければ嬉しいです!
あらぬ幻覚を見ていたせいか、どのくらい馬車に乗っていたのか記憶が曖昧になっている。
頭がぐらぐらしつつもなんとか馬車から脱出した。
あー…動かない地面って素敵。
「お嬢さん大丈夫か?」
「ええ…もうへいき。ありがとう、イアソン。」
お父様がさん付けやめろっていうから、ドギマギしながら呼び捨ててみたんだけども。
イアソンさん、怒ってない、ね?
よかった。
年下も年下の私に呼び捨てされて不機嫌にでもなったらどうしようかと。
まあお人好しだし、そんなことにはならない自信はあったのだが。
ちなみに私自身の言葉遣いは、外面だけでもなんとか公爵令嬢に近づけようとした努力の結晶だ。
ちょっと憧れあったんだよね、女言葉。
いや、前世も今世もれっきとした女ですけどね?
「お嬢さんは馬車酔いすんだな。俺も昔はあったんですよ、馬酔い。つってもずいぶん前のことですがね。」
「そうなの?酔うのってなおるのね。私もそうなるといいんだけど。」
「まあ、俺の場合は荒療治ってやつでしたから、期待しないでくださいよ。」
え、いったいなにをされたの。
荒療治って、間違ったらトラウマになりそう。
私とイアソンさんがやいやい話してると、お父様のところに城の文官がやってきてなにやら耳打ちしてから去っていった。
なにごと。
「エステル、すまないが私は少しここを離れる。中庭を見ても構わんそうだから、イアソンと行ってきなさい。イアソン、娘を頼むぞ。」
「えっあの、お父様?」
それだけ言い捨てて、お父様はすたこらと王宮の中に入っていってしまった。
置いてきぼりですか。
中庭に行ってろって言うなら行きますけどね。
「ねぇ、イアソン。」
「なんです、お嬢さん。」
「私、今日はじめてここに来たの。だから、中庭の場所なんて知らないんだけど、貴方知ってる?」
「お嬢さん、俺はつい最近までただの駐屯部隊の兵士だったんだぜ。王宮になんざこれっぽちの縁もありませんでしたよ。」
ですよねー。
くそう、説明不足。
だいたいお父様が連れてきたくせに、置きざりってなんなんだ。
一応見ていいらしいし、ちょっとうろついてみようかな。
きっと人気のないほうに行ったらあるんだよ、庭が。
「ここにいてもしょうがないし、イアソン、あっちに行ってみましょう。」
いざ行かん、人気のなさそうなところへ!
イアソンさんの手を引っ張り、有無を言わさず進んでいく。
あのままあそこにいたって暇なだけだし、事件を運んできそうなお父様を待ってるより城の探険でもしよう!
「ちょっ、お嬢さん!場所もわかんねぇのに勝手に歩いていいんですか⁉︎」
「いいのよ、お父様が見てきなさいって言ったんだから。それに、いつまでもあそこにいるなんてたいくつでしょう?」
「そりゃあそうですが…。」
「誰かに見つかったら、お父様のことを言えばいいわ。おこられるのはお父様だから。」
「…悪いお嬢さんですねぇ。」
「ふふ、そんなことないわ。」
低い声がくつくつと笑う。
何がツボにはまったのか、イアソンさんはしばらくずっと笑っていた。
…幼女に手を引かれながら笑う老け顔の悪人面…。
いえ、大丈夫です、誘拐じゃないんで。
イアソンさんと城の敷地内を歩くこと数分、明らかに中庭ではないが綺麗に整えられた花壇のような場所に出た。
色とりどりの花が美しく咲き乱れる様はとても幻想的で、精神年齢が積み重なっていなければまるで夢の国だとはしゃいだかもしれない。
ひっそりと備えつけられたベンチに飛び乗って座ると、同じく景色に見とれていたイアソンさんを隣に座らせた。
お父様もいないし、別に並んで座ってもいいでしょう。
恩人を立たせて自分だけ座るとか、勘弁してもらいたいんで。
そんなことするくらいなら自分も立ったほうが気楽だし。
「ほんとによかったんですかねぇ、勝手に動いて。」
「案内があるならともかく、おとなしくなんてしていられないわ。」
「妙に大人びた考えといい、お転婆ですな、お嬢さん。」
「でも、きれいなお花が見られたんだからいいじゃない。」
「まあそうですね。天気もいいし、昼寝でもしたい気分ですよ。」
「ひざまくらでもしてあげましょうか?」
「…遠慮させてもらいますよ。ご当主に殺されちまいそうなんで。」
そう言って、苦笑いして首を振る。
殺しはしないけど、それ材料にしてさらに脅迫してきそうではあるよね。
性格歪んでるからな。
「それにしても、いつまで待っていればいいのかしら。」
自生しているわけじゃないから好き勝手に摘むこともできないし、結局暇じゃんね。
宙に投げ出されている足をぶらぶらと揺らしても、退屈な気持ちは紛らわせない。
天気はいいし、花は綺麗だし、ほんとに寝ちゃおうかな。
人は退屈すぎると寝ることができるのさ。
もしかして、寝たら王子殿下と会うのもなくなるんじゃ?
いやいや、お父様がそんなことで誤魔化されるはずないだろうが。
ぼーっとしてるせいか判断能力が鈍ってるみたい。
起きろ私。
寝たら死ぬんだ、いろんな意味で。
見渡す限り人っ子ひとりいないから、意識を向けられるものがない。
イアソンさんも静かだ。
ふぃー、つまらんのう。
好奇心は猫を殺すらしいが、どうやら退屈は子どもを殺すらしい。
本格的に瞼が重くなってきたところへ、正面から見たこともない軍服らしきものを着た男がこちらに近づいてきた。
別にイケメンでもなんでもないだろう男の顔が視認できる距離までくると、おもむろにイアソンさんが立ち上がる。
勢いよすぎてベンチ全体が揺れたよ。
目が覚めたわ。
自分の体格わかってんのか。
男もイアソンさんに気づいたのか、ニヤニヤと嘲るような笑みを浮かべる。
やだ、小物臭ぷんぷん。
それを見て、最初から険しかった顔がさらにその上をいく。
ぎゅうって音がしそうなくらい眉間に皺が寄った。
あぁーあ、跡んなるぞー。
「これはこれは、イアソンじゃないか。貴様をクビにしてから久しく見ていなかったが、まだ生きていたようだな。我が隊は貴様の無駄にでかい図体がなくなったおかげで、ずいぶんとすっきりしたぞ。」
「…隊長。まあ、なんとかやってますよ。」
「ふん、貴様のその態度、相変わらず鼻につく奴だ。それで、もはや兵士でもない貴様がなぜここにいる。職に困って盗賊にでもなったか?貴様のなりではお似合いだな。」
ふぅん、隊長なの。
イアソンさんに剣術で負けてクビにした貴族出身の軍人ね。
負けて悔しいって自分から言ってるようなものなのに、それに気づきもしないなんてほんと小物。
しかもイアソンさんを詰るのに夢中で私のことは眼中にも入っていない、と。
たぶんイアソンさんがちょうど私と重なる位置に立ってくれているんだろう。
コネを使っても部隊長にしかなれない器だとしても、一応貴族の出なんだから視野は広く持たないとお里が知れるってもんだ。
「ねぇ、イアソン。」
私が声を発すると同時に、驚愕に満ちた瞳が向けられる。
なんで喋った、なんて言葉が聞こえてきそうだわよ、その顔。
同じく元隊長も、イアソンの背後からした子どもの声に驚きを隠せないらしい。
すぐさま立っている場所からずれて、イアソンさんと重なっていた私の姿を確認した。
「誰とおはなししているの?」
「お、お嬢さん、今は、」
「これは申し遅れました、お可愛らしいお嬢様。私は駐屯第一部隊隊長、ガーナルド・フーバーです。イアソンの元上司にあたります。」
フーバーというと、たしか中堅どころの子爵家じゃなかっただろうか。
詳しくは知らないけど、たぶんそうだったはず。
ガーナルドは私のドレスの仕立てから、少なくとも王城に出入りできるほどの貴族階級だと判断したのだろう。
相手は年端もゆかぬ子どもだというのに、イアソンさんに対するときとは明らかに違う口調と態度。
そういうところが小物なんだよ。
恭しくお辞儀をして微笑むと、今度は鳥肌の立つ猫なで声で話し始めた。
「僭越ながら、お嬢様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「隊長…!」
「お前は引っ込んでいろ、イアソン。私はこのお嬢様と話をしているんだ。分をわきまえろ。」
「…ごあいさつありがとうございます。私はエステル・オックスウッドと申しますわ。」
「オックスウッド⁉︎」
おいおい、さっきまでの取り繕った礼儀はどこへ飛んでったんだい。
家名を聞いて鸚鵡返しするのは、貴族社会では大変無礼に当たる行為だ。
そのまま聞き返すことは、その人の言葉を信じていない、もしくは疑っていると宣言するようなものなのだから。
しかもこの場合、私の家格のほうがずっと上だということも、無礼具合に拍車をかけている。
無礼に加えて喧嘩を売っていると受け取られても文句は言えない。
全然なってない、0点。
仮に今ここがパーティーなどの公の場で、私のそばに保護者であるお父様がいないことを差し引いたとしても、向こう二、三年は他家から白い目で見られたり、交流を断られたりする可能性がある。
それに、たとえ元部下でも、今はお試しだが格上の貴族の従者を貶めるような発言はいただけない。
こんな貴族として当然の常識に欠ける男だ。
厄介払いで軍に放り込まれたってこともある、かも。
「何か?」
「いっ、いえ、オックスウッド家のご令嬢とは知らず、とんだ無礼をいたしました。」
ふむふむ、謝るだけましといったところかな。
イアソンさんにはしないみたいだから、たいして評価は変わらないけども。
「失礼かと存じますが、その、イアソンとはどういった…?」
はい、減点。
相手の人間関係を露骨に探るのもマナー違反。
もっと言うと、相手の家格が自分よりも上の場合、相手に話しかけられるまで挨拶以上の言葉を口にしてはならない。
ガーナルドは私の姿を見てすぐに挨拶をした。
それはいい。
でも、私はイアソンさんに話しかけただけであって、けしてガーナルドに話を振ったわけではないのだ。
減点されまくりですね、隊長さん。
「イアソンは、私がモンスターにおそわれていたところを助けてくれたのです。そのはなしを聞いたお父様が、彼を私の従者に雇ったんですわ。」
ね?とでも言うようにイアソンさんに笑いかける。
私とイアソンさんは主従の絆で結ばれていますよ。
彼をクビにしてくれてむしろありがとうございます。
そう伝えるつもりで、無邪気度五割り増しくらいの笑顔を振りまいてやった。
ふう、一仕事終えたぜ。
イアソンさんは私の思惑に気づいているらしく、私に笑い返す口元がぎこちなく引きつっていた。
ちょっと、なんで引きつってるの。
ちっさい声で、喧嘩うんなよお嬢さん、とか聞こえた気がするけど。
きっと気のせいだ!
「じゅ、従者?ですか?このイアソンが?しかし、この男は平民の出ですよ⁉︎」
「平民だとか、貴族だとか、関係ないでしょう?彼は強いですもの。」
うふふ、と笑う私の言葉に火をつけられたガーナルドは、顔を真っ赤にして腰に下げていた剣を抜き去ると、イアソンさんに鋒を向けた。
はいダメー。
貴族の従者相手に勝手な抜刀は許されませんー。
急に剣を向けられても、イアソンさんは瞬きすらせずにまっすぐガーナルドを見つめている。
肝すわってますね、さすがです。
「イアソン!貴様に決闘を申し込む!」
はぁあ…こんなんが隊長でこの国の軍は大丈夫なの?
私とイアソンさんの二人から向けられる冷めた視線を物ともせず、ガーナルドは一人滑稽に吠え続ける。
まるでピエロのように。
「貴様のような、上司を上司とも思わない無礼な男が、かのオックスウッド家の従者であって良いはずがない!おおかた何か仕組んだのだろう!ご安心ください、エステル嬢、私がこの無法者の魔の手から貴方を守ってみせます。この男を倒し、誰が貴方の従者として真に相応しいかご覧にいれましょう!」
あのさぁ、一人で盛り上がってるけど、
さっき私、平民も貴族も関係ないって言わなかった?
しかも従者として相応しいって、自分が取って代わるつもりなの隠す気もない。
一回負けてるくせに。
完全に喧嘩を売ってくれたらしい。
…やったろうじゃないか。
「ちょっ、何を言ってんだ!」
ほら、あんたが心底馬鹿にしてる平民のイアソンさんのほうが、その発言のヤバさに気づいてる。
不思議なこともあるもんだね?
「…イアソン、受けてたちなさい。」
「っ、お嬢さん!」
「ねぇ、イアソン。年下のめいれいを聞くというのは、こういうことなの。それでもやると、貴方はあの時言ったわ。なら、私の言うことをきいて、ちゃんと相手をしてちょうだい。どうせ、今まで手かげんばかりしてきたのでしょう?貴方はお人よしだものね。でも、私は私のおんじんが安く見られるなんてゆるせない。だから戦って、証明して。」
誰が私の従者に相応しいは私が決めることで、私の従者になるかどうかはイアソンさんの自由だ。
たとえつい最近会った人だとしても、他人に口出しされる筋合いはないし、肝心なときに守ってくれないような人に自分のほうが相応しいだなんて絶対に言わせるもんか。
たとえお試し期間でも、今この瞬間、私の従者はイアソンさんなのだ。
「どうやら俺は、わがままなお嬢さんに関わっちまったみてぇみです。」
「…いやなの?」
「まさか。身にあまる光栄ってやつですよ。ただ、お嬢さんにばかり格好いいこと言われちゃ、俺の立つ瀬がないんでね。んじゃ、お嬢さんの要望通り、ちゃちゃっとやっちまいますか。」
私がかっこいいなんて、どの口が言うんだか。
ま、それでこそ私の従者ってもんよ。
イアソンさんが剣を抜き放ったのと、ガーナルドが飛びかかってきたのは、ほとんど同時だった。
今回は調子にのってたくさん書いた気がします。
毎回こんなに書けるといいんですけど…。
ここにきて文才の無さを実感しております。