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馬車に乗りました。(ストレスは厳禁です)



イアソンさん強制従者お試しコースが始まってから、早いもので二日が経過した。

イアソンさんには是非お父様犠牲者の会のメンバーになってもらおうと思っていますが、それはさておいて。

とうとう今日この日がやってきてしまいました。

そう、私が王宮という名の魔窟へ放り込まれる日でございます!


あー嫌だ。

何が悲しくて婚約なんかしなければならないのだろうか。


ベッドに転がって髪が乱れるのも気にせず寝返りを打ちまくる。

ふん、ボッサボサになるがいい!

第二王子との婚約ってどんな話だったっけ。

なんかトラブルあった気がするんだよね。

たしか、暗殺未遂系の…。

それで人間不信の塊みたいな性格になったんじゃなかったかな。

あーもーわかんないし。

こんなことなら真面目にゲームやってりゃよかった。

内容覚えてないとか、初見殺しもいいとこだよ。


豪華なベッドでごろごろしていると、コンコン、と扉を軽くノックする音が部屋に響いた。

…誰ですか。

望まない婚約話のせいで憂鬱な私は誰とも会いたくありません。

お帰りください。

菓子折り持って出直してきやがれ。


「お嬢さん、起きてるか?そろそろ王宮に行く準備ってのをしなきゃいけねぇそうですが。」


…イアソンさんじゃん。

起きてるか、って。


「はいっていいわ、イアソンさん。べつに寝てないから。」


しぶしぶベッドから起き上がる。

はいはい、準備ね。

彼は私の従者お試しが決定してからというもの、無駄に綺麗な微笑みを振りまいて迫るお父様に引きずられて、言葉遣いと身だしなみの教育を施されていた。


次の日の朝までイアソンさんを見ることはなかったけど、お嬢ちゃん呼びがお嬢さんに変わって、言葉にも微妙に敬語が混じるようになった。

完全にならないのはご愛嬌といったところだろう。

少し見ない間にまるで戦争帰りみたくやつれていたけど、どんなことをされたのかは聞かない。

聞いてほしくなさそうだし、慰めるのもなんか違うでしょう。


イアソンさんは少しだけ扉を開けて、私がちゃんと起きてるかどうかを確認した。

だーから寝てないっつの。

とって食ったりしないのに。


「失礼いたします、エステル様。お召し物を整えさせていただきます。」

「…マーサ。」


てっきりイアソンさんが入ってくるかと思ったけど、現れたのはベテランメイドのマーサだった。

マーサなら私の使用人嫌いセンサーは反応しないので、最近私の身の回りのことはマーサがやってくれている。

他の使用人が私と接するときも、たいていイアソンさんかマーサがそばにいてくれるので、死亡フラグを爆買いする必要もないという寸法なのだ。

ずっといてくんないかな、イアソンさん。

マーサはメイドだから仕事があるし。


「エステル様、なぜそのように髪が乱れておいでなのです?」

「ちょっと、ごろごろしてたから。」

「これから王宮に行って第二王子殿下とお会いするというのにですか?」

「私がきめたことじゃないもの。勝手にはなしをすすめたお父様がわるいの。」


そう、お父様がおかしいんだよ。

今どき親が決めた婚約だなんて。

はっ、ちゃんちゃらおかしいわ。


「ともかく、整えさせていただきますよ。じっとしていてくださいませ。」


言うが早いか、マーサは私の脇に手を差し入れて鏡台の前に持ってくると、テキパキ動き出した。

相変わらず動きに無駄がない。

荷物のように運ばれたのは若干気にくわないけど、文句を言う隙もないマーサに翻弄されている間に準備が終わってしまった。

…なんで乱れる前よりも髪に艶があるのかしら?

4歳にして肩を通り越した髪は、窓から差し込む日光を反射してキラキラしてる。

あの光り輝く両親から生まれただけあって、エステルは4歳には見えない整った顔つきだけど、ゲームでは描かれていない時代の話だからか、いまいち実感がない。

とは言うものの、将来美人になれると思うと少し嬉しいのも事実だし。

死ななければの話だけど。

とりあえず殿下とは当たり障りなく接して、微妙な知り合い程度の関係に落ち着けるといいな。


「さあ、できました。マーサ渾身の仕上がりです。これで第二王子殿下もイチコロですね!」


イチコロって。

マーサ貴方、私が婚約を嫌がってるの、振りだとでも思ってるんですか。

心の底から嫌がってますけど?

よく見てよ、この絶望を詰め込んだ瞳。


「エステル、準備は終わったか。そろそろ王宮に向かうぞ。」


腹が立つくらいタイムリーに声をかけてきたお父様に急かされて、マーサが開けてくれた扉から部屋を出る。


「ああ、私の娘は今日も可愛らしいな、エステル。」


へっへーんだ。

ご機嫌とろうったって無駄。

お父様とは公の場以外しばらく口をきかない。

私の怒り思い知れ。

娘は怒っていますよー!


お父様を無視して同じく部屋の前にいたイアソンさんに近づいて、着せられた濃紺のドレスの裾を摘んでくるりと一回転してみせる。

うふふ、気分はバレリーナよ!

…なんでもないです。


「どうかしら、イアソンさん。」


ちゃんと可愛くなっているかしら。

止めとばかりに首を傾げてやった。

前世と今世の人生二回分くらいの大サービスだ。

今この瞬間は私の黒歴史として末長く記憶領域にインプットされるんだろうな。

気が重いわ。

少し驚いていたようだが、すぐに大きな掌が髪型を崩さないように気づかいながら撫でてくれる。

恥ずかしい思いをしただけあって、むふ、と声が漏れてしまった。

むふって。

せめてもう少し上品にできなかったのか、私。

あぁあ…黒歴史が増えていく。


「ちゃんとべっぴんさんだよ、お嬢さんは。」


べっぴんさんとな。

どうもありがとうございます。

イアソンさんのスルースキルには感謝が絶えません。


「ところで、エステル。お前、イアソンに敬称を付けているのか?」

「ええ、おんじんですもの。」


うぁっ!

口をきかないはずだったのにあんまりさらっと聞くから反射で答えちまったー!


「たしかに彼はお前の恩人だが、今は従者なのだ。主人であるお前が従者に敬称を付けてはならない。いいな?」

「…はい。」

「よし、では行こう。馬車の用意は済んでいる。」


恩人に敬称を付けるなって、私のメンタルがガリガリ削られるじゃない。

せっかく良いところのお嬢様に生まれたのに、やっぱりストレスフリーなんて幻なんだ。

うん、わかってた。


私とお父様が馬車に乗り込みイアソンさんが愛馬に跨ると、二頭立ての馬車は王宮に向けて出発した。

激しい揺れの中で私にできる唯一の現実逃避は、ひたすら無言で去りゆく景色を眺めることだけだ。

無駄に前世の記憶が残っているせいで、この馬車文化に順応するのはかなり難しい。

あまりの揺れに幻覚が見えてきたよ。

あらあらうふふ、蝶々が飛んでる。

運転手さん、王宮までどれくらいですか?



書きながら考えるとか無謀すぎる。


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