従者ができました。(お試しです)
「従者って、俺が?」
「そうだ。」
「おれはそういうのは向いてねぇよ。」
「具体的にはどこが?」
「だから…がさつだし、老けてるし。隊をクビになったんだぞ。つか、こんなお嬢ちゃんに俺みたいな男はダメだろ。」
「がさつ、か。その割にはマーサに襲われた時もしっかり守っていたようだが。」
「それは…っ。」
「老けているのは気にするな。エステルは最初から貴殿に懐いている。」
「だから、たまたま助けたからで…。」
「隊のことなら大丈夫だ。軍部には個人的に腹が立ったので一言言っておく。」
「そこまでしてもらわなくても…。」
「貴殿は、最初はどこの馬の骨かと思っていたが、なかなか誠実な男らしい。そういう者にこそ、私の可愛いエステルを任せられるというものだ。」
「…っ。」
言い負かした!
口の巧さに物言わせて言い負かしたよ!
ああっ!イアソンさんがぐるぐるしてる!
言い訳思いつかないんじゃないの⁉︎
「ただもし、貴殿がエステルの従者となった場合、自分よりずっと歳下の少女の命令を聞き、何よりも彼女の命を優先してもらうことになる。当然、貴殿の命よりもだ。」
「ええ⁉︎」
矛先がこっち向いた⁉︎
なに言ってますかお父様!
今日出会った人に命かけろは言い過ぎじゃないかなぁ!
「まあ、これは単なる例えに過ぎない。そういうこともあるとだけ知っておいてくれればいい。」
「お父様!」
これは断固反対せねば!
私は生まれて初めてお父様を力一杯睨みつけ、お行儀も何も無視してソファーから立ち上がった。
事を急いては仕損じるんだからな!
「あっ!」
足が短くてバランスが…!
勢いよく降りたものの、5歳の足の短さを度外視していたため身体が大きく傾いた。
かっこわる!
え、てかこのままいったらテーブルに頭ぶつけるじゃん!
「おっ…と。」
グラついた身体をお人形のように軽々とイアソンさんに支えられたのは不覚だった。
おお…足が浮いてるわ。
くっ、仕損じたのは私だというのか…。
じゃなくて!
お人形やめい!
「そんなに睨むな、エステル。可愛い娘に睨まれたら、私は生きていけない。」
悩ましげに眉を寄せるな。
首を振るな。
娘で遊ぶな。
「とまあ、ふざけるのは後にして。エステルよ、お前が嫌がるならそれはそれで考えるが、その場合は我が家の使用人の中から選ぶことになるぞ。それでもいいんだな?」
つまり、私を見捨てた連中から従者を選べ、と?
それ、死亡フラグ言い値で買い取るようなもんですよね。
「いやです!」
「もちろんそうだろうとも。なら、お前の命の恩人である彼に頼むしかあるまい。」
結局それか!
誘導尋問だ!5歳相手に!
どうしよう、反論できない。
だって、一度自分を見捨てた人間に命を預けられるほど、私はお人好しじゃない。
誰だって死ぬのは怖い。
そんなのはわかってるんだ。
前世の死は覚えていないけど、濃密な死の空気ならついさっき無料体験したし。
「エステル、深く考えても始まらないぞ。貴殿はどうだ?イアソン。」
「…俺は、誰かに忠誠を誓うなんて考えたこともなかったし、まして従者なんてその最たるもんだろ。俺には荷が重いんじゃねぇか。」
「ふむ、一理ある。ならばこうしよう。」
あ、嫌な予感。
「実はエステルだが、第二王子殿下との婚約の話が持ち上がっている。」
こん…っ、はぁ⁉︎
なんで⁉︎
私まだ5歳なんですけど⁉︎
ゲームだと婚約の話は6歳までなかったのに!
あれ、6歳だっけ。
ああもう!
自分の記憶力の無さが恨めしい!
「ついては三日後からその件で私と共に王宮に出入りすることになるだろう。私はいいが、万が一の場合に可愛いエステルを守る人間が必要なのだ。」
接頭語みたいに可愛いって言うのやめてくんないかな。
そろそろ火でるよ、顔から。
「しかし、今日の一件でエステルは屋敷のほとんどの人間に対して不信感を抱いてしまったことだろう。だから貴殿に頼みたい。婚約を結ぶにしろ断るにしろ、何度か王宮には足を運ばなければならない。しばらくの間、エステルの従者として過ごしてほしい。」
お試しか!
なんなの、従者ってお試し期間ありなの。
はぁーあ、なんか急にありがたみが崩壊しちゃったなー。
「そういう事情だったのか。にしても4歳で婚約とは、貴族は大変だな、お嬢ちゃん。」
やさぐれていたところに、大きな掌で髪をかき混ぜるように撫でられる。
見かけにそぐわない丁寧な手つきは、そのまま性格を表しているみたいだ。
ごつごつしてるな、掌。
こんな手になるくらい剣を振るってたのに、なんでこの人はこんなところにいるんだろう。
悔しくは、ないのかな。
「婚約の話がひと段落したら、あとは貴殿に任せよう。給金は当然払わせてもらう。もちろんそのまま就任してもらうのが一番ありがたいが、私は娘の恩人である貴殿の意思を尊重したい。」
「ああ、ありがとよ。なら、少しばかり手伝うとするか、」
「しかし、これだけは覚えておいて損はない。貴殿は我がオックスウッド家の第一応接室に通されたのだ。」
「な、なんのことだ?」
お父様は色よい返事をくれたイアソンさんを遮って、人の悪い笑みを浮かべながら第一応接室の話をした。
ゴクリ、と唾液を飲み込む音が響く。
哀れイアソンさん。
真実を知った貴方はいったいどう変わってしまうのでしょうか。
「我が家の応接室は全部で五つ。通された部屋の数字が若い者ほど、オックスウッドが注目している人間である証となる。そんな決まりを作ったわけではないんだが、暗黙の了解というやつだな。そして、ここは第一応接室だ。」
「ってことは、つまり…。」
「貴殿が望むと望むまいと、他家の貴族共は貴殿に群がるだろうな。良い意味でも、悪い意味でも。だから貴殿には、今際の際までエステルを守ることをお勧めしよう。心配はいらん。オックスウッドが認めた者はその家名において必ず守られる。これもまた暗黙の了解のひとつだからな。剣術の腕前、期待しているぞ、イアソン。」
お父様、それは脅迫という名の犯罪です。
話が進むにつれ文字数少なくなってる気がする…。
おじさんの名前決まりました。